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仮想浸食 ~ああ素晴らしきゲーム人生~  作者: 矢尾板
【ROUND1】弾幕シューティングとアイアンクロー
10/15

両親と入学式

 日曜日の午後三時頃、オレはアパートの前で、人を待っていた。

 オレの両親。

 変わってしまったこの姿――女の姿――でオレは両親に合うのは初めてだ。

 電話をした限りでは、オレがこの姿なのは、ごく自然な事らしい。

 緊張しているのは、オレだけなのだろう。


 物思いに耽っていると、一台のセダンがオレの前に止まる。

 ウィンドウが開くと、そこには中年の男性の姿。

「おう、マコト。車、何処に止めたらいい?」

 中年の、親父。


 オレの記憶にある親父はもう、老人だったはずだ。

それが働き盛りの姿で、オレの前にいる。


真がマコトになったように、親父も変わってしまったのだろうか。


「ん?どうした?俺の顔に何かついているか?」

「あ、ああ。なんでもない。奥の2番の来客用駐車場に止めてくれ。今日一日、借りられるように、管理人には言ってあるから」

「ああ、分かった」

 親父は車を動かすと、2と書かれた駐車場に、車を滑り込ませた。

 予想していたことだが、若返った父親を改めて見ると、ショックを受けざるを得ない。


「よっと」

 親父が車から降りてくる。そして助手席からはおふくろ。当然、親父の年齢に合った年になっている。そういえば、電話口での声も少し若かったような気がする。


「マコトちゃん、トランクの荷物持って」

「あ、ああ」

 オレは努めて自然に振る舞うように、トランクから旅行カバンを取り出す。

「重いぞ、大丈夫か?」

 親父は言う。オレはあまり気遣われた記憶が無いが、息子と娘だと扱いが違うのだろうか。

「これくらい大丈夫」

 オレは片手で、旅行カバンを取り出す。怪力も、こういった時には役に立つ。

「大丈夫よ。この子、昔からそこら辺の男の子より、力あったじゃない」

 怪力キャラは昔からか?

とはいえ、今の、ゲーム的な常軌を逸した怪力じゃあないんだろうな。

「じゃ、行こうか」

 オレは旅行カバンを転がしながら、エレベーターに向かった。



 オレは両親を部屋に案内する。

「へぇ、もう引越しの荷物を片付けたのか」

 親父は部屋を見渡して言う。部屋の中は当然だが、引っ越し作業の跡なんてない。

 オレはこの部屋にもう、十年以上は住んでるのだが、引っ越したばかりという事にならないと辻褄が合わないんだろうな。元々部屋は綺麗にしていたつもりだが、確かに家具は真新しい感じがする。

「それで、おや……お父さんは今日の夕飯を食べて帰るんだよな?」

 親父と言いそうになってしまった。

マコトが普段、父親のことをどう言っているかは分からないが、女の子が親父は無いだろう。オレも昔はお父さん、お母さんと言っていたから、その呼び方でソファーに腰かけた親父に、問いかける。


 おふくろは早速、キッチンでお湯を沸かしている。コーヒーでも入れるのだろう。

「ああ、仕事があるからな。ところで今日の晩飯はどうするんだ?折角ここまで来たんだから、みんなで外食するんだろう?」

 そう。特別な日だから、今日は外食をする予定だった。だけど。

「いや、オレはお母さんの料理が食べたいな」

「もう、自分の事、オレって言うんじゃないの。女の子でしょう。全くいつまでたっても治らないんだから」

 しまった。つい勢いでオレって言ってしまった。

でもおふくろのこの言い方だと、ずっとオレだったらしいな。

ちょっと痛い子みたいだ。

「折角、お嬢様学校に合格したんだから、もう何とかしないといじめられるわよ」

「ああ、直すよ。でも今日くらいはいいだろ」

 オレは素直に応じる。


「貴方が男の子が欲しいって、男の子みたいに育てたからこんなになっちゃったのよ」

 おふくろが親父に文句を言う。なるほど、そういう設定になっているのか。

 おふくろがキッチンからコーヒーカップを三つと、菓子を持ってくる。

 そうか、親父は息子が欲しかったのか。

本当は息子はいたはずなのに、今は娘になってしまった。

「でもいいのアンタ?入学祝みたいなものなんだから、いい所に連れてってあげるわよ」

「入学祝だからだよ」

 オレはコーヒーをすすりながら言う。

 おふくろの入れたコーヒー。

インスタントなんて誰が入れても同じだなんて嘘だ。

おふくろの入れたコーヒーはやたら薄い。それが懐かしい。


「へんな子ねぇ。でも準備も何もしてないわよ」

「一緒に買い物に行こう。近くにスーパーもあるし。お父さんは留守番してて」

「ああ、分かった」

 おふくろとオレは、連れ立って部屋を出た。



「アンタ、何が食べたいの?」

 オレのアパートから徒歩五分のスーパー。

大型という訳ではないが、近くにスーパーがあると何かと便利だ。

「そうだな、とんかつが良いな。とんかつと豚汁」

「ほんとアンタって、肉が好きね」

 と言いながらおふくろは、カゴに豚肉を入れる。

男の子は誰だって肉が好きなんだよ。

 ほかにキャベツと人参とジャガイモ。

「お米はあるわよね?」

「ああ」

 引っ越しの時に調味料諸々と一緒に送った……という事になっている。

「荷物はオレが持つよ」

「ああ、悪いわね」

 レジを済ますと、オレとおふくろはアパートに向かった。



 家に帰るとおふくろは早速キッチンに立って準備を始めた。

「ご飯は五時くらいね。ちょっと早いけど、お父さん帰らないといけないから」

 今は四時を少し過ぎたくらい。

「ああ、良いよ」

 オレは応える。

 キッチンからは、トントンと包丁の音。

オレと親父は一緒に、特に見ている訳でも無く、ただ点けているだけのテレビを眺めている。

「なあ、お父さん」

「ん?なんだ?」

「娘が都会で一人暮らしするのって、どう思ってる?」

 親父に聞いてみたかったこと。

「そりゃあ正直言ったら心配だけど、お前の事は信用しているから」

 随分、あっさりしたもんだな。

「それだけ?」

「それだけだ。十分だろ」


 十分だろ、か。


「ありがと」

「ん」

 親父はコーヒーをすする。

 キッチンでクスクスと笑い声。

「お前、何がおかしい」

「なにも」

 おふくろの声が笑っている。

言葉少ないやり取りだけど、オレはそれ以上の答えは要らないと思った。



 オレはキッチンに向かう。

「手伝うよ」

「いいけど、アンタ料理なんてできたっけ」

「いいからいいから」

 伊達に一人暮らし歴十年以上じゃあない。

男やもめという程でも無いが、家事一般は既に身につけている。

両親を安心させる意味でも、腕前を見せてやるとしよう。

「とんかつだから、付け合せに簡単なサラダでも作るか」

 オレは豚汁用に買ったじゃがいもの皮を剥いて水にさらす。

それに合わせて鍋に火をかけてお湯を沸かす。

お湯が沸いたタイミングでジャガイモを投入。

ついでに卵も同じ鍋に入れてやる。

「さて、ゆで上がるまでに、と」

 オレはキャベツを二つ割にすると、まな板の上に乗せる。


「ちょっと驚いてもらおうかな」


 オレは、おふくろにニヤっと笑いかけると、キャベツを千切りにする。

 トトトトンと軽快な音。

 結構オレ、キャベツの千切りには自信があるんだよね。

「どう?」

「へぇ~、アンタいつの間に千切りなんてできるようになったの」

 おふくろは心底驚いた顔で言う。オレが男の時に見せた時は、彼女でも作りなさいと怒られたものだが、反応が違うな。


 キャベツの千切りを作ってる間に茹で上がった鍋の湯を捨てて、さらに火を通して粉拭き芋を作る。

固ゆでにした卵は細かく切ってジャガイモの鍋の中へ。あらためてボールを使ったりしない。洗い物が増えると面倒だからな。

そのまま目分量で、マヨネーズと塩コショウ、隠し味に辛子をちょっと入れて、へらで潰すようにして混ぜ合わせる。

 ジャガイモだけの、男のポテサラの完成だ。

「ま、簡単だけど、ざっとこんなもんですよ」


「大した料理じゃないけど、手際がすごく良いわね。まるで男の一人暮らしみたい」

 おふくろ。なんでそう、ピンポイントで見てきたかのように言うかな。

「少し安心したわ。これだけ手際よく出来るんなら、大丈夫。でも家にいる時も、もっと手伝ってほしかったわ」

 ちくちく刺さる言葉をおふくろが言う。

この技は長い一人暮らしで身につけた技なので、貴方と一緒に暮らしているときは、どうあっても披露することは出来なかったのです。

「お前、料理なんて出来たのか」

 親父も目を丸くしている。

「なんだかんだで、やっぱり女の子なんだな」

 男の一人暮らしで身につけた、簡単手抜き料理ですがね。



「いただきます」

 久しぶりの親子の食卓。おふくろの味が、懐かしい。

「なんというか、結構ワイルドな味だな」

 オレのポテサラを食べた親父の感想。

ワイルドなポテサラってどんな味だよ。

 男の一人暮らしの哀愁は、ポテサラにすらにじみ出てしまうのか。

「娘の手料理を食べた父親の反応とは思えない。傷つきました。ヨヨヨ」

 オレは泣きマネをしてみる。

「旨いか不味いかで言ったら、旨いから気にすんな」

「貴方も普通においしいって言ったらいいのに」

 おふくろが笑う。

 親父は無表情で飯をがっついている。ポテサラが一番先になくなっている。素直じゃない性格は相変わらずだ。


「ちょっと待ってて」

 食事も終わって人心地ついて、そろそろ親父が帰ろうかという時、オレは親父を呼び止めた。

オレは風呂場で着替える。冷泉学園の制服。

誰がデザインしたのか知らないが、チェック柄に大きなリボンがついた、エロゲーに出てきそうな制服。


これはかなり、着る人間を選ぶよな……。

オレは似合う方だと思いたい。


「じゃーん、折角だからさ、記念写真撮ろうよ」

「いいわね、すっかり忘れていたわ」

 親父はちょっと見とれてしまっているようだ。

 変なお店じゃありませんよ。

 こんな親父の姿を見るのは、少し新鮮だ。


 オレはテーブルの上にカメラを置くとタイマーをセットする。

 ソファーに座った両親の間に、オレがちょこんと座る。

 シャッター音。


「ちょっとまってて。これでも撮るから」

 オレは自分の携帯を取り出すと、自撮りする。

 両親の間に自分が写っている写真。

 結構上手く撮れたようだ。



 その夜、親父を見送ったオレとお袋は、オレのたっての希望で一緒の布団で寝た。普通なら、正直そんなこと思いもしないのだが、この体になって女っぽい行動に引きずられている感じがする。


 布団の中で、オレは昔のオレの事を聞いてみた。

 親父が男の子が欲しくて、女の子なのに男の子見たく育ててしまったことを謝られた。

 オレが髪を伸ばし始めたのは、その反動だと両親は思っていた。

オレは別にその記憶は無いし、気にしてないと答えた。


オレの持っていない記憶を、オレの両親が持っている。

だけれども、この人たちはオレの両親で間違いない。そんな確信を、オレは隣からのぬくもりで感じた。



入学式。オレとお袋は連れ立って学校に向かった。

この制服を着て街を歩くのは今日が初めてだ。


やっぱり強烈に恥ずかしい。スカートも初体験だ。このあまりにも無防備な服を着て街を闊歩する、世の女性は凄いと尊敬の念を禁じ得ない。

正門前でお袋と一緒に写真を撮って校内に入る。


でけぇ。

そして設備がすげぇ。

オレの通っていた公立高校とはえらい違いだ。

我が家の財政は大丈夫なのだろうか。これは勉学を頑張って、奨学金なりなんなりが必要なんじゃなかろうか。

とにかく圧倒される学校で、これもまた圧倒される入学式を終えた。

クラス割とガイダンス。学校案内をすます。

クラス割に従って教室に入る。エアコンとテレビが完備されているな。

 クラスの三分の二が女子だ。これでも男の人数が、増えてきているらしい。

オレの隣に座った女の子が話しかけてきたのは、少し覚えている。

その間お袋は、保護者説明会に参加しているとの事だ。


日程を終えた俺とお袋は連れ立って駅に向かう。おふくろはそのまま帰るので、ここでお別れだ。

一言「お父さんによろしく」と伝えた。

そっけない一言かもしれないけど、これ以上の言葉は思いつかなかった。



正直、今日の事はあまり覚えていない。

なぜならば、これからオレは、ある男と会う事になっているから。

これを済まさなければ、入学式なんて意味が無い。新しい門出も何もない。

別の門出をしてしまうかもしれないし。



オレは一旦アパートに帰ると荷物を置く。

制服は、そのままで良いか。



やる事はやったつもりだ。



律儀に行く必要はないのかもしれない。

でもこのままでは、何も始まらない。



オレがオレになった切っ掛け。

別に殺し合いに行くつもりは無いが、殺し合いになる可能性は十分にある。



ソーイチロー。



オレは、ヤツに初めて会った商店街に向かった。


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