02
あんなにも憎んでいたはずなのに、父親がいなくなってみると、家の中が急にがらんとしたような気がする。
正月気分にもなれないまま、喪中連絡の届かなかった人たちの年賀状を整理して、タカオはこたつにもぐり込んでいた。
「タカくん」父の使っていた部屋から、ハハオヤが呼ぶ声がした。
「ちょっと、来てくんない?」
「なに」卓上に取り散らかした葉書を見つめ、あごのあたりまでこたつ布団にもぐったまま返事をしたが「これ、重くって」うんうん言ってるのが聞こえて、しかたなく立ち上がる。
行ってみると、彼女は古いアルバムを拡げていた。押し入れの奥に積まれた段ボール箱を整理していたらしく、あたりには父親の衣類やらこまごましたものが雑然と散らばっている。
「これ、タカくんじゃない?」
見ると、親子がカメラを向いて、まぶしげな目をしてこちらを向いて写っていた。
真ん中にいるのは、小学校一年生くらいの少年、たぶん総一郎だ。彼が少し恥ずかしげに寄りそっているのが、タカオの母だった。
父親は向かって右側に、少し背を丸めて立っていた。幼い男の子を肩車で乗せているせいだ。父親はバランスをとるのに懸命なようで真剣な面持ちだったが、乗せられた男の子は無邪気に笑っていた。
どこにでもありそうな、親子の写真だった。
薄手のアルバムだったが、どのページにもさまざまな親子の営みが刻まれていた。あまり開いたことがないのか、全体的に色あせることもなく、ページを開くたびにぱりっと糊の音がした。かすかなその音を聞きながら、タカオはページをめくる。
タカオの小学校入学式の写真で、アルバムは終わっていた。
「この後すぐくらいかな……」ハハオヤが言った。顔はアルバムを向いたままだ。
「会社の取引先だった。ヨシノブさんと初めて会ったの、営業に行って」
当時、企画部の副部長だったのだそうだ。目が鋭くて、しかしどこか気になる雰囲気があった。声は深くてよく響き、この声で褒めてほしい、と急に強く願った。
しかし、別れ際に言われたのだそうだ。ナマイキな営業だ、女のくせに、と。
「……言いそう」タカオが言うと、彼女は目許にやさしく朱をにじませた。
「長いおつき合いになりますよ、覚悟してくださいね、って言ってやったのよ、ワタシ。
まさかここまで、長くなるとはね」
奥さんも子どももいるのは重々承知だった。でも、逢えばあう程、なぜか惹かれてしまう。
「今思うと、本当に軽率だった、二人とも」
それでキミとキミのお母さんを、不幸にしてしまったのだから……
彼女の目がそう伝えていた。
タカオもそう思うし、ずっと思っていた。それでも、取り返しのつかない事はあるのだ。
それに、父親がなぜ他所の女性に惹かれたのか……その頃には、母との関係もぎくしゃくし始めていたのかも知れない。
「オレ、ずっと聞きたかったんだ、オヤジに」
生きている間に、聞きたいことがあった。たとえ『あの力』を使ってでも。
それを聞いたら、そして決定的な答えを聞いてしまったらもうお終いだと思っていたから、どうしても聞けなかったのだけど。
「本当に、オレのことを憎んでいたのか?
少しでも、息子として愛する気持ちはあったのか?」




