弾幕シューティングとアイアンクローその1
二階堂の一閃と共に、世界が廃墟に変わる。
建物は荒れ果て、風は荒涼とし、澄み渡っていた空は、曇天とも宵の口ともつかない暗さになる。
ソーイチローの哄笑が響く。
「ハーッハッハッハァーッ!」
ソーイチローの周囲に広がる赤、青、紫の極彩色に輝く光弾。
最初は数個だったそれが分裂し、次々に増えていく。
オレとソーイチローの距離は目測で五メートル。
お互いの距離がもっとも近い戦闘開始直後。
間合いを取られては、オレの能力ではジリ貧だ。
オレはここが最初で最後のチャンスだと考える。
いきなり仕掛ける!
オレはソーイチローに向かって駆け出す。
「ふん、甘いんだよォ!」
数個から十数個にまで増えた光弾が、一斉にオレを襲うが、流星雨の様な光弾に、オレは構わず突っ込む。
両腕を顔の前に出して、まるで吹雪の中を進む探検家のように。
ソーイチローに対するオレの、数少ないアドバンテージ。
それは『ガード』出来るという事。
「うおおおおおおお!」
オレは極彩色の光弾の雨の中を突き進んでいく。
光弾を十分に分裂させるだけの時間は、無かったようだ。
前回の時は、まるで光の洪水のような量が飛んできたのに対して、今回の光弾はせいぜい十数個。
オレなら十分に耐えられる!
光の奔流を抜けた、目の前にソーイチローの顔。
「とった!」
この間合いでオレが外すわけがない。
ソーイチローに一瞬で組み付く。
返し技はこない。来るはずがない!
「チィッ!」
ソーイチローは腕を払って振り解こうとするが力不足だ。
オレはソーイチローの腕を取って力任せに振り投げる。
ハンマースルー。
猛烈な勢いで飛んで行ったソーイチローは、壁に激突する、はずだった。
ソーイチローの飛ぶ軌道が変わる。
真横から上へ。
そのまま、ソーイチローは空中に停止した。
「飛んだ?」
オレは間抜けな声を出してしまう。
シューティングゲームはほぼ、空中戦を舞台にしている。
シューティングゲームの能力を持つソーイチローは、飛行能力がある。
十分に可能性のあることだ。
「ハーッハッハッハ!俺を舐めてたな!そのまま叩きつけていればよかったのによ!」
哄笑するソーイチロー。
こうなることも、ある程度は考慮に入っている。
「舐めているのはどっちだよ」
オレはソーイチローを『挑発』してみる。
「ヘッ、その手には乗らねェよ。このままお前の手の届かないところから蜂の巣にしてやるぜ!」
オレの『挑発』は、人間相手には単なる言葉としてしか作用しない。
ソーイチローの周りから、またも極彩色の光弾が溢れ、分裂する。
数個から十数個、そして数十個。
分裂した光弾は、十数条もの光の鞭となり、襲いかかる。
光の鞭は、商店街の床を抉り、建物を破壊する。
オレは光の鞭を走ってかわすが、オレの移動速度では限界がある。
かわせないギリギリの光弾はガード。そして光の鞭を引きつけては反対方向へ。
四方八方に放たれる光弾は、広場周辺の建物を破壊し、更地にしてしまいかねない量だ。
「ハッハッハ!偉そうな口を聞いた割に、逃げてるだけじゃねェか!」
宙に浮いたソーイチローの哄笑。
確かにオレじゃあ今のアイツに攻撃する手段は無い。
逃げ回るばかりだ。
だけどそれで、オレの仕事は十分!
「光子炸裂!」
ソーイチローのさらに上から声が聞こえる。
ショーコ!
ソーイチローと同じ能力を持つショーコは、ソーイチローのさらに上に浮かんでいる。
ショーコの両手から放たれる、圧倒的な光の奔流。
打つのに時間がかかるがその威力は折り紙つきの、溜め撃ち!
それをショーコは上から下に放った。
オレの仕事は、ソーイチローの注意をオレに向ける事。
その隙にショーコが攻撃する。
ショーコの事を失念していたアイツは、あっさり引っかかった。
「ぐあっ!」
ソーイチローが地面に叩きつけられる。
舞い上がる砂埃。
その砂埃が納まると、ソーイチローを踏みつけた俺の姿。
「さーて、覚悟してもらおうか」
オレはソーイチローの喉を掴むと片手で捻りあげる。
「もう放さないから。なんて、ね!」
オレは再度、地面にソーイチローを叩きつける。
「ぐああっ!」
「まだまだあッ!」
今度は高速ジャーマンスープレックス。
脳天から地面にソーイチローが突っ込み、床が砕け散る。
「ギブアップするまで続けるぜ!」
オレはソーイチローの足に組み付きなおして、振り回す。
ジャイアントスイング。
でもこのまま振り投げては最初に逆戻りだ。
オレはジャンプすると回転を縦にして、ソーイチローを地面に叩きつける。
縦回転ジャイアントスイングとでも名付けようか。
さっきより大きなクレーターを地面に作る。
「まだ続けるか?」
地面に顔面から突っ込んだソーイチローにオレは問いかける。
組み付きは外さない。
が、瓦礫にうずもれて口元しか見えないソーイチローの顔が、確かに笑った。
と同時にソーイチローが輝きだす。
これはもしや!?
マズイマズイマズイ!
オレは、急速にある疑念が確信に変わっていくのを感じる。
すぐ離れなければ!
オレはソーイチローの足を掴んでいた手をはなし、距離を取ろうとする。
「バーカ。間に合わねェよ」
ソーイチローの声が聞こえると同時に、目の前が真っ白な閃光に包まれると、オレの体が宙に吹き飛んだように感じた。
「チッ、仕留め損ねたか」
オレの下で、起き上がったソーイチローが、オレ達を睨みつける。
そう、オレはショーコに抱かれて空中にいた。
あの瞬間、ショーコは俺を引っ張って、あの閃光から回避させてくれたのだ。
「お姉さま、大丈夫でしたか?」
「ああ、ショーコのおかげで助かったよ」
オレ達は地面に降りる。
このわずかな攻防で、広場の周辺の建物はほとんど原型を無くし、床には大小のクレーターが刻まれていた。
その中でも最も大きく深いものは、最後にソーイチローが起こした閃光によるもの。
「ふーん、意外とアンタらやるね」
ソーイチローも地面に降りてきた。
ポケットに手を突っ込んだソーイチローは、相変わらずのガニ股で、ひょこひょこオレ達の周囲を巡る。
「でもまぁ、想像以上ってほどでも無かったかな」
ソーイチローの様子を見る限り、これだけの技を受けて、まだまだ余裕があるように見える。
「オレが直接やりあうのは、タルイわ。奥で待ってるから来てよ。来れるもんならね」
ソーイチローは大きく後ろに跳ぶ。
「待って!」
追いかけようとするショーコをオレは手で制する。
「なんで止めるの!?お姉さま!」
「んー。なんでって言うか。オレも仕切りなおした方がいいと思ってね」
オレは頭を掻きながら、ソーイチローが消えた商店街の奥に視線を向ける。
「それに道中ステージ無しでいきなりボス戦ってのも、おかしいだろ?」
ショーコはオレが何を言っているか、いまいち分かってないようだ。
この辺は、ゲームをしない人だから仕方ないな。
それにしてもショーコにはかなり頑張ってもらった。
「怪我はないか?」
オレはショーコに聞く。
「大丈夫です!お姉さまのおかげで、攻撃はこっちには一発も来なかったですし!」
ショーコは元気に応える。
彼女はある程度、無意識で使っていたが、最初の一撃『光子炸裂』、あれはショットを一定時間溜めておくことで高出力の攻撃が行える、溜め撃ちというヤツだ。
そして彼女にもまた、飛行能力がある。
これがソーイチローと二階堂に見つかるきっかけになった能力で、学校に遅刻しそうになったから使ったらしい。迂闊な。
ソーイチローはずっと飛行能力を使っていたが、ショーコは十秒程度しか連続で使えないそうだ。結構疲れるらしい。このあたり、かなり能力差があるな。
そしてソーイチローの放った閃光。あれは多分ボムだ。
シューティングゲームでは緊急回避用として、敵を一掃できる強力な一撃を放つことが出来る。ソーイチローはそれを、オレの投げに対する緊急回避として使ってきた。
ある意味正しい使い道だ。
シューティングに投げ技は……多分無かったはずだけどな。
そしてソーイチローがあれだけの攻撃を喰らいながら、まだまだ余裕を見せていた理由。
それはアイツが『ボス』の能力を持っているからで、間違いないだろう。
シューティングゲームのボス。
それは大抵、圧倒的な耐久力と攻撃力を持つ。
ソーイチローに対して、攻撃が効いていなかった訳では無い。オレの投げ技を数発くらいでは、まだまだ削りきれていないのだ。
流星雨の様な光弾が生み出す火力。
オレすらはるかに上回るであろう耐久力
ショーコ以上の飛行能力が生み出す機動力。
おまけにボムまで使える回避能力。
これだけ揃うと、あの傲慢な態度も理解できるな。チートって思ってしまうけど、これって仕様なのよね。おそろしや。
でも
「大丈夫。なんとかなる。だってボスは、倒されるようにできているんだから」
オレは隣にいるショーコにというより、自分自身に言い聞かせるように言った。
オレは広場を見渡す。
崩れた建物とクレーターがそこかしこに刻まれた床。
二階堂はいつの間にか姿を消している。
危なくなったら止めると言っていたな。という事はどこかで見ているんだろう。
すると建物の影や空から、三角形を二つ組み合わせた、六芒星の形をした物体が迫ってくる。大体十体くらい。
その六芒星の形をした物体は、ジグザグに飛行しながら、こちらに近づいて来る。
「あれって……なに?」
ショーコがオレの腕をぎゅっと握る。
さて、いよいよお出ましか。
きっとシューティングの雑魚敵なんだろう。
六芒星の形をしたものは、オレ達目がけて光弾を放つ。それはソーイチローが放った光弾と同じ色と形。
「ショーコ、後ろに隠れて!」
「はい!」
ショーコは俺の後ろに隠れる。光弾はオレに着弾。だがしっかり『ガード』している。こういう攻撃の回避方法は、なかなかないんじゃないかな。
「えいっ!」
攻撃がやんだ一瞬を見計らって、ショーコが両腕を構えると、光弾をまるでマシンガンのように次々と発射する。
光弾は六芒星に命中し、小爆発を起こして崩れ落ち、跡形もなく消えていった。
この弾数は、やっぱり格闘ゲームじゃあ真似できないな。
「やった!」
ショーコは嬉しそうにガッツポーズ。
だけどオレは、素直に喜べない。
「喜ぶのは、まだ早いようだぜ」
いつのまにか、オレ達の周りを、六芒星の群れが取り囲んでいた。
全方向から攻撃されては、いくらオレでも『ガード』しきれないし、ショーコを庇えない。ショーコがどれだけ撃たれ強いのかわからないが、ソーイチローと同格ということはまずないだろう。ショーコは、プレイヤー側の能力のような気がする。
となれば、ほぼ一発当たればアウトだ。違うかもしれないが、こればかりは検証するわけにもいかない。ショーコには一発も当てさせないつもりで、ここは行くしかない。
それにオレだけだと、攻撃範囲も火力も心もとない。
もとより、ショーコを守りながらどこまでやれるか。
これはそういうゲームだ。
「ショーコ、攻撃は全部おれが『引きつける』! お前はオレから離れろ!」
というと、オレは走り出す。大して足は速くない。
「お前らの相手はオレだぜ!かかってきな!」
オレは『挑発』。 相手はNPCだろうから、『挑発』が有効なはずだ。
案の定、周りを取り囲んでいた六芒星群は全て、オレに向かって進路を変える。
「どわわわわわわわわっ!?」
オレ目がけて放たれる、光弾の雨あられ。雑魚敵とはいえ、さすがにこれだけの数がいると、ソーイチローの放った光弾の量に勝るとも劣らない。
つい一瞬前までオレがいた場所に、光弾が次々と着弾する。飛び散る床や、建物の壁の破片。
オレは必死で走る走る!
「お姉さまに何すんのよ!」
ショーコは、次々と六芒星の形をした敵に攻撃をヒットさせるが、元々の数も多いし次々と補充されていく。
これはちょっとらちが明かないな。
「よしショーコ!このままアイツの所に行くぞ!」
「ええー!?」
オレは商店街の通路をジグザグに走りながら、ソーイチローが消えた方向に向かって走り出した。
一応オレのジグザグ走りには意味がある。
攻撃が、自分しか狙っていない場合、相手に対して左右の動きを続けていれば当たることは無い。前後だと、攻撃に対して突っ込むか、追いかけられるかのどちらかになるから、当たっちゃうんだけどね。
「うおっと!」
路上駐車の自転車を避けてジャンプ。危ないなぁ、ちゃんと決められたところに駐輪しないと、商店街でシューティングをするときに邪魔になるぞ。自転車は光弾によって、バラバラに吹き飛ぶ。オレの目の前に壁が迫ってくる。
このジグザグ移動のポイントは、切り替えし!
切り返す時はどうしても、ある程度は弾と弾の間をすり抜けなければならない。
上手に引きつければそれほど困難でもないのだが、今は何より弾数そのものが多い。
「ならば!」
オレは路上駐車のトラックを回って回避。障害物があるシューティングは利用するのが基本なのだよ。
新たな敵が現れるたびに、オレは『挑発』しつつ逃げ回る。
普通はこんなにジグザグ移動だけでは回避できない。普通は、弾がすべて自分を狙ってくることは無い。適度に散らされる。
でもオレの『挑発』は、相手がNPCである限り有効なのは、何度も証明してきた。NPCの放つ光弾は全て、オレを直接狙ってくる。
攻撃がすべて俺に向かっているので、攻撃に集中出来るショーコは次々と敵を撃墜する。
良い感じだ。
オレがもう一回壁ターンをしようとした時、目の前にあった壁が無くなった。
「ええええっ!?」
壁を突き破って、戦車が現れた。




