第57話「北の国の問題」
翌日の朝。ドスン!と大きな音でハッと目覚める。急いで駆けつけるとそこにはキルトが地面に倒れ伏していた。
「オイ!大丈夫か!」
「いや、さ…」
頭上にあるハンモックを指差して説明した。
「寝返り打って落ちたんだ…まあ、いつものことなんだけどさ」
「えぇ…」
朝食も済ませ、キルトは作業に取り掛かった。士助はその隣で頬杖をつきながら見学する。作業を見てると昨日言われたことを不意に思い出す。この国で求められているのは『性能』。キルトの作るおもちゃはこの国では求められていないのだ。辺りの部品に交じって、ちらほら見えるおもちゃ。妙な情が湧いてくる。作業中に北の国についてキルトに教えてもらった。
北の国は機械工業に秀でており、他国にも評価され多くの輸出を行っている。常に黒字を保ち、不況に落ちる事も無く経済的に平和な国となっている。唯一欠点があるとすれば、工業以外の産業がまったく発達していないこと。この様な一点特化は他国にも見られる傾向で、そのため食料をほとんど輸入に頼っている。種族比率は60%が『アーフ』30%『ヒューム』残りの10%はその他の種族。ヒュームとは人間に近い種族で変わった部分とは言えば瞳の色が違っている程度だ。
国の話を聞いている間にキルトは開発、失敗を繰り返していた。頭をかきむしって失敗作を放り投げる。それを見てふと士助が思いついた。
「キルトの作ったおもちゃって売れないのか?」
「売れない…というよりは売ったことないよ。最も売れるとは思えないけど」
キルトの言っていることは正論だ。だが、ここは一宿の恩返し、の恩返しとしてある提案を出してみた。
「どうせなら一度売ってみたらどうだ?」
「売るって…取り扱ってくれる店なんてないよ」
「じゃあ露店とか」
「そんな急にやるわけにも…」
「まあまあ。ダメ元でさ。やったことないなら尚更やってみようぜ」
その後も巧みに言葉を使ってなんとかキルトを納得させた。
大通りに出て風呂敷を広げ、露店を開く。数々のおもちゃを並べて後は客が来るだけだ。たくさんの人が行き交うものの、キルトの商品は見向きもされない。そして、提案した当の士助いつの間にかどこかへ消えていた。
(自分から言っといてどこ行ったんだよ)
すると、目の前に立つ影があった。顔を上げると子供が1人立って、風呂敷の上のおもちゃに興味の視線を浴びせていた。
「あー…何か用かな?」
「これ、欲しい!」
「あぁ…5ネスト、です」
「はい!」
お金を手渡して少年は笑って走り去って行った。入れ替わるように士助がやってきた。
「どこ行ってたんだよ!」
「悪い悪い。ちょっと用事で」
話しているとまた別の子供がやって来ておもちゃを手に取り一つ売れる。さらにまた別の子供が。さらにまた別の子供が、といった具合でどんどん子供の客が増えて売れる。実はこれ、裏で士助が関与していた。
街の方に子供達が集まる広場を見つけ、そこで昨日もらったおもちゃを見せたのだ。それが意外な好評を受け、どこで手にいれれるかを教えたのだ。
そうこうしている内に最後の一つになっていた。売り出していた商品は数十個なので儲けは中々のものだ。そこへ最後の客の少年が来た。が、どうやら迷っているようだ。どうしたの?と尋ねてみると
「欲しいけどお金持ってない…」
ということらしい。すると、士助がキルトに代金を払って最後の一つを少年に渡した。
「いいの?」
「さっきの広場にいたよな?みんな持ってて1人だけ持ってないのは嫌だろ?」
「うん。でも…」
「気にすんな。ま、それでも気にするなら、いつかこの姉ちゃんに恩返ししてやってくれよ」
「…うん!ありがとうお兄ちゃんお姉ちゃん!」
少年は喜んで走って行った。商品が売り切れたので一度キルトの工房に戻ることにした。
帰って今日の結果を確認する。金額を見ると少ないが、完売したのはキルトにとって大きな戦果だったと言える。当の本人も大満足だ。
「本当に売れるなんて思っても無かったよ。ありがとう!えっと…旅の人?」
「礼を言われる義理なんて無いけどな」
「背中を押してくれなきゃこうならなかったよ。ところで、最後に言ってた広場にいた子って…」
「いやー!まあ、売れて良かったね!うんうん!」
裏でやってたことは知られない様になんとか誤魔化した。誤魔化しきれたかはわからないが。
「あ、それじゃあ今からご飯食べに行こう!あたしの奢りでいいよ」
「いや…」
悪いよ、と言いかけたところで止まった。初めて自分で稼いだ金だ。ここはかっこをつけさせてやろうとご馳走になることに。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「うん!よし、行こう」
出かける準備をして外食をすることに。お金をポケットに詰めて大通りに出た。
大通りは工房だけではなく数多くの料理店も並んでいる。これは工房に勤める者たちがよく利用するので昼の時間はどこも満席となっている。今の時刻は大体四時といったところだ。客も減ってちょうど良い頃になっているだろう。鼻歌を歌いながらスキップをするキルト。後ろからついて行く士助。そこで、異様な物体が目に入る。
巨大な黄金のボディ。散りばめられたたくさんの宝石。ロボットの操縦席に座る影が一つ。細身の男が堂々と大通りの中央を歩いている。キルトに服の裾を引っ張られ道の端に寄せられる。
「何だアレ?」
「上に乗ってる奴見えるよね?アイツ『ゴードン』って言うヒュームで最近この街に来た奴なんだ」
キルト曰く、ゴードンは来て間も無く、街の重役についた。しかし、彼は親のコネで就任しただけのただの一般人だった。政治関係は他に任せ、自分は街に出て理不尽な税の徴収をする。あのロボットで脅迫し、やりたい放題というわけだ。街の者たちも困っているが重役であり、数々の横暴を目にしているためどうにも出来ないのだ。黄金ロボの名は『ゴードンMk2』。この作成にも国の金を使われている。いつも大通りの中央を堂々と歩く。
「アイツは本当に嫌な奴なんだ。証拠に…ほら、今アイツの近く歩いてる旅人が見える?」
ゴードンの近くを3人の旅人が歩いている。その内のガタイのいい男が巨体にぶつかる。
「いてっ!す、すまな…」
「貴様!私の黄金ロボ『ゴードンMk2』に触れるとは何事だ!さあ、殺されたくなければ5万ネスト払え。そうすれば命は見逃す」
「はあ!?そんな大金持って…」
「ならば死ぬだけだ!」
この時、士助の心中から燃えたぎる様な怒りがこみ上げて来た。誰が見ても明らかな外道。そんな士助に小声でキルトが耳打ちする。
(アイツ、ああやって何人も怪我させてるんだ。それでも許されるのはアイツの親が…)
それから先は聞くことは無く巨体に歩み寄って行った。それを慌ててキルトが追いかける。
「わわっ!駄目だよ!」
ゆっくり近づいて背後に立つ。さっきまでもめていたゴードンが気づく。旅人も焦りながらこっちを見る。
「なんだ貴様ぁ?こいつの肩を持つつもりか?」
「いや、こんな汚いロボット乗ってる奴の顔が知りたくて近寄っただけさ」
「何ぃ!私を馬鹿にするとは…死刑だ!死ね!」
当然、怒り狂い黄金の拳が降り注ぐ。右手を前に出す。拳は掌を打ち衝撃は士助を通り地面に亀裂を走らせる。周囲の人々もキルトもゴードンも驚愕している。士助はさっきの旅人に『今の内に行け』と目で合図する。それを黙認して旅人達は去った。
「な…な…」
「あの攻撃を…素手で…!」
今度は士助が拳を後ろに引き、勢いよく突き出す。黄金の装甲を貫き電気が漏れ出す。核の場所を見抜き、核を掴み引きずり出す。バチバチと音を立てて千切れたケーブルが脈打つ。右手に力を加え粉々に砕くと同時に『ゴードンMk2』が機能を停止し、内部爆発を起こした。士助も予想しなかった爆風にフードがはがれ、素顔を見られた。ゴードンに見られ急いでかぶり直すが手遅れだった。
「き、貴様!確か指名手配犯の虹色なんとか!だ、誰か騎士団を呼べ!犯罪者が入国しているぞ!」
「指名…手配、犯…?」
「余計なことを…」
通報するまでもなく爆風に駆けつけた騎士団に囲まれた。剣と盾を構え、甲冑を身につけた騎士。ここで暴れれば。さらに大きな騒ぎを引き起こす訳には行かなかった。
「さっさとあの2人を殺せ!私が殺される前に速く!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!あたしは…」
「黙れ共犯者!貴様が手引きして虹色なんとかを入国させたんだろ!」
「違うよ!話を…」
「ああなったらもう何言っても無駄だ。話なんて、聞いてくれないさっ!」
キルトを脇に抱えて騎士に突進する。一瞬怯んだところをすかさず蹴飛ばし。入り組んだ街路の方へと逃げ込んだ。
「逃げたぞ!追って殺せ!」
地団駄を踏むゴードンの命に従って騎士も街へと入って行った。




