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01

タカオは、待合室の椅子にもたれかかるように座って、医者とハハオヤが目の前で静かに話をしているのをぼんやりと眺めていた。

 頭が痛すぎて、少しも動きたくない。

 たとえ間に合ったとしても、父に声すらかけられなかっただろう。

  それでも、何となくほっとしたような気持ちもあった。

 間に合わなくて、良かったかも。心のどこかでそんな声がしていた。

 一生知らないままでいる方が、幸せだぞ、オマエ。

 ハハオヤは、医師に深々と頭を下げてから、タカオの横にそっと座った。

 また、泣いている。こんなによく泣く人だったんだな。ずっとずっと、脳天気な人だとばかり思っていたのに。

 まあ、テメエも泣かせている原因の一つなんだけどな、心のどこかでそんな冷静な突っ込みも入る。

「まだしばらくかかるって」彼女の声は、それでもいつものようだった。

「葬儀はどこか、呼びますか? だって」お任せします、と言っちゃった、どうしよう、父さん、もしかしたらどこか決めていたかも……

「タカくん、聞いてないよね」

 タカオは首を振るにも大儀だったので短く

「知らん」

 と応えた。

「だよね」

 とりあえず、一つ終わってしまった。そんな気持ちしか今はなかった。


 葬儀には、おおぜいの人が参列した。

 もしかしたら……という気はあった。参列者の中に、タカオはずっと母の姿を探していた。

 生きていれば、来てくれるかもしれない、もう一度会えるかも、と。

 離婚した後、母がどこに行ったか彼は聞いていなかった。父も兄も、教えてくれなかったが、多分二人とも知らされていなかったのだと思いたかった。兄はもし知っていれば教えてくれるかもしれないとは感じたが、もしも返事をはぐらかされたりしたらどうしよう、それが怖くて何も問いただせなかった。

 高校の友人たちも、たくさん来てくれた。タカハシがそっと

「クソオヤジ、死んじゃったんだな」と耳打ちしたので神妙な表情のまま

「人生の中で最高の瞬間かも」と耳打ちで返すと、泣き笑いみたいな顔で離れていった。

 タネガシマは、余計なことにヨシダさんまで連れて来ていた。ヨシダさんが、少し離れた場所から斜めにぺこり、と頭を下げたのを見て、やっぱり可愛いなあ、と改めて惚れ直す。

 それにしても、葬儀会場が似合うなあ、あの線の細さ。

 学生服のカラーがきつくて、カギをそっと外す。読経の間中も、全然別のことを考えていた。

 訪れた大人たちが、「椎名部長がああ言って下さったおかげで」とか「部長の功績が」とか「ワタシの人生の師でした」などと語るのも、すべて遠い世界のお話のようだった。

 他人には人生の師だったかもしれないが、オレにとっては単なる反面教師だった。

 そう言ってやりたかった。

 兄貴は、たちこめる線香の煙の中、終始毅然とした態度で喪主の席についていた。

 若いのにご立派な、という声にすら動じず、やはり外面のいいヤツはうらやましいよな、と感心する。まあ自分も似たり寄ったりだが。神妙な顔をして、周りに合わせて頭を上げたり下げたりの繰り返し。


 結局、母は姿をみせなかった。

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