‐序章‐ 上から降ってきた少年 05
※暴力表現があります。
街のあちらこちらを歩き、水袋、日よけのマント、それらをしまえる鞄と、うまい具合に物をそろえることができた。
「あ、あのさ、ここまでしてもらってなんだけど・・・」
リオルドが申し訳なさそうに切り出した。
「オレさ、別にここに住むつもりとかないんだけど・・・」
自分が働くなり、拾うなり、交換して集めた品々を見ながらそんなことを言う。
つまり、リオルドは崖上に戻る気でいるのがわかった。
だから、はっきりと言った。
「崖上にはもう戻れないぞ。」
とたん、リオルドの顔が固まる。
「当たり前だろ。一体誰が崖上まで人を運んでいけるんだ。」
「いや、なんていうか・・・通路とか、あるだろ!」
「ない。」
リオルドは唖然とする。
よほど戻れないということがショックなのか、やっと口を開くようになったと思えばこれだ。
と、タタタ、と走る音が聞こえた。
近くはないが、こちらに向かっているようで、足音が大きくなる。
先に聞こえた足音はおそらく子ども。
そして、後から聞こえてくるのはドタドタとした大人のものだ。
それも複数。
「逃げるぞ。」
「は?」
まだ足音に気付いていなかったらしいリオルドを担ぎあげる。
今いるのは、建物と建物の間にある細い路地。
思った以上に足音がこちらにくるのが早い。
建物の上に避難したいが、路地の幅は狭く、建物自体も高い。
仕方なく、角に曲がり、置いてあった木箱の影に隠れる。
自分たち2人でもかなり窮屈だが、その時にはリオルドも足音に気付き、文句を言わず息を潜めている。
そうしてすぐ自分たちの脇を、小さな子どもが駆けて行った。
両手には、食料が包まれた紙が複数。
中身はサンドイッチかなんかだろう。
そして、その後を3人の男たちが追いかけて行った。
目の前の子どもを追いかけるのに必死で、こちらには気づかなかったようだ。
「すぐにここから離れるぞ。」
リオルドを引き起こし、角を出る。
本当なら出ない方がいいのだが、運悪く入った角の先は行き止まりだった。
そこに隠れ続けるよりは動いた方が安全だ。
角を出たところで、子どもが躓いたのか、「あ」という声がした。
どさっと倒れる音がする。
「早く!」
もたもたするリオルドの腕を強く引っ張る。
視界の端に移ったのは、案の定地面に倒れこんだ子どもと、それに群がる男。
すぐに、殴打の音が耳に届いた。
「な。」
よりによって、リオルドはそれを見てしまった。
リオルドの足が止まる。
「走れ!止ま「なにしてんだよ!!子ども相手に!!」
リオルドが、男に向かって叫んだ。
男がこちらに振り向く。
その間で、子どもが殴られた腹を押さえて走り出す。
走りだす、といっても、その速度は歩くよりも遅い。
「何逃げようとしてんだ!!」
それに気付いた男の1人が、子どもの頭を鷲掴む。
無理矢理振り向かされ、男の足が子どもの腹にめり込む。
「だから、やめろって言っているだろ!!」
あろうことか、リオルドは男たちに向かって歩き出す。
すぐにリオルドの腕を掴んで、止める。
「放せ!お前もなんで見てるだけなんだよ!!」
逆上したリオルドに掴んだ腕は振り払われる。
すぐに掴みなおそうとしたが、怒りで足の痛みなどどっかいったらしく、つかつかと突き進む。
リオルドの様子に男たちは一瞬目を合わせたが、1人が殴られぐったりしている子どもを押さえ、残りの2人がリオルドを迎える。
「なんだよ、やる気か?」
3人の中で一番体格のいい男がにやりと口角を上げながら言った。
「すぐにその子どもを放せよ。」
「放す理由がねぇな、こいつは俺達の食糧を盗んだんだ。」
みろ、と言わんばかりに地面に転がったサンドイッチを男が指す。
小さな子どもが転んだ際に、中身が散らばり、砂まみれになっていた。
「食える状態じゃねぇ。」
「だからって、何も殴ることないだろ!」
「あぁ?」
まずい。
男の1人が苛立った声を上げた。
リオルドはわかっていないのだ。
ここ、崖下にとって、食料がどれほど貴重であるか。
子どもだからといって、仕方ないと、怒鳴って済む話ではないのだ。
「いい加減にしろ、俺達には関係ない。」
リオルドと男の間に入り、止めに入る。
「関係あるとかないとかの問題じゃない!お前だって見ただろ!」
「面倒事に首を突っ込むのはおかしいことじゃなかったのか。」
「それとこれとは別だ!」
意外にもリオルドは頑固だ。
逃げるどころか、この場を動く気もないようだった。
「背中を向けるなんていい度胸だなぁ!!」
後ろから男の声がした。
目を後ろに向ければ、体格のいい男が拳を振り上げていた。
とっさに足を後ろに振り上げる。
振り下ろされた男の腕を蹴りあげ、男の腕は後ろに周り、同時に体もよろける。
そこにガラ空きになった腹に蹴りを叩きこんだ。
男は勢いよく吹き飛び、残りの2人の男たちを通り過ぎたところで地面に転がった。
「ガキが舐めやがって!!」
腹を抱え呻く男を見て、小さな子どもを掴んでいない方の男が懐からナイフを取り出す。
「もういいだろ!行くぞ!」
こちらに向かってくる男を見、リオルドを担ぎあげる。
「おい、子どもは!」
「死にたいのか!」
なお捕まったままの子どもを気にかけるリオルドに声を上げる。
初対面の子どもに、命を駆ける理由はない。
ここで犠牲になったところで、何も得るものもない。
「逃げるならお前だけ逃げればよかっただろ!」
かなりのスピードで走っているなか、リオルドは声を張り上げる。
男の声は徐々に遠くなっていく。
大通りに出たところで、露店の屋根を使って建物の上に上がる。
次から次へと建物を飛び移ったところで、リオルドを降ろした。
とたん、胸を掴まれる。
「なんで、なんで逃げたんだよ!」
リオルドに睨まれ、強く揺さぶられる。
「あれだけ強いなら、助けることもできたんじゃないのか!」
「助けてどうなる。」
バキッ!
頬に痛みが走る。
ゆっくりとリオルドに顔を向ける。
「お前には、お前には良心とかねぇのかよ・・・!
あんな小さな子どもが殴られて平気なのかよ!!」
「そういう子どもを助けたいのか?」
「少なくとも普通は止めるぐらいはする!」
「だったらすぐに行った方がいいぞ。」
「はぁ?!」
リオルドは訳がわからないと荒々しい声を上げた。
「言っておくが、あれは珍しいことじゃない。むしろうまく盗めなかった子どもが悪い。」
「お前!!言っていいことと悪いこ「事実。」
「事実、ああして失敗した子どもの末路はあんなものだ。」
「だからって!」
「パン1つ。」
「え?」
突然の自分の発言にリオルドの動きが止まる。
「パン1つ、手に入れるのにどれだけ苦労するかわかるか?」
「それとこれと関係が「ある。」
リオルドの声を遮る。
「俺がパンをもらえたのは、あの店主が市場でかなりの顔聞きであること、俺が大人でも運べない荷物を運んだからだ。あれだけ小さい子どもがそんなことができると思うか?」
リオルドは黙り込む。
「ちょっと働いたぐらいじゃ、手に入らないんだよ。子どもだけじゃない、大人だってそうだ。だからナイフが出てくるなんてことになる。」
言い聞かせるように言えば、リオルドはズルズルと力なく座り込んでしまった。
「・・・力のない子どもはそうして生き延びる。何かをしなければ確実に死ぬだけだ。」
ここまで言うと、リオルドは口だけなく動きも止めた。
リオルドの右足に目を向ける。
多少引いた腫れがまた大きく腫れていた。
懐から、先ほど蹴りを入れた男からくすねたウイスキーボトルを取り出す。
中身は半分ほど入っており、蓋をあけて匂いを嗅げば、かなりのアルコール濃度だ。
それをリオルドの右足にかける。
「な、なに?!」
突然の冷たさに声が上がる。
リオルドはかけられている液体を辿り、ウイスキーボトルに目が止まる。
「お前、それどこから・・・」
「蹴り飛ばした男が持っていた。」
「持っていたって・・・」
冷たさで頭が冷えたのだろう、声に先ほどの荒々しさはない。
「・・・返しに」
「行って殴られろってか。」
ウイスキーボトルの中見が空になるまでリオルドの右足に賭けると、蓋をし、懐に入れる。
リオルドの右足のためにしばらくは必要だが、なくなっても十分な交換材料になる。
「もうすぐ日が暮れる。」
そう言ってリオルドを背に背負う。
何かを考え込んでいるのか、その日リオルドが口を開くことはなかった。