‐1章‐ 崖下の街 05
商館。
軒を連ねる市場とは違い、商館と呼ばれる地域には酒場、娯楽施設が集まっている。
一言でいうなら、繁華街だ。
崖下には、こういう地域が東と西にあり、東商館、西商館と区別をつけている。
リオルドがその地域に近づくと、それまで手で持っていたシオンのナイフをコートの中に隠す。
商館は、無法地帯である崖下の中でも、もっとも治安が悪い。
ただの酒場ばかりではなく、市場で扱わない、武器、薬などの取引を行うための場所もある。
当然、それを求めて集まってくる連中は暴力で物を言わせる奴が多い。
東は顔役のアリアが商売に規制をかけていることもあり、比較的まともな人間が多いが、西側はそれこそやりたい放題らしいと、リオルドは聞いていた。
ともあれ、まずはシオンがいる酒場を探す。
まだ日が高いが、すでに商館は賑わいを見せている。
崖下には電気がないため、日が暮れると文字通り真っ暗になる。
どうしてもというときは、高価だが蝋燭やランプを使うが、それを毎日使うことはできない。
繁華街なのに、明るいうちに騒ぐ声が響くのはなんとも違和感だ。
リオルドはとりあえず、入口手前にある酒場に入る。
酒場と一言にいっても、その雰囲気は店によって異なる。
リオルドが入ったのは、食事と酒が出てくる居酒屋だ。
「おや、珍しいね。」
数人の客とウェイトレスがいる広いテーブルスペースを抜けた奥に、この店の店主、マクロがリオルドに気付いた。
アジア系で銀縁眼鏡が似合う優男だ。
「シオン探しているんだけど。」
リオルドはマクロがいるカウンターに足を進めながら尋ねた。
「シオンくんなら、今日は来ていないね。」
と、顔は笑顔のまま、手は動き、リオルドの前に、小皿とグラスが置かれる。
小皿に乗っているのは、ロールキャベツのような料理だ。
グラスには、薄ピンクの液体が少量。
「食べ物はともかく、酒は飲まないよ。」
量からして、試食してくれということだ。
この店の飲み物、食べ物はすべてマクロの手作りだ。
荷物配達で仲良くなったリオルドには、新作メニューとしての試食を頼まれることが多い。
どれもおいしいので、リオルドは何気にこの試食するのを楽しみにしている。
ただ、リオルドは決して酒は飲まない。
崖上の基準ではまだ未成年ということもあって、なんとなく罪悪感を感じてしまうのだ。
勿論、それをマクロは知っているので、
「カクテルではあるけれど、アルコールは入っていないから安心して。ただこれの付け合わせとして、このコンビはどうかなぁって意見が欲しいんだ。」
それなら、とさっそくリオルドは料理とアルコール抜きのカクテルを飲む。
カクテルは酸味があり、料理はそれに反して、甘みがある。
「おいしいけど…なんか、中途半端だね。」
「そっかぁ…」
リオルドの感想を聞くと、マクロはフライパンを手に取る。
きっと味付けを変えて、同じ物を作るのだろう。
嘘をつけないリオルドは人に好かれることも多いが、面倒も多い。
マクロは自分が納得するまで、料理を作り続けてしまうところがあり、必然的にその味見役はリオルドになる。
そうなると、日暮れまでここに拘束されかねない。
「あ、あの!オレ、シオンを探さないといけないからまた今後!」
早口にまくし立て、マクロが「え~」と不満げな声をよそに、店を飛び出す。
本当ならシオンがどこにいるか聞きたかったが、仕方ないと次の店に入る。
シオンは1つの店の用心棒ではなく、この地域全体の用心棒として働いている。
だから、基本的には商館の店を回り歩いている。
気に行った店には長くいたりするので、そこを捕まえられれば一番いいと、マクロの店もその1つだったのだが、簡単にはいかない。
マクロの店を始め、リオルドは知っている限りのシオンのお気に入りの店にいくが、手掛かりすら得ることはできなかった。
ただ、どの店にも今日シオンは顔を出していないということから、入れ違いになったかもしれないとリオルドは考え直す。
もしそれだけなら、あまりうろうろしない方がいいかもしれない。
「しばらく、シオンを待っててもいい?」
リオルドは今いるダーツバーの女店主に聞く。
「構わないけど、ここにはお酒しかないわよ。」
ダーツでもする?とにこやかに、カウンターに用意されている小さなナイフを差し出す。
ちなみに、崖下のダーツといえば、的は点数を書いた木の板、矢はかなり小ぶりのナイフが普通だ。
リオルドはやらないと、手を振った。
そう、と女店主は、丁度来た別の客にそのナイフを渡した。
先ほど言ったとおり、この店には大した食べ物もなく、アルコールしかないため、リオルドに出せる物がないことに店主はやや気まずさを感じているようだ。
カウンターに座るリオルドに、ときどき声をかけるが、リオルドは疲労のために口数が少なく会話が続かない。
「・・・”アイザス”に行ってみたらどうかしら?」
「嫌だ。」
女店主の提案に、リオルドは即答する。
「でも、ここまでお店回ってどこにもいないのでしょ?だったら、ママに聞いたほうが早いと思うわ。」
「絶対に嫌だ。」
リオルドは繰り返す。
ただ女店主の言っていることは正しいのはわかっていた。
「アイザス」とは、東商館の中でも有名なバーだ。基本的に東商館内で「ママ」といったら、アイザスのママを指す。
そのママは前東の顔役だった人物で、東商館内でのことならなんでも知っている。
だから女店主の言うとおり、ママさんに聞けばシオンの行方もすぐにわかるだろう。
それでも、リオルドには行きたくない理由があった。
「めったに来ないリオが来るほどの用なんでしょ?」
「・・・・・わかった。」
丸腰のシオンのことを思うと、渡すなら早めがいいと、リオルドは気乗りしないが席を立った。
余談。
「マクロの店の名前ってなんだっけ?」
ランチに寄ったリオルドがふと尋ねる。
住民の多くは文字が読めないから看板の類があまりない。
店の名前は店主か常連の客に聞くしか知ることがないのだ。
すると、マクロは
「エク●ルだよ。」
「…え?」
「エク●ル。あぁでも、アク●スでもいいかなって思ったこともあるよ。」
「…それって、あの?」
リオルドの頭に浮かぶのは、コンピューターの入っている有名なPCソフト。
え?と顔が表情が固まったリオルドの反応に、マクロは笑いだす。
「冗談だよ!冗談!」
「あ、あぁ…」
呆気にとられたまま生返事を返したリオルドだった。
ちなみに、元ネタはジェイクらしい。
というのがふと浮かんだ。
書いてみると予想以上につまらん。。。
ちなみに、マクロの名前はそこからではないです。