第79話「サルガタナストリップ」
「に、兄ちゃん…」
「士助、少しゆっくりしすぎじゃないか?」
漆黒のコートに身を包み、静かに漂う闇、虹色庵次。刃を掴む闇は拳へと形を変え、そのままサルガタナスを暗闇の森の中へと殴り飛ばした!
「てか兄ちゃん!何でここにいるんだよ!?今は里で修行を…」
「もう全て終わった」
「早くない?」
「それより今はお前だ。悪いが今すぐ『天道示国』へ行ってもらう」
右手を空間にかざすと闇が収束し、あっという間に扉が現れた。ドアを開き士助の襟を掴む。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!まだ済んでないことがあるんだよ!」
「後ろの家族はこっちで引き取る。だから安心しろ」
「えぇ!?ま、まだ何か…」
「もう何もない。さっさと…行け!」
野球のボールを投げるが如く、勢い良く放られすぐさまドアが閉じた。入れ替わる様にサルガタナスが草むらをかき分けて現れた。どうやら、士助を逃がした事にいらだっているようだ。
「虹色士助を逃がしたが…ならば仕方ない。お前の首を頂くぞ」
「殺せたら、の話だがな」
「そんな口を聞いていられるのも今の内だっ!」
サルガタナスは後ろへ飛び、自ら森の闇に消える。すると、途端に周囲の草木が激しく揺れ出した。木の葉の擦れる音に混じって様々な声が聴こえる。奇妙な笑い声、小さな鳴き声、低いうめき声。ありとあらゆる方向から飛んでくる音がサルガタナスの位置を特定し辛くしている。しかし、庵次は動じずその場にとどまり手を垂らして、耳を澄ませる。
(馬鹿め、集中して音を聴き分けようとしているのだろうが無駄だ!さぁ、お前の首は…)
突然!音が同時に静止し、飛び出した影が庵次を背後から襲う!
(もらった!)
だが、背後からの攻撃など誰もが思いつく定石であり悪手!庵次でなくとも背後の警戒を疎かにするわけがない。素早く振り返り、影の顔面に裏拳を叩き込む!影は吹っ飛び地面を転がる。が、影の正体はサルガタナスではなく球体の下級悪魔アベアーだった!本物は庵次が殴りかかった瞬間に、正面から強襲していた!
「死ねぇ!」
右腕の刃が首元を狙って光る!しかし、この手すら庵次にとっても定石。刃が庵次に届くよりも速く顔面に肘打ちを叩き込んだ!
メキメキと骨が砕ける音が鳴り、サルガタナスは空中で勢いを殺され、重力に従い落ちる。更に首裏の包帯を掴み、再び顔面に膝蹴りを打ち込む!
だが、庵次の攻撃はまだ終わらない!今度は前の包帯を掴み、両頬に拳を往復させる。最後に、手を離し、よろけたところに力強い蹴りを放つ!一直線に吹っ飛び木で背中を打つ。士助が手こずった上級精霊の1人を傷一つ負うことなく圧倒している。この虹色庵次という男、只者ではない!
既に半殺し状態のサルガタナス、立ち上がるだけで精一杯だ。無慈悲な攻撃で包帯が剥がれ落ちている。
「そろそろ本気を出せ。今のお前は相手にしているだけ無駄だ」
「ハァ…ハァ…なんだと…!」
腹を押さえながらゆらりと立ち上がるサルガタナスの体は目を見張る光景だった!
「お前のその体。それがお前の武器なんだろう?」
庵次の指差すサルガタナスの体にはおぞましい数の文字が刻まれていた!腕に腹に胸に背中に首に。人間のどの言葉にも当てはまらない悪魔特有の文字が痛々しい。
「魔召喚…悪魔だけが使える魔物を使役する術。それが得意ならばさっさと上級の手下を呼び出せ。さっきの雑魚はもういらん」
「貴様…!」
本来なら意にも介さない挑発に乗ってしまう。冷静さを欠いたサルガタナスは全身に高速で魔力を巡らせる。
「ならばお望み通り見せてやる!死をも恐れぬ炎で貴様を焼き尽くしてくれる!」
全身の文字が紫の光を放つ。そして、サルガタナスを中心に魔法陣が足元に展開された。魔法陣も強烈な光を放ち、膨大な魔力が地を揺らす。木々が激しく木の葉を散らし、周囲から魔物の声が飛び交う。そして、魔法陣が辺り一帯を包み込む程強く光る!
その次の瞬間!サルガタナスの背後から、恐ろしい雰囲気を放つ巨大な門が地面から現れた!悪魔のレリーフが施された扉が砂煙を巻き上げながらゆっくりと開く。すると、門の中はまるで違う世界かの様に暗黒が無限に広がっていた!別次元に存在する魔物と契りを交わし、魔力と引き換えに呼び出す。これこそが魔召喚なのだ。
暗黒から熱気が吹き出し、火の粉が一定間隔で散る。徐々に間隔が狭まり、火の粉が業火へと変わる!
「さぁ!刮目せよ…獄炎を纏いし不死鳥を!来い、フェニックス!」
詠唱に呼応する様に門の中から炎に包まれたフェニックスが姿を現した!全身を燃え上がらせ、炎の中から庵次を睨む。美しくも、見るもの全てを圧倒する姿に庵次は動かず、ポケットに手を入れて立っているだけだ。
「どうだ!その目で初めて魔召喚を見た気分は?そして、俺は悪魔の中でただ1人最高ランクの魔物を呼べる!さぁ、不死鳥よ!奴を焼き払え!!」
命令と同時にフェニックスの纏う炎が小さくなる。そして、返す波の如く何倍にも燃え上がり、渦巻く業火が鋭い嘴から放たれる!煌めく炎は庵次に向けて一直線に放たれる。しかし、庵次は微動だにせずそのまま炎に包まれてしまった!それだけにとどまらず、炎は辺りの樹木を燃やし尽くした!燃え盛る炎の中、サルガタナスは勝利を確信した。
「フッ…戻れフェニック…」
門へとフェニックスを返そうとした。
その時!サルガタナスは見てしまった。深淵の中に潜む何かの2mはあるであろう真紅の眼を。その視線に戦慄し、全身に恐怖が奔った。
しかし、それも一瞬だった。次の瞬間!門には収まり切らない程の紫の巨腕がフェニックスを粉砕し、灰と化した。唖然とし、考える間も与えられず巨腕に捉えられた!
「がぁぁぁあああぁぁっっ!!!ぜっ…全身が…砕けっ…!」
今まで自分が握っていたペンの様に容易に握られ、全身の骨が砕けた。しかし、巨腕は力を弱めること一切しない!
そして…断末魔を聴きつけたかの様に業火の中から平然とした顔で庵次が姿を現した!皮膚どころか服にすら傷一つついていない!
「な、何故貴様がっ…!」
「お前が勝手に死んだと思っただけだ。死体ごとススになったと思ったか知らんが…上級精霊にもマヌケはいるらしい」
「貴」
「黙れ。耳障りだ」
庵次の合図でサルガタナスは門の中へと引きずり込まれた。閉じていく門の音に混じり悲痛な叫びが聞こえる。だが、庵次には関係ない。目の前の邪魔者を排除したにすぎないのだから。
門が陣の中へと消えると後ろの草むらからキルトが飛び出して来た。
「士!……助…?」
続けざまにキルト同じ犬の耳をした夫婦、もといキルトの両親とガブリエルが出てきた。
「え、えーと……」
戸惑っているキルト。しかし、庵次の視線はガブリエルに注がれていた。キルトの後ろでガブリエルはその場にいた誰よりも動揺していた。
「に、虹色…庵次!」
「……アークエンジェルか」
他の3人を差し置いてガブリエルの前に立ちはだかった。見下ろしながら睨みつけると、怯んだガブリエルが一歩下がる。
「な、何故…ここにいるの…?」
「別にお前達に用があるわけでも『フュー』に用があるわけでもない。今回は士助の旅を円滑に進める為に来ただけだ。加えて、そこの一家も玄龍族で引き取る」
「『フュー』……まだ、その名で呼ぶのかしら」
「あぁ。あいつは今も昔も俺の中で『フュー』として存在する。わざわざ崇める名前で呼ぶ必要はない」
話しながら最初にやった様に、空間に向けて手をかざして、闇のドアを出現させる。それを見てガブリエルが再び驚愕する。
「あなた…もうそれほどまでに…」
「お前が知ってる頃から時間が経ちすぎた。それほどまでに長い時間が経った。天界で過ごしていたお前にはわからないだろうがな」
嫌味っぽく言い残すとキルト達に事情を説明し、玄龍族でとりあえず引き取ることを渋々承諾させた。そんな中でガブリエルは黙って見ているしかできなかった。話が終わるとキルト一家が揃って目の前に立った。
「あの…お父さんとお母さんを助けてくれてありがとうございました!」
「え?あ、あぁ…気にしないで。そんなことよりこれからは一家皆で仲良く暮らすのよ」
「は、はい!!」
「私達からもお礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございました」
家族はそれだけ言うと闇の中に消えて行った。3人が入ったのを確認すると最後に庵次が闇に踏み込む。すると、消える前に一言だけ言い残した。
「お前達アークエンジェルは…今日から100年の間に天界に戻ることになる。その前に…」
「……………何?」
「できることは済ませておいた方が良い。これは提案だが、俺の予想は必ず当たる」
「どういう意味?何があるって言うの?」
「………さあな」
疑問を残したまま、庵次は闇の中へと進み、ドアも煙の様に消えた。
「彼には一体…何が見えているっていうの…」
少し早足で駆けた感じです。今回はサルガタナスが雑魚に見えますけど士助の戦ったアガリアレプトと同様の力はあります。サルガタナスが弱いのではなく庵次が強すぎると考えていただくのが1番です。




