05
総一郎は、あっけにとられて口を開けていた。ハハオヤは泣きそうだ。
オヤジは、と見ると顔から血の気が引いている。さっきまであんなに赤かったのに。
「オマエ」声になっていない。
「オマエ……」
そのまま、掴みかかってくるかと思いきや、意外にもくるりと踵を返し、奥の部屋へとよろめきながら行ってしまった。
「ヨシノブさん」
ハハオヤがあわてて声をかけた。
「少し寝る」
開いたふすまの隙間、奥の部屋から、押しつぶしたような声がした。
「飯はいらん、それと」少しだけ声に勢いが戻ったか?
「ソイツは家から追い出せ、庭で飼えばいい。餌も庭でやるように。うちのニンゲンにはそんなヤツはいない」
ぱしん、とふすまが閉じられた。口は利かない、といった隙間の無さだった。
それでも、ハハオヤの判断なのか食卓でご飯はもらえたが、全然箸が進まなかった。
父は起きてはこなかった。彼女は目の前に座っていたが、やはりほとんど何も食べようとはせず、真っ赤になった目を時々ハンカチで押えている。
総一郎だけが、うまそうに肉じゃがをぱくついていた。
「すげえなあ」
総一郎は素直に感心している。
長男だからか、早くに亡くなった産みの母親の性格を引き継いだのか、基本的にお気楽な人だった。
「オマエ、今までそこそこ真面目にやってきて、よく今さら路線変更したよな」
「してねえし」ジャガイモを細かく切りながら、タカオはぶすっと答える。
「だって金もらったんだろ? いくら?」
無邪気に聞いてくる兄貴が、何だかいつになくうっとうしい。
「五万」吐き捨てるように言う。総一郎はひゅう、と口笛を吹いて
「ヘンなビョウキもらってくんなよ。あと外でやれよ、そうゆーの」
そう言って、茶碗も箸もそのままに立ち上がって二階の元々の自分の部屋に帰っていった。呑気にはノンキだが、まるっきりの他人事のような態度だった。
ようやく空になった茶碗と箸を揃え、タカオは流しに持っていく。
「ごちそうさま」
これだけは、ちゃんと言う。母が出て行く時、こう言っていた。
「タカオ、もしかしたら新しいお母さんが来るかも知れないから。いい?
これだけは覚えておいてね。お父さんやその人がどんなに嫌いだと思っても、朝はおはよう、夜はおやすみ、あと、行ってきます、ただいま、いただきますとごちそうさま、これだけは必ず言うのよ。家族なんだから」
小学校四年の終わりくらいのこと。
それから彼は、その教えだけはちゃんと守っていた。
「タカくん」
背中に、そっと呼びかける声。「ちょっと、ここに座ってくれる?」
タカオは素直に従った。さっき手を振り払った時の、悲しげな目を思い出す。