第百十四神 神解・無桜
「……朝から酒飲みますか、普通」
集合場所となっている俺の家は今、凄まじく酒のにおいが漂っている。
それもこれも九つの尾を持つ幻術最強と歌われている九尾さんが朝っぱら缶ビールを開けては飲みを繰り返しているからだ。
「お腹減ったぞ! 何かくれ!」
「な、何もないですよ、一尾さん」
一本の尾をやたらとフリフリ左右に振りながら足元によって来る一尾さんをどうにかして遠ざけながら残り1人の集合を待っていると窓の外に桜の花びらが1枚、流れていくのが見え、窓を開けて外を見てみると室外機の上にサクヤさんが立っていた。
「お待ちしてました、サクヤさん」
「……とりあえず、お話だけは聞きに行きましょう。どうするかはあちらで決めます」
「分かりました……じゃ、行きましょうか」
サクヤさんを部屋に招き入れ、ポケットから鍵を取り出して何もないところで普段通りの動きでカギを一回転させると空中に光が長方形を描くように走り、1つの光り輝く扉が出来上がった。
「おぉぉ! なあなあ九尾! どうなってんだあれ!?」
「黙っとれ。お前に説明しても分からんわ」
「んじゃ、行きましょうか」
ドアを軽く押すと扉が開いて目の前に神界の景色が広がり、アマテラスと神王様、そしてその神族の猫又の姿が見えた。
「久しぶりやのぅ。アマテラス」
「ふん。相変わらず酒臭い奴じゃ」
「ほっとけ……で、そっちにおるのが神王さんかい」
「お初にお目にかかります、九尾様、一尾様。私が神界を統べる」
「そんな説明いらないんじゃないでしょうか」
機嫌が悪そうな聞こえ、そっちの方を向いてみると仏頂面に加えて神王様の方を敢えて見ないようにしているサクヤさんが腕を組みながら立っていた。
……やっぱり、そうそう昔の諍いは傍に置けないか。
「……そうですね。では、こちらへ」
神王様が何もない空中を軽く叩くとそこに光の扉が現れ、全ての神が集まる会議の場所へと繋がった。
その扉を何も言わずに潜ると俺たちが最後だったのか大勢の神らしき人物たちがそれぞれ椅子に座って会議が始まるのを待っていた。
「九尾様と一尾様はこちらへ。姉……サクヤコノハナヒメはこちらへ。2人は上に上がってください」
神王様の指示通り、俺と神王様の親族の猫又は上に設けられている神族専用スペースへ跳躍して移動するとすぐ目の前にミツルギさんの驚いた顔があった。
何も言わず、会釈だけしてミツルギさんの隣へ座ると会議場の一番最前列に神王様が立った。
「みなさん。今日はお忙しい中、良く集まっていただきました。今回、皆様を集めましたのはすでに通達している通り、我々の監視を潜り抜け、ダイダロボッチが降臨したことについてです」
その言葉から始まり、神王様は途中休憩することなくただひたすらダイダロボッチが降臨した原因、そして今後の対策で何をすれば良いのか、そしてその考えを集約することを全ての神がいる前で一語も詰まることなく、喋り切った。
すげえな……俺だったら確実に詰まるわ……でも、サクヤさんもなんとか話だけ聞いてくれてよかった。サクヤコノハナヒメだけ空白だなんておかしいからな。
「ではこれにて会議を修了とさせていただきます」
「え、終わり?」
「神の数は多すぎる。よって神の意見を一つ一つ、この場で聞いて反応していればそれだけで一日以上は費やしてしまう。話だけ話しておいて後で意見を集約する。これが一番、時間的にも早い」
ま、そりゃそうか。神なんて突き詰めれば髪の神なんていう神様まで出てきそうだからな。膨大な数の意見を人間の国会みたいに質疑応答していたら時間がいくらあっても足りないか。
「んじゃ、そろそろアマテラスの所に帰りますか。ミツルギさんはウズメさんとでしょ?」
立ち上がりながらミツルギさんにそう尋ねるが返事が一向に帰ってこず、不審に思ってふとミツルギさんの方を向くと何故か立ち上がろうとしているところで動きが止まっていた。
「な、なんだ……静かすぎるだろ……もしかして」
会場が静かすぎるのに疑問を抱き、慌てて下を見てみると全ての神の動きがその場で止まっていた。
な、なんだよこれ……何で俺以外のここにいる人たち全員の動きが止まってるんだ。
「こ、この力は……どういうつもりですか、姉様!」
神王様のそんな叫びが木霊し、慌てて最前列の方を向くとサクヤさんと神王様の2人が互いに向き合っているのが見えた。
「サクヤさん! いったい何を」
「……サフ。貴方とのケリをつけます」
「な、何を言って」
「私がここへ来た理由……それは貴方を倒すためです!」
サクヤさんが叫びながら腕を上げた瞬間、桜の花びらの濁流が天井を突き破って流れてきて神王様を飲み込み、そのまま突き破った天井の穴から神王様が放り出され、サクヤささんもそれに付いていく。
「サクヤさん! サクヤさん!」
俺も慌てて天井に開いた穴から2人のもとへと飛んでいくと既に2つの桜の濁流がぶつかり合い、周囲に大量の桜の花びらが散っていた。
「姉様! どうしてっ!」
「どうしても何も……貴方が全てを奪ったから……母の愛も神王も……貴方が私のすべてを奪ったからそれを叩き潰しに来ただけです! 神夜さんには証人になってもらいます!」
2人が放った桜の濁流が正面からぶつかり合い、その衝撃によって周囲の地面が抉られていく。
なんでだよ……なんで。
「何でこんな時に戦うんだよ!」
「そら、我慢できんかったんやろ」
「こ、九尾さん」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると九尾さんと九尾さんに尻尾を掴まれて引きずられてきたであろう一尾さんがいた。
「な、なんで俺以外に」
「尾持ち人に神の力は効かん。呪いは別やけどその神が個別に持っている力なんかは効かんねん。んで何で今戦うかっていうのは……口では我慢するって言ってもいざ正面で見たら我慢できんねやろ。姉妹なんてそんなもんちゃうの? お前だって我慢していても我慢しきれんときくらいあるやろ」
俺には兄弟がいないからわからない……でも……くそっ!
2本の刀を現出させて2人の戦いの仲裁に入ろうとした時、突然体が動かなくなり、慌てて自分の片田を見てみると太い植物のツタのようなものが俺の体に巻き付いて拘束していた。
「こ、九尾さん?」
「止めとき。他人のお前が仲裁に入っても止められん。むしろお前が死ぬで」
「でも、九尾さん! 今止めないと2人は」
「喧嘩させとけ。互いに殺し合う気はないやろ」
その時、凄まじい爆音が響いたので慌てて2人が闘っている方向を向くと桜の花びらで生成された巨大な球体がぶつかり合い、地面に着弾し、大きな穴をあけていた。
2人は戦いの場所を地上から空中へと移し、桜の花びらをぶつけ合うがどちらに直撃するわけでもなく、全ての攻撃が相殺しあっていた。
「止めてください姉さま! 今戦いあっている場合ではありません!」
「関係ありません! どのみち私は罪人! この世界にはもう戻ってこないでしょう! だったらこのチャンスを無駄にする気はありません!」
「止まれ!」
「っっ!」
サフさんが叫びながら掌をサクヤさんに向けた瞬間、何かで拘束されている感じではなく、本当に時間が止まったかのようにサクヤさんのすべての動きが止まった。
あの力っ! 前にパーティーがあった時に見た力だ!
「うちも生で見るの初めてや。時を戒める神……時戒神の力か」
「じ、時戒神?」
「その名の通り、時を自由に操れる神や。時間停止、時間加速。その二つが可能な唯一の神であり、神王を決めるサバイバルの出場を唯一、禁止された神でもあるんや」
……ちょっと待て。その力を神王様が使ってるってことはサクヤさんもその力を使えるってことだよな……でも、なんでサフさんは神王様になれたんだ。
「その話通りに行けばサフさんは」
「条件を付けたんや。サクヤコノハナヒメの力しか使わんとな……気ぃつけや。2人の戦いはこれ以上にヤバい戦いになるぞ」
「っっ!」
九尾さんがそう言った瞬間、凄まじい量の神力を感じ、慌ててサクヤさんの方へ視線を向けると全ての時が止まっていたはずのサクヤさんが地面に降り立っていた。
「な、何故……姉様の時間はすべて止めたはず」
「何をそんなの不思議がることがありますか? 私も貴方と同じように時戒神の血を継ぐもの……私が力をつかえてもおかしいことはありません」
「で、でも姉様はサクヤコノハナヒメの力を強く受け継いだから時戒神の力は時間が過ぎるとともに自然にサクヤコノハナヒメの力に淘汰されるはず!」
「……神に神獣は宿りません。故に神解はできない……ですが便宜上、あえてこう言いましょうか」
その瞬間、サクヤさんの周囲に浮遊していた桜の花びらが全て一瞬にして消えた。
な、なんだ……サクヤさんの神力が……変わった?
「神解・無桜」




