第二十三神 昔話
その日の放課後、俺は学校を終えてタケミカヅチとともに帰宅すると、
家は何とも言えない重苦しい空気が漂っていた。
俺はただならぬ重苦しい空気をかんじ、怖いもの見たさでリビングに入ると、
不機嫌そうなアマテラスと表情を暗くしているミツルギさんが正座していた。
「ほぉ……貴様もずいぶん大きくなったもんじゃの。ん?
このわらわを怒らせるとわの」
「失礼も承知です……はっきり言って理解の外です。何故、
あの人間に神と戦わせるのですか」
「人間という名ではない。神夜じゃ……随分とお前は神夜を下に見ておるのう」
「そ、そういう訳では」
い、いったい何が起きてるんだ?
アマテラスなんかもうブチ切れてるじゃねぇか。
「ならば、何故神夜を襲った!」
俺は初めて聞くアマテラスの怒号に思わず肩を、びくりと上げて驚いてしまった。
ここまでアマテラスが怒りを露わにするなんて……いったい何があったんだよ。
「まあ良い…………じゃが、今度神夜に襲いかかってみろ……いくら、
ウズメの旦那とは言え、容赦はせぬぞ」
傍で待機している猫又三姉妹はすでに三人とも涙目になっている。
説教を終えたアマテラスが俺の方を向き、こっちに歩いてきた。
「少し付き合え。神夜」
「お、おう」
俺は何も言わずにアマテラスに付いて行った。
そのまま話もせずに、アマテラスに連れてこられたのは普段、
鍛錬をしている公園だった。
今回は人祓いを張る必要がないらしく、多くの子供とその親御さんが公園にいた。
「……みっともないところを見せたの」
「いや、別に気にしないけど」
気にはしてないけど少し、驚いただけだ。
「…………なんで怒ったんだ?」
「わらわはお主を馬鹿にされると腹が立つのじゃ」
俺はアマテラスの発言に、恥ずかしさと嬉しさの二つが同時に込みあがってきた。
な、なんか面と向かって言われると恥ずかしいな……嬉しいけど。
「お主はわらわのお気に入りじゃからのぅ」
しかし、この発言により俺の中から恥ずかしさと嬉しさが一気に減少し、
たった数秒でどこかへと消えてしまった。
それは要するに気に入っているものが誰かに襲われたから怒ったという、
ご主人がよく抱く物じゃないか……なんかガッカリ。
「なあ……ミツルギさんも神なのか?」
「いや、ミツルギは元人間の神族じゃ」
俺は質問の答えを聞いて驚いてしまった。
ミツルギさんが元人間……つまり、俺と同じ種族だったってことか。
「神の間では有名な昔話をしよう」
そう言ってアマテラスは昔話を始めた。
昔々―――――まだ、侍や幕府、藩があった時代に一人の、
若い女神が人間を知れという命を受け、人間界に降り立ちました。
女神はやることが何もないのでブラブラと散歩をしていると、
その道中に傷だらけの男性が倒れているのが見えました。
女神は倒れている男性に近寄り、傷を癒してあげました。
しかし、ここで女神は気付きます。
“人間の前で神の力を使ってしまった”
そう、侵してはならない規則を若い女神は破ってしまったのです。
女神はすぐさま、その場から離れようとしましたが傷を癒してもらった男性が、
ぜひ、礼をしたいと言い、女神は付いていくことにしました。
そこでお茶を一緒にした後、若い男性は女神にこう尋ねました。
“貴方の名前を教えてほしい”と。
女神は悩んだ挙句、名前をもじったものを教え、その日は分かれました。
しかし、また次の日も偶然出会い、また次の日も、そのまた次の日も、
二人は出会い、お茶を共にし、時には花見などをして楽しみました。
そして、二人が出会ってから数カ月たったころ、男性は女神にこう言いました。
“私の妻になってほしい”と。
しかし、女神はそれを断わります。
“貴方と私は別の存在です”と。
男性はそれを聞き、女神の手を取ってこう言いました。
“種族なんて関係ありません。私の眼はすでにあなた以外の女性を、
映しませぬ。私は剣の腕ならば他の誰よりも優秀です。
貴方を私の剣で守らせてはくれませんか?
あなたを傷つけようとするもの。貴方を悲しませるものから……。
もう一度、言います。
私は貴方を愛しています。私の妻になってくれませんか?”
女神は涙して喜び、若い男性の求婚を受け取り、二人は夫婦として、
神の世界へと戻ってきたのです。二人は幸せに暮らしましたとさ。
「二人はどれだけ、周りから非難されようとも決して離れることなく今も、
幸せに暮らしておる」
その物語の主人公とヒロインは誰なのか……そんな野暮な質問はしなかった。
「その夫は妻を護りたい、その為には自分には地位が必要だと考えておる。
しかし、その夫の妻は地位など欲してはおらぬ……自分が、
高位な神だからではない。隣にいてほしいからじゃ。
隣に立ち、笑い、泣き、愛し合いたいのじゃ。
それを気付かせてやれるのは同じ人間しかおらぬ」
地位を欲するが故に自らの大切なものを見失う……トラロックと似た状況だな。
序列が低いために、トラロックは自分の妹を幸せにしたいと考え、
サバイバルに参加し勝つことで地位を上げようとした……。
でも、良かれと思ってしたことはミズノちゃんからしたら迷惑な話だった。
貧乏でも良い……どれだけ周りに後ろ指を差されても隣に大切な人が……
家族が居てくれればそれが最後の砦となり、自らの希望となる。
「……少し、出かけてくるわ」
「ああ、行って来い」
俺はアマテラスに見送られ、ある人物のもとへと向かった。
「はっ! はっ!」
俺が探し求めていた人物は学校の近くにあるアパートで三匹の猫の傍で、
竹刀を一心不乱に振っていた。
「あ、変態お兄さんにゃ!」
「お前……何の用だ」
ニャーの声を聞き、ミツルギさんが不機嫌そうな顔を浮かべて俺を見てきた。
「少し、話がしたい。一対一で」
「……ミィー、ニャー、ミャー。先に入っててくれ」
ミツルギさんの指示を受け、猫又三姉妹は何も反抗せず、
素直にアパートのどこかの階の自宅へと帰って行った。
「で、何の用だ」
「……アマテラスからあんたのことを聞いた」
そう言うとミツルギさんは振っていた竹刀を止め、驚いたような表情を浮かべた。
「そうか……それがなんだ? あまりの美談にサインでも」
「あんたはバカか」
そう言うとイラッときたらしく俺を鋭い視線で射ぬいてきた。
「どういう意味だ」
「あんたが俺を襲った理由……それは俺がトラロックから、
受け継いだこれの所有者となり、自分もサバイバルに参加したかったから」
俺はポケットからサバイバルの参加証明になるものを見せると、
一瞬、物欲しそうな顔を浮かべるがすぐにいつものクールな表情に戻った。
「サバイバルに参加したい理由……それはあんたが地位を得るためだ。
元人間のあんたが神を倒したとなれば上が黙っちゃいない。いや、
注目しない方がおかしい。なんせ、人間が神を倒したんだからな。
それで、あんたはサバイバルで最後まで残る必要はない。あんたが神を倒せば、
倒すほどあんたの評価はウナギ登りだ。その評価で地位を得る。
……俺からすればそんなもの愚行だ」
そう言った直後、俺達の周りを何かが覆ったような感じがしてそれと、
同時にミツルギさんが空間を歪ませ、そこから黒刀を取り出し、
俺に斬りかかってきた。
「うぉ!」
俺も刀を現出させ、ミツルギさんの一太刀目を防いだ。
「十何年くらいしか生きていないガキが……調子に乗んじゃねぇ!」
ミツルギさんは刀を振り切り、俺を無理やり弾き飛ばすと朝と同じ、
刀から黒い衝撃波を俺めがけて放ってきた。
「よっと!」
俺はそれを上に跳躍して避けると、第一番、燃やし火を使い、
バスケットボールサイズの火球を作り出し、ミツルギさんめがけて投げた。
「んなヘナチョコ呪いが効くか!」
しかし、俺が放った火球はたったの一撃でかき消されてしまった。
「来いよ。俺があんたのしていることは愚かだってことを教えてやる」
「人のやっていることに口を出さない方がいいぞ!」
俺とミツルギさんは同時にかけだし、そして同時にお互いの得物をぶつけあった。
こんばんわ~




