1章 チェンナの森 上
Teodulo Colon
「スペインの人文学者、作家(1898-1942)。青年時代を修道院ですごし、その後、大学で法律を学んだ。ラブレ、カンパネラなどのユートピア文学に影響を受け、反フランコ運動に参加して捕らえられ、1942年、銃殺された。その間、革命的ジャーナリストとして健筆をふるう。小説『チェンナの森』では、荒唐無稽な物語の中に鋭い社会批評がこめられるが、マルキストの色合いは少なく、純粋に理想の国を追い求めていた信条が伺われる佳作である。」(『世界文学事典』文学研究社)
求めていても、結局理想の国などどこにもなかったのだろう。
僕がその小説を読んだのは、中学にあがってすぐの頃だった。
父の書斎の本棚に茶色く色あせた文庫の背文字を見つけて手に取ってみた。
小学校の高学年の頃から、それまでむさぼるように読んでいた子供向きの本にあきたらなくなって、父の書斎に内緒で入りこむようになった。
見つかれば、きっと何をしているのだと見とがめられただろう。
けれど、滅多に家にいない父の目を盗むことは、年端のいかない子供にだって簡単なことだった。
仕事に必要な多くの法律書の中に、隠れるように一冊の小さな物語が置かれていたのは、どういった由縁があったものなのか。
小説などを読んでいる姿など見たことのない父だが、そこに、この本があったということは、一度は目を通したことはあるのだろう。
そう思ったのも、古ぼけたその本の頁の一枚が後ろの方で故意に折られていたからだ。
物語は、古い神樹の回想から始まる。
といってもこの樹木に人格がある訳ではなく、かつてその神樹をとりまいていた世界の盛衰の伝説が、神樹を通して語られる。
とまれ、神樹は既にその時には、この世から失われているので、まさに全ての事柄の報告者としては都合のいい存在となっている。
神樹は、その国の物達から『チェンナの樹』と呼ばれていた。
ある一人の農夫が、異国の市で手に入れた時、それは柿の種程の大きさもない、一つの小さな存在だった。
農夫がその時、その種を買い取ったのは、頭に白い頭巾を巻いた異国の商人の巧みな口上にほだされたからであったが、その年の夏の暑さに少し思考の働きが鈍くなっていたのかもしれない。
これは、水を呼ぶ『チェンナの樹』の種だよ。
まさかと思いながらも、農夫は僅かばかりの小遣いを商人に手渡した。
毎年、水の工面に苦労している身には、例え戯れの言葉であったにしても、何やら誘われる響きだった。
家に帰り、農夫は庭先に穴を掘り、種を放り込んだ。
その上に乾いた土をかぶせ、そして、咽の乾きをほんの少し我慢して、その分の水をかけてやった。
農夫がしたのは、それだけの行為だった。
ひと月たち、農夫は種を植えた場所から小さな青い芽が出ていることに、農作業から帰ってきた時に気付いた。
けれど、水をやろうとする気持ちは涌かなかった。
どうせ育った所で、何か実をならすでなし、チェンナなどという、名も聞いたこともない妙な樹の芽の世話をやく閑はなかった。
ふた月がたって、農夫は箸程の細い若木が庭先に伸びているのを認めた。
水もやらぬのに大したものだと、少しの感心を誘いはしたが、それ以上の関心は払わなかった。
三月がたち、夏の暑さの記憶が薄れ、風が枯れ葉を弄ぶ頃、隣家の主人が、農夫が側溝にはまって死んでいるのを見つけた。
足を踏み外し、打ち所が悪かったのか、もう冷たくなっていた。
簡素な葬式が村の者たちの手で出され、残された妻子は、ふた月と待たず、隣村の男の元へ子供を連れて後家に入った。
粗末な家は人手に渡ることもなく、ただ、その場所で、時のたつままに朽ちていった。
農夫の後を追うかのように、みるみる土地がやせていった。
元々肥えた土地ではなかったが、その荒廃の速さはあきれる程で、まず、農夫の家の周りから、僅かばかりの樹木が全て枯れてしまった。
そして、その枯死は農夫の死から一年もたたない内に村中に広がり、次の夏を迎える頃には、村人の殆どが村を捨ててしまった後であった。
そうして、その村ごと、人々の記憶から消えかけた頃、あの農夫の息子が、郷愁にかられ、隣村から戻ってきた。
もっとも息子は自分が故郷の村に戻っていたことには、一生気付かずじまいだった。
それ程までに、その土地の光景は、息子の記憶の姿と異なっていた。
息子は、かつて自分の実父が住み、耕していた土地を見つけられぬ落胆のままに、しかし、緑豊かなその森に家族と共に留まることに否やはなかった。
周囲の乾燥した土地柄を思えば、不思議な思いを抱かずにはいられない程に、そこには手付かずの緑の土壌が群となって茂っていた。
そして、その中心には、一本の若木が他の樹木の追随を許さぬ勢いで天に向かって枝を広げていた。
それはどこの土地でも見たことのない、樹だった。
一体、何という名なのか、と首をかしげる息子に、後から呼び寄せた老いた母親が、昔語りをしてくれた。
まるで、チェンナの樹のようだね。
老母はおかしげに、ずっと前に死んでしまった息子の実父の話をした。
貧しい農夫が、商人の話に乗って、何のたしにもならない植物の種を面白がって買ってきて埋めた話を。
その話には息子も、身を乗り出して聞き入った。
後妻に入った先では、気兼ねをしてか、死んだ父の話をあまり聞かせてもらえなかったこともあったのだが、それ以外にも、「チェンナの樹」の話は、今ここにある若樹にこそ相応しいよように思えた。
目に見える水源は何一つないのに、その樹の根本を掘れば、しとどに濡れた黒土が豊富に得れた。
それは、一種の神秘でもあった。
一体どこからこれ程の水量を得ているのか。
ここ以外の場所では、ここ十数年の内に、みるみる土地が枯れていったというのに。
息子たちがそこに住み始めてから、そう月日も立たない内に、その森の噂が広まり、噂は、外の人間を呼び寄せることになった。
それと共に、森は周囲の乾いた土地を、今度は目に見える程の速さで、潤していった。
そして、誰に強制されるでもなく、人々は、その樹を『チェンナの樹』と等しく呼ぶようになった。
息子の息子たちは、その土地の最初の住人として、快く、移住者たちを迎え入れた。
村は栄え、町となり、息子の息子の息子たちの代には大きな街となった。
その街は、不思議な様相を呈していた。
周囲の土地が年々枯れてゆくのに対して、そこだけが巨大な緑の森となり成長し続けた。
その姿は百里の先からでも望める程に、高く広くうっそうとした緑の城塞であった。
人々は、その土地からにじみ出る豊かな水を含んだ土壌の恩恵に酔った。
労せず、植物はたわわに、樹木に畑に宿った。
それを糧にその他の様々な技が栄えた。
豊かさの上に生み出された贅が種々に街を飾り立てた。
そしてその中で貧しい農夫の子孫たちは、もっとも豊かな一族となった。
彼らにとって、チェンナの樹は神樹に等しかった。
そして、いつしか樹は、厳しい戒律の元、守られるものとなった。
息子の息子の息子のそのまた息子の代になって、年老いた家長がふと考えた。
日々、増えつづける街の人々の為に、秩序が必要になるだろう、と。
家長はその手始めに、神樹の一円にぐるりと境界をひいた。
そして、その内に、石造りの巨大な神殿を築き、選ばれた者しか、そこへは入ってはならぬことと定めた。
選ばれた者というのは、もちろん、自らの一族に他ならない訳だが、そうする権利が自分たちにはあるのだと家長は考え、そして、一族郎党もその考えに同意した。
我々は今まで分け隔てなく、この神なる樹木「チェンナ」の恩恵を他の者達に与えてきた。
それを惜しんだことは一度としてない。
勿論、これからも。
しかし、神の樹には神の樹なりの身の置きようというものがあるだろう。
これは「神の樹」である。
人々は、その言葉に酔いしれた。
自分たちが、その土地に共にあることができるのだということに、喜んだ。
チェンナの樹がある限り、我々は未来永劫、この豊かな生活を続けることができる。
他所の土地を見てみろ。
あれ程に乾きやせ細った様を。
それにくらべ、ここは、まるで天の園のようではないか。
そう。
我々は天の園に住む住民として、選ばれてここへ来たのではないか。
そう……きっと、そうに違いあるまい。
神の地としての噂は、万里を走り、その街を目ざすものの列が、黒い筋となって大地を縫った。
その噂は勿論、諸国の国主の元へも届いた。
その話を聞いて、一番快く思わなかったのは、土地を隣接させている国々の者たちであった。
水を含んだ豊かな土壌が、労せず得られるなどという話は、信じられよう筈もなかった。
今、自身の眼下に広がっている土地の様相を見てみろ。
こんなにも枯れ果てて、僅かばかりの水を天から注がれるのを待つばかりで、それも、降ると思えば、みるみる乾いた地面の割れ目に吸い込まれてゆき、とても作物を得る程の恵みとはならない。
その昔は、豊かな土地がここにもあったというのに、気付いた時には、まるで、年老いた体から水分が抜かれていくかのように、土地は枯れていった。
他の国々も似たような境遇だった。
このままでは、国が滅ぶ。
それでなくとも、ここ数年、闇夜にまぎれて、民が国を抜け出している。
勿論、行く先はあのけしからぬ「チェンナの森」だ。
国主の耳元で、一人の側近が囁いた。
おかしな話ではありませんか。
あの土地の話が聞こえ出してからではございませんか。
この国の荒廃が始まったのは……。
その思いは国主の胸にもあったが、そんな理由付けが果たして本当にあり得るものかと思い、口に出すまではしなかった。
しかし側近の男は囁きを止めなかった。
あそこは……そもそもは、我が国のもの。
はて、そうであったか、と国主の胸を疑問が過るが、そうかもしれぬ、とすぐに思い直した。
そして、臣下は更に言葉を重ねた。
国主が臣民の元を訪れることに、何の否やがありましょうや。




