06
ハハオヤは、テーブルのふちをみつめたままだった。ご飯はほとんど手つかずだった。
「お金は、まだ持ってるの?」
タカオは、彼女のつむじのあたりを見つめていた。
「遣っちゃったの?」
「パチンコでスった」
「そう」ずっと、黙りこくっている。何だか急に正直な気持ちになった。
「あのさ……」
「うん?」
彼女が顔をあげた。目は涙で一杯だが、その中の光に何か打たれたようになる。
やっぱり、この人には嘘はつけない。
「嘘だよ」えっ、と彼女がまた口を丸くした。
「パチンコ屋に入ったのは本当だけど、臭いし音キツイし、制服だし……やらせてもらえるワケがないだろ」
ぐるっと回って、帰ってきたのだと話すと彼女はおそるおそる
「じゃあ、ヤクザっていうのは?」
「駐車場でちょっと絡まれたけど、別にヘンな事されたわけじゃない、やめろってあわてて逃げてきた。金なんて、もらうわけないよ」
急にハハオヤがわっと泣き出した。「な、なに」
「よかった」ハンカチを押しあてたまま、彼女は号泣していた。
「ホント、よかった」世間体があってそういう事言うんだろ? と浴びせかけようとしたが、その後の言葉にはっとなる。
「タカくん、無事だったのね、よかった」
この人は、本気で心配してくれていたんだ。急に体中の力が抜ける。
横に行って、肩を抱いてやりたい。
その代わり、彼はぶっきらぼうに行って立ち上がった。
「オヤジと兄貴には、絶対言うな」
そうして、泣いている彼女をそのままに、部屋へと上がっていった。
泣きたいのは、こっちだよ。
土日は「庭で飼うように」言われていたにも関わらず、自室で謹慎を言い渡された。
かなり良くはなったものの頭痛が少し残っていたので、独りで部屋に放っておかれるのはかえって好都合だった。
あの、おかしな感覚については、あまり深く考えていなかった。
というよりも、早く忘れてしまいたかった。
自分の頭の中に他人の意識が流れ込んできた時の、どこまでが自分で、どこまでが他人なのかがはっきりしないような、目まいにも似た感覚がずっと、全身にまとわりついている。思い出すたびに、迫ってきた男の粘ついたような甘ったるい匂いが鼻につき、吐き気がした。じかに触られるよりもずっとおぞましい気がして、彼は何度も何度も洗面台で頭と顔を洗った。
この感覚に、何となく覚えがあるのもイヤだった。頭の中を引っ張られるようなこの感覚。実の母親と何か関係しているような気もしたが、それも今は、考えたくない。とにかく、忘れたかった。