03
それでもやっぱり、タネガシマは案外口が堅かったようで、タカオは誰からも「あ、ヨシダさんラヴの人」などと冷やかされずに済んでいた。
家庭内は、相変わらず。
あの一件以来、父親はよほどのことがない限り、彼に話しかけてこなくなった。家の中ですれ違っても、まるで空気のごとく、タカオは父から無視され続けていた。
たまに、夕飯の時などに「しょうゆ取ってくれ」などと言うことはあるが、それも彼に直接ではなく、ハハオヤに言って、ハハオヤがタカオに「ごめんそこのお醤油ちょうだい」と二段構えのオーダーになっていた。彼もそんな時には父に渡さず、ハハオヤに手渡す。そうすると彼女が父に渡す。その時は、父も「ありがとう」とすんなり口に出すのだ。まあ、彼女に向かってではあったが。
冬が来た。
もうすぐ冬休み、テストも終わり、体育の授業、しかも彼の得意なバスケやバレー、サッカーなどの授業がやたらと多くなってきた頃。
体育館でバスケの模擬試合をやっている時、担任が慌てて入って来るのが目の端に映った。ちょうど4クォータ目が終了し、同点のまま延長を迎えようとする間際だった。
「椎名、ちょっと」
ちょうど延長からコートに入ろうとしていたタカオは、あからさまに迷惑そうな表情になる。
「何すか?」
審判も笛を手にしたまま、次の言葉を待っている。
「職員室まで来てくれ」
えっ、またパチンコ? みたいにタカハシが笑った。「行ってこいや、オレが出るから」
「何でしょうか」今度はちゃんと聞いてみた。この試合は負けたくない。
担任は、少し言い淀んでいたがタカオが動きそうもないのをみて、仕方なく言葉を継ぐ。
「市立病院にきてくれ、とお母さんから電話があった……」
後は目で促す。しかたなく、タカオはタオルを拾い上げて体育教官に一礼すると、担任の後を追った。
この時も、どうやって着替えて支度をして、チャリに乗ったかはあまり記憶がない。
気がついたらすでに、学校の外にいた。
「お父さんが倒れたらしいよ」担任は、そう言ったのだ。
「今、市立病院のICUにいるので、すぐそちらに来てほしい、って」
近いから、自転車で行けるか? 何なら車で送ろうか? と言う担任に、ぼんやりとした頭のまま、彼はこう聞いていた。
「あの……それって行かなきゃ、ならないんですか?」
担任は絶句した。
「……まあ、だろうね」ようやくそれだけ言う。
だいじょうぶ、一人で行けます、と答えたら少し安心した表情だったが、彼の自転車を送り出す時も、校門からずっと見送っていたようだった。
倒れた、オヤジが。
ずっとシネバイイ、と思い続けていたのがもしかしたら現実になるかも知れない。
でも少しも喜びは沸いてこなかった。
なぜだろう? 本当は死んでほしいのか、ほしくないのか。
オヤジはオレに会いたいんだろうか?
ハハオヤはすでに行っているだろう。兄貴は海外出張中なのでいないはずだ。
そうすると、近い所で行くべきはやはりあとは、オレだけか。
急に自転車のスピードをあげる。
アレを、やってみるべきでは?
本当に、稲妻のように突然、頭にひらめいたのだった。