第73話「ヴァンパイアの少女の道」
庵次の修行が開始してより2時間後、花は順調に森の中を進んでいた。道中、大きな爪を持った熊の様な魔物と遭遇したが、難なく逃げることが出来た。花の種族であるヴァンパイアは過去に悪魔と戦争していた種族。玄龍族には劣るものの、大岩にひびを入れることもできれば、軽々と木々を飛び渡る程の脚力もある。
しかし、いくらヴァンパイアといえど戦争に参加したことのない花は体力の消費が激しく、すぐにバテてしまう。なので、定期的に大木にもたれながら休憩をしていく。
「ふぅ、疲れたなぁ…」
見上げると、空を隠す大木の葉が視界を埋め尽くす。光は差し込まず、薄暗い森が花の胸中の不安を煽る。その時、ふと脳裏に士助の顔がよぎった。いつも困ったら士助を頼っていた花にとって士助は心の支えなのだ。しかし、いつまでも頼ってばかりではいけない。頭をぶんぶんと振って気持ちを切り替える。戦うと覚悟を決めたのは自分だ、今は1人で頑張らないといけない。後ろ腰に下げていた水筒を取り出し、あらかじめ汲んでいた水を流し込む。気合を入れなおして、再び進み始めた。
数時間後、休憩をはさみながらゆっくり進んでいた花。そろそろ出口だろうか、と考えているとどこか付近で魔物の悲鳴が聞こえた。かすかだが左の方だ。少し気になったので見に行くと、そこにはあの巨大爪の魔物が横たわっていた。腹部には十字の傷を負っており、その傍らに人影が見える。
「あれって…ヒロト!?」
少し服が汚れているものの、あの執事服はヒロトだ。火を焚いて魔物の肉を焼いて食べている。
(あの魔物、ヒロトがやったんやろうけど…ホンマかなぁ?普通の人間には倒せない奴やと思うけど…)
気になったが、ここで時間を費やしている暇はない。それに知りたければ修行が終わってからでも聞ける。とりあえずヒロトは後にして、先へと進んでいった。
再度、休憩を繰り返し、進むと洞窟の入り口が見えた。入り口の両脇には松明が備え付けられていて、誰かの手が加わっているのがわかる。辺りを探索してみたがここにはこの洞窟以外何もないようだ。覚悟を決めて、中へと足を踏み入れた。
中は1本道で何もない。あるとすれば、一定距離ごとに松明が明かりとしておかれてるぐらいだ。ただただ進んでいくと上へと続く階段が現れた。特に警戒もせずこの階段を進んでいくと徐々に太陽の光が差し込んできて、風も吹いてきた。外に繋がっているのがわかると、上る速度を上げていく。一段上がるごとに太陽の光も強くなり、空も雲も見えてきた。
そして、洞窟を抜けると周りが断崖絶壁の丘の上に立っていた。辺りを見下ろすと自分の進んできた逆方向に玄龍族の里が見える。これほどまでに高い場所から見える景色は正に絶景と言うにふさわしいだろう。
しかし、圧倒する景色よりも花の目を引くものが目の前にあった。神々しく佇み、威圧する様な巨体。それは正に…
「おっきな…龍…!」
花の背丈をゆうに越えるほどの胴回り、白く長い髭に、どこまで続いているかわからない長い体。初めて見る伝説の生き物を前に花は驚愕し、歓喜し、恐怖もした。大龍は目を閉じて寝ている。こっそりと足音を立てないように近づき、龍の肌に触れた。大きな鱗の表面は乾いてサラサラしている。髭も絹の様に肌触りが良い。龍の頭の上に上ると、角にも触れる。十手の様な形をした角は折れることが無いほど堅個だ。
「龍なんて見るのは初めてや…でもそれよりも、ふぁ~あ…」
目の前の龍に敵意が無いと判断した花に疲労が一気に襲いかかり、不意にあくびが出た。丁度良い絹の布団の上に寝転がり、すぐに眠りについた。
「おやすみ士助…zzz…」
その時、眠った花と入れ替わるように、大龍の瞼がゆっくりと開いた。




