04
ヨシダさん誘うから、ダブルデートしようぜとタネガシマに誘われてGREENSに集まったのは、もうすぐ三年生になるという頃だった。
タネガシマの彼女は、ミリカという小柄な下級生だった。ミリカとヨシダさんはたまたま同じ町内で、しかも同じような犬をペットにしていたという縁で、時々散歩の途中でおしゃべりしたり、休日に一緒に公園にワンコ連れの散歩に行ったりしていたらしい。
「シェルティってさぁ、すっごく頭いいんだよ」
ミリカがさっきから力説している。
「リョウコさんがね、最初に声掛けてくれたんだよね。わあ、そのシェルティ、すごくお利口ねえっ、て」まさか同じ学校のセンパイだなんて知らなくてさ、だよね~! ってこっちからも話しかけちゃって、ため口でさ。
「そうそう」
ヨシダさんも、いつも学校で見るのとは違う、明るいしゃべり方だ。
「だってさ、毛色もちょっと素敵だったし……ミントくんカワイイし」
そういうヨシダさんも、かわいいな、タカオもすっかりヨシダさんの横顔に見とれている。
「リョウコさんちのメルだってカワイイよ~」
ミリカが身を乗り出した。
「ねえねえ、リョウコさんちのおうちでOKでたらさ、ミントと子作りさせよ!」
タカオ、飲んでいたコーヒーを噴いてしまった。
「ご、ごめん」赤くなっているタカオに、タネガシマが笑いながらお手拭きを渡す。
実際に会ってみて分かったこと。
ヨシダさんは外見は細くてかよわき乙女タイプだったが、実は剣道二段のツワモノだった。
なぜ剣道? 聞くと彼女はごく当たり前の顔で
「他人をぶっ叩くのが、カイカン」
と答えた。またコーヒーを噴くところだった。
「でもさ、ヨシダさん体弱いんだろ?」タネガシマが聞いてくれた。
「え」ヨシダさんのそんな反応も初めてみる。「どこが?」
「よく休んでるじゃん」
ああ、あれねえ、笑い方はすがすがしいくらい、色気がない。
「うちね、ペンキ屋さんなんだ。かき入れ時にはワタシも手伝いに行くの、でも、やっぱり休む時は家業手伝いより、病欠の方が大丈夫ぽいでしょ?」
ヨシダさんが髪を一つにまとめ、メットをかぶってつなぎの作業着に身をつつみ、外壁の足場に上っているところを想像した。似合う、実はすげえ似合うかも。
その後は、四人でゲーセンに。
さすがヨシダさんは、ぶっ叩きゲームでは断トツの成績。声が枯れるまで大騒ぎした。
夕方遅くなってからタネガシマが
「どうする?」と聞いてきたのでヨシダさんを見ると
「うち、門限がうるさいんでもう帰るね」
楽しかった~じゃね、と手を振った。
ミリカは、ちらっとタネガシマを見たが、
「うちももう帰る」
タカオに遠慮したわけでもあるまいが、
「また明日ね~」あっ、リョウコさん待ってえ、とヨシダさんの後姿を追って走り去っていった。
なんとなく、男二人で繁華街にぽつんと残された。
「あ~あ、疲れた」
まるでサラリーマンのおやじみたいに、タネガシマは腰をたたいて伸びをする。
でもまんざらでもなさそうな表情だった。
「どう?」
急にタカオの方をみてニヤニヤする。
「ヨシダさん、かわいいじゃん?」
これを機に、アタックしてみたら? オマエもシェルティ飼ってさ、一緒に散歩させるんだよ、コヅクリ? いいじゃん?
「なんかさ……」
タカオは、彼女たちが去って行った先を、いつまでも見つめていた。
「彼女は、だいじょうぶなんだなあ、って思っちまった」
「え? どうゆうことよ」
「オレがいなくても……」
オマエってやつは、とことん難しいヤツだよなあ、タネガシマがまた首に腕をひっかけてきた。ホント、分かんないヤツ。
「ニンゲンてさ」
ぐいぐいと引っ張られながら、タカオはそれでも、久々に爽快な気分で星の出てきた空を見上げた。
「ニンゲンて、本当に分かんない」だから、分かり合おうとするんだろうな。
母が一人で待っている、急に早く帰りたくなってタカオは言った。
「おい、走るぞ」
「何?」あわてて腕をほどいた彼にタッチして、彼は疾走した、わが家に向かって。
今だけなのかも知れない、それでも
走れ、走れ、胸の鼓動はずっとそう刻んでいた。
了




