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03

「ところで学校は? 今日休みか?」気安く聞かれて、つい素直に

「ずる休み」と答えると、相手はうれしそうに笑った。

「だよな? やってらんねえよあんなトコロ」

 何となく、味方をしてくれるという嬉しさもあって、タカオはうなずいた。

「はい」

 気に入ったよ、さすが兄ちゃん、とぱんぱんと肩を叩かれた。

「あのさ」

 急に相手の目つきが変わった。

「兄ちゃん、金ほしくないかい?」

 そりゃあ欲しい。新しい母からは一応小遣いはもらっているが、将来早く家を出ようと思って、ほとんど貯金してしまっている。

「はあ……」肯定ととったらしく、相手はますます近づいてきた。ほとんど彼と肩を並べるように、横につく。

「すぐ金になる、カンタンなバイトがあるんだけどさ」

「ホントですか?」

 何の匂いなのか、整髪料なのか甘ったるいような刺激臭が鼻をついた。心の奥では、警報が鳴り響いている。この男、実は知り合いではないのかも知れない。

 やばい、かなりやばいのでは?

 それでも、タカオはまだ迷っていた。バイトだろ? 学校休んで。

 堕ちるところまで堕ちて、何が悪い?

 しかも金になるならば、少しでもアイツから離れる足しになれば。

「どんなバイトですか?」

 体力には、少しは自信がある。

 しかし男はそれには直接答えず、あたりを見回して誰もいないのを確かめてから、彼の顔をのぞきこんだ。

「兄ちゃんさ……けっこうカワイイ顔してるよねえ」

 ズボンの上から、尻をわしづかみされた。ぎょっとして離れようとしたが、意外と男の力は強かった。

「……どうだい? おじさんにちょっと付き合わないか? 今からさ」

 腕に鳥肌がたった。そういうコトか?

「この近所なんだけどさ、まず一緒に風呂入って」

 学校ではよくサトルやカミヤが「尻に気をつけろよ」とか「カマ掘られた~」とかふざけて言ってることがあるし、一応知識はないでもなかったが、もしかしてこれが本物?

「兄ちゃん、初めてだろう? 優しく教えてやるよ、お小遣いもあげるし。いくらがいい?」

「あ……の」大声を出して、突き飛ばして逃げるしかない? しかしそれができない。情けないことに、足まで震えてきた。いやな汗が背中を伝う。

「オレ……」もう一方の手が前に回ってきて、ズボンの上から撫でまわす。男が濡れたような目で彼をのぞきこむ。

 男の熱い息が頬に当たる。甘ったるい中、(なまぐさい)い風を感じる。相手の舌が伸びて頬に当たる。「ちょ……」目が合った。

 その時急に、何かがひらめいた。自分でも気づかないうちに、タカオは囁いていた。

「雷が、落ちた」

 オレ今、何か言った? 何だこれは。

 彼を挟んでいた手の動きが急に止まった。

 男は硬直した。目はまだ彼を見ていたが、完全に凍りついている。

 同時に、タカオの頭の中に何かがぐいぐいと食い込んでいく。イヤだ、この感覚は好きになれない、しかし、今やらねばという焦りもあった。これはヤツの意識だ。今ならば、操れる。

「オレを離して、あっちへ行け」

 目まいにも似た感覚に押し流されないように必死で奥歯を噛みしめながら、ようやく声に出す。

「オレと会ったことも、忘れちまえ。どっか遠くに行け」

「とおくに、いきます」

 男はつぶやくようにそう言うと、あっさりと手を離した。

 その手を目の前にかざし呆然と見つめてから、頭をふりふり、立体駐車場の奥へと去っていくのを、タカオも呆然と見送っていた。

 頭が割れるように痛かった。

 何だったんだ、今の?


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