‐1章‐ 崖下の街 03
ジェイクの店を出たあと、リオルドが向かったのは路地だ。
複雑な路地も3年も通っていれば、目的地まで最短ルートでいけるのもわけない。
そして、この複雑な路地は小さな子どもにとっても隠れ家だ。
2,3角を曲がったところで、さっそく馴染みと出会った。
「ロキ」
動物に混じってゴミを漁っている影に呼びかけた。
ロキは手を止めて振り返ると嬉しそうに「お兄ちゃん!」と返事を返した。
続いて、側にいたラブラドールのわん君も「ワン!」と鳴く。
リオルドはロキの3m手前まで歩み寄った。
なんとも微妙な距離だが、シオンからロキにそれ以上は近づくなと強く言われているに加え、ロキ本人もそれ以上近づくのを怖がったためだ。
常にそばにいるわん君はリオルドの存在に慣れたようで、始め程吠えなくなったが、それ以外の犬は未だ唸り声を発している。
ロキが宥めているからこそこの距離でも襲われずにいるが、本来なら噛み殺されていてもおかしくない。
「あ、あのね!この前丁度いい場所みつけたんだよ!」
犬達の唸り声をかき消すように明るい声でロキが叫んだ。
そして、今日の食料を腕に抱え走り出した。
周りにいた犬達もそれに続いて走り出す。
ただわん君だけは、リオルドが迷子にならないようにかその場に留まり、リオルドを案内した。
ちなみに、このラブラドールに「わん君」と命名したのはロキ本人だ。
理由をきけば、わんと鳴くからだという。
ただロキが数多連れている犬で唯一名前をつけているのはこのわん君だけだ。
わん君に案内されたどり着いたのは、複数の路地が交差する開けた場所だ。
路地にはいくつも似たような場所があるが、リオルドがここにくるのは始めてだ。
「よいしょ。」
ロキが食料をしまい、犬達の真ん中に腰を下ろす。
すると待っていたかのように小型犬の1匹がロキの膝に乗る。
「お兄ちゃんはそこの箱の上に座って。」
と、ロキ達から反対角にある木箱を指された。
「大丈夫。わん君達には座らせたりしていないから。」
目深にかぶったフード下でにこりと笑う。
リオルドは「お言葉に甘えまして。」と声をかけ、木箱に座る。
ジェイクのところもそうだが、ロキの周りの犬から襲われなくなったあたりから、こうしてロキとおしゃべりするのも日課となりつつあった。
ロキは、この街では”死神”と呼ばれている。
というのも、常に犬を連れて歩いているために、近づけば噛み殺され、襲われてなかったとしても病気を移されると誰も近づかないためだ。
ロキの左目が曇って見えない、右足が不自由なのもかつて患った病気の影響らしい。
それゆえに、ロキがこうして動物以外の誰かと話すことはめったにない。
ただロキ自身はほかの人とおしゃべりしたいというのはあり、こうしてリオルドと一緒にいることを楽しみにしている。
リオルドもかつてロキに助けられたこともなり、快くロキに会いに来る。
ただ、2人の間は最低でも3mは開いている。
ロキが恐れているのはリオルドが病気になることで、犬達に言いつけているのかそれ以上近づこうとすると犬が飛び出してくる。
「それで、人は集まった?」
「うーん・・・もうこの当たりの人には一通り声をかけたんだけどな・・・」
リオルドの説得も賛同してくれる人はゼロではないが、何かを動かすほどの人数では到底なかった。
そして、その賛同してくれた人たちを繋ぎとめておくために何かをしなくてはならないともリオルドはわかっている。
わかっているが、具体的に何をすればいいのか迷っていた。
「・・・何かするか・・・」
「何をするの?」
リオルドの呟きも聞こえたようで、ロキが首をかしげる。
膝に小型犬、リオルドの記録が正しければ、ポメラニアンを抱え、軽く首をかしげる仕草は愛らしいが、残念ながらロキは男の子だ。
”これが死神・・・”とギャップを感じたが、ロキ本人は優しい性格だ。
だからこそ、動物が寄ってくるのかもしれない。
「まだわからないけど、何か考えるさ。」
一通り話が終えると、リオルドは木箱から降りる。
すると、ロキは近くにいた中型の黒い犬に何か言った。
黒い犬、リオルドはその黒い犬の犬種がわからない、がわうと吠えて、路地の1つに走り出す。
わん君の次にリオルドに懐いている犬だ。
その犬に案内されて、大通りに戻った。
犬に手を振り見送ったあと、空を見上げる。
まだ太陽の位置は高く、大通りは活気が満ちていた。