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前篇

扉を開けると女がいた


静かな室内には何もなく、まるで人が住まう気配を感じさせない。

彼自身そこに人がいると知っていなければ通り過ぎてしまいそうなほどに質素な部屋。


そんな人の気配を全くといっていいほど感じることが出来ないそこに、人形のように彼女は佇んでいる。


「リンネィリア=オルト=ロンシェーネだな」


「……」


応える声はないが彼はそれを肯定と捉える。はなから返事など期待していない。彼にとって必要なのは黒髪と仮面の女。それだけである。


「来てもらおう、故郷(くに)は滅びた」


すっと手を伸ばす。


「……」


反応のない相手。生きているのか、死んでいるのか分からない程に生を感じさせない。

仮面の下に隠れた顔を伺いしることはできない。けれど、それで良い。


彼女にしてみれば自分は簒奪者なのだから。


どんな顔をされても、自分にできることはなにもない。



あとは彼女だけ。



体を襲うのは疲労感、そして安堵。

ここまでくるのにどれだけの時間を使ったか。


どれだけの命


どれだけの心を使っただろう。

けれど、それも今日で終わる。全てが今日変わったのだ。


遠くから聞こえるのは雄々しい声、声、声。

終わらせようとする熱気。


歓喜の熱気と恐怖の熱気。




俺はこの日を絶対に忘れないだろう。


全ての者がとらわれた、見えない残虐を



そっとのせられた手は手袋越しで温かさは分からない。それで良い。

そのまま広間へと歩き出す。血臭の漂うあの場へと、まるでパーティー会場へとエスコートする紳士のように。


目の前のそれは自分を罵ることさえしない。

ただ、仮面という無表情をまとい。全てのことに口を噤む。


だからなのか、膨れ上がった嗜虐の意思をとめることができなかった。

その無表情を崩したくて、その顔を恐怖に塗り替えたくて。

自分たちが味わった屈辱、恐怖をほんの少しでも知らしめたくて。

自分の中にいる何かが残酷にほほ笑んだ気がした。



「お前で最後だ。王の名を持った者の縁者は」

「……」

「全てが順調だ。貴族共もすぐに下った」



すっと相手を窺いながら言葉を紡ぐ。周囲にいるのは最初からの連れしかいない。こんな状況の中共に歩けるのはこいつらしかいない。それほどまでに今自分は不安定な位置にいる。


「…だれ」

「?」


一瞬分からなかった。舌足らずのようなそれが女の発したものだとは。

歩みを止め、相手を見る。


「だれが、しんだの」

「は」


思った以上に澄んだ声。落ち着きすぎた、声。

一瞬頭が沸騰した。あんまりな質問に返答が出来なかった。

そのせいで、相手は再度同じことを聞いてきた。


「だれが、しんだの」

「……お前の父と母に兄弟たちがだ」


ぎりり、と剣を持つ右の手を強く握る。

まるで何もないかのような通路のせいで彼女は錯覚しているのかもしれない。

この状況は普通ではないことであると。そうでなければ、おかしいのだ。身の危険を感じさせないことに理由が見つけられない。


彼女以外の王族は全て泣くか叫ぶか醜い声をあげて自分を罵った。

簒奪者の愚か者と。


自分たちのしたことに見向きもせずに。


その状況にも腹がたったが、今の彼女はそれを更に上回る。


無知ということがどれほどの罪であるか


彼女は知らないのだろう


「だれが、しんだの」

「っ!!」


けれど、それは罪

「黙れ!!」


後ろから聞こえたのは仲間の声

とっさに叫んだのは自分ではなかったらしい。けれど、もう一瞬遅ければ叫んでいたのは自分だったかもしれない。


「これ以上しゃべるな」

「だれが、しんだの」

空気が少しずつ殺気立ってきているにもかかわらず、それでも同じことを繰り返すのはある意味おそろしい


「黙るんだ、この手に握られているのは飾りではない」

「こたえて。だれが、しんだの」

「…いい加減にするんだ」

ぐらぐら胃のあたりが熱い。怒りがどこまでものぼっていく


「だれが、し」


がん


壁を殴る。少しでも黙らせたいから


「いまここで、死にたいのか」


ぎりぎりと絞り出すように、地を這うような音が吐き出される。

泣け、そして叫べ

どす黒い思いで相手へと憎悪を投げつける

いまさら自分の手が一人分の血で汚れるなど気にならない。

それ以上の血を、儚い思いを血で濡らしてきたのだから。

王族の血など臭いものなど気にならない


「だめ。まだしねない」


かっとなる

力のまま剣を横に凪ぐ


けれどそこに手ごたえはない

「「「「?!」」」」


全員が驚く。自分の刃が女一人の首を空振りするなど。

ありえない現象に目を見開けば、それをした相手は何の表情も見せないまま


いつの間にか自分たちと相対する形で立っていた


「こたえて」


無表情のまま


まるで、生を感じさせないまま。


「だれを、ころしたのか」


滴る赤は人間の血だ





「すべてをおわらせてしまいたいのでしょう」


先程死んだ彼女の家族の血。



「何を」


「ここにいるのは、しんらいできるひとたち?」


つたない言葉



けれど仮面の奥に光る光は知性と強い意志を感じさせる。


だからなのか



「……ここにいるのは腹心の者だけだ」


勝手に口が動く。


「くびはいくつ、かおのかくにんはだれが」


「首は4つ。確認はカンジェス卿だ」


「あなたはみたの」


「ああ」


「あなたはしっているの」


「なにをだ」


「わたしたちのかおを」


「……」


「おうけはろくにんいる」


「……どういうことだ」


ぎしりと軋む空気。そんな馬鹿なと誰もが思ったはずだ。公式記録は5人しかいないはずである。


「きて」


つかつかと歩く。


「っ待て!!」


どこに行くと言いかけて、次に発せられた声に驚愕する。


「おわらせてあげる」


なにをとは聞けなかった。



長い廊下をかつん、かつんとあるく。


そこは昼でさえうす暗い、ほぼ闇に閉ざされた聖堂。天井にひとつある窓から取り入れられる日の光だけがその空間を明るくしている。王宮の奥深くにそこはあった。おそらく殆どの人間は知らないはずのその場はどこか侵すことのできない空気を持っている。


それは、確かにこの国が神聖王国と呼ばれた名残を感じさせるほどに。


「ここは?」


「だれもがしっていたばしょ」


ひんやりとした空気はよどみを感じさせない。しかし、足元にはほこりがつもり、ここを訪れる者がいないことを教えている。


(ほこり?)


ふと気付く、この場に、この先に先導する彼女以外の足跡がないことに。


ぎしりとゆがむ心臓に咄嗟に声がでなかった


「っだましたな!」


響き渡る怒声。反響するように。

凍りつく空気、一気に広がる緊張を見つめるのは仮面に隠された一対の瞳。


「ここには、ここには何もない、お前の足跡以外はなにひとつ!」


それが意味するのは、ここには誰もいないということ。


自分たちが騙されたということ。


「いいえ」


「だまれ!!」


「いいえ」


「時間稼ぎの罠などしかけるとは!!」


全員が一息に刃を抜く。そして一気に備えの構えをする。

おそらくここには残りの残党がいる。

そして自分達を一網打尽にするため隠れて狙っている。

完全に奥に行く前に気付けたのは幸いだった。これならまだ対応できるはずだ。

全員が背を合わせるように周囲を見渡す。


ある者は整然と並べられた椅子の合間を。

またある者は天井からの襲撃に備える。


「動くな!」


そして自分は王女の首に刃をあてて敵へと警告を放つ。


「動けば王女の首が飛ぶ!!」






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