第56話「北の国」
グレイトヴォルケイノを下山して三日後。ようやく北の国についた。国入口では騎士が入国受付をしている。受付に入国許可証を見せて印を押された。どうやら庵次の作った偽物の許可証は出来が良く怪しまれることも無く入国出来た。入るとすぐそこには賑わった大通りが広がっていた。路上では市が、大通りを挟んで色々な工房が建っていた。士助も以前情報収集で来たことはあるがやはり見慣れない光景に興奮は隠せない。物珍しく顔を左右に往復していると、突如工房から放り投げられた『何か』に吹っ飛ばされた。
「ぐはぁ!」
体を起こしてみると犬の耳を生やした『アーフ』の少女だった。今度は工房から白い髭を蓄えた大男が出てきた。
「今日限りで解雇だ!さっさと出て行け!」
見る限り少女は気絶している。何だか疲れて倒れた感じだ。もう何が何やらわからない士助は火山に続き困惑していた。
「そこのアンタ!そいつの工房はここから大通りに沿ってけばある。小さい工房だからすぐわかる」
「は?え、いやあの…」
「いいから行け!表札には『キルト』と書いてある!」
よくわからないのでもうおとなしく従うことにした。
指示された通り大通りに沿って行くと小さな工房があった。表札は確かに『キルト』とある。ドアを開けると地面が見えないくらいに機械の部品が散らばっていた。ろくな寝場所は吊り下げてあるハンモック。どうしようもないので地面を開けて布を敷き、その上に寝かせた。
その間、工房とやらを見学させてもらった。それほど広く無く25畳くらいだ。しかし、寝室も無ければ居間も無い。おまけに風呂も無いしキッチンも無い。あるとすれば作業に使う机に吊り下げられたハンモック、調理場はそこらにカセットコンロが放られていた。
なんて、場所だ。それだけこの国では機械工業が重要視されているんだろう。見学を済ませて戻ると、ちょうど目を覚ましたところだった。
「大丈夫か?」
近くに腰掛けて話しかける。頭を押さえて軍手越しに目を擦る。
「あれ…誰?」
当たり前か。とりあえず事情を話すことにした。
「そっか。結局追い出されて…あ、あたし『キルト』って言うんだ。君の名前は?」
「君って…まあ、名乗るほどのもんじゃないよ」
「?」
「それより、お前は随分と研究熱心な様だな。こんなに機械ばっかり」
「あぁ、これは…」
正体が知られるのを避けるために上手くはぐらかせたみたいだ。少女は部品を手に取って見つめた。
「この国はさ、機械工業が発達してて言い換えれば技術が無い者は生きて行けないんだ。それで上手くなろうとしてるんだけど…今日みたいなのがずっと続いてるんだ」
「………」
「これ」
ポイっと投げられた物をキャッチする。士助にはよくわからないがどうやら、ゼンマイ式のおもちゃの様だ。
「あたし、そんなのしか作れないんだ」
「ふ〜ん…よくわかんないけどこれは売れないのか?」
「この国の人達が求めてるのは『性能』なんだ。だから、あたしのは…」
落ち込んだ表情で座ったままになってしまった。どこか世話好きな士助は気を回して隣に座った。
「キルトさんよ。これ、どうやって遊ぶんだ?」
「え?名前…えっと、これは後ろのゼンマイをさ…」
ゼンマイを巻いて地面で放すと透けて障害物を通り抜けて進んで行った。
「おお!何コレすげえ!」
「特殊な技術を使ってるんだ。本体の映像を写して本体は消えるっていう技術でさ」
「すげえ!すげえ!おぉ〜」
隣で子供の様に目を輝かせて興奮する士助を見て少しキルトは照れた。明らかに士助の方が年齢は上だが。
「そんなに面白い?」
「いやー。俺の住んでたとこじゃ機械とか科学とか無縁だったからさぁ」
「じゃあ、これあげるよ」
「何!本当か!」
拾い上げて士助の両手に乗せた。士助は童心に返った様でまだ興奮が冷めない。
「これどうなってんの?」
「これはさ…」
その後、夜になるまでキルトに色々なことを教えてもらった。不思議な技術ばかりだがどれも実用性の無い物ばかりらしい。
「もう夜になっちゃった。そろそろ寝ようかな」
「え。風呂は?晩飯は?」
「いや…お風呂に入るお金も、ご飯を買うお金も無くて。だから、この数日間何も食べてないんだ」
確かにどこか痩せている気もする。目の前にいるのは女の子だ。これはいけないと思った士助は、とりあえず一日だけでも満足させてあげることにした。
「よし。だったら風呂入りに行こう!この近くにあったよな」
「でもお金が…」
「俺が出すから行くぞ!」
背中を押して近くの銭湯に向かった。キルトにお金を渡して士助はどこかへ去った。
久々の湯船をじっくり堪能して銭湯を出る。外では士助が待っていた。
「もういいのか?」
「うん。さっぱりした」
「じゃあ今度はディナーだ!」
また背中を押して今度は工房に戻った。
すると、作業用の机の上にたくさんの料理が用意されていた。どれも目移りするものばかりだ。
「すごい!これ作ったの?」
「まあな。伊達に1人暮らししてないからな」
椅子に座って食事を始めた。よほど腹が減っていたのか10分もしないうちにたいらげてしまった。
「こんな豪勢な晩御飯初めてだよ!ありがとう」
「まあ、昼間のお礼だな。ギブアンドテイクってやつ」
「これじゃまた恩返ししないといけないよ」
「気にしなくていいんだけどな」
「宿決まってないんだよね?じゃあここに泊まっていいよ」
「泊まっていいって…キルトさんお幾つですか?」
「1414歳だよ(人間年齢14歳)」
俺の二歳下か…。いくら何でもそんな年齢の子と一緒に寝泊まりなんて相手は良くても俺は良くない。
「それはちょっと…」
やはり気が引ける。ありがたい話だがここは遠慮させてもらおう。しかし、どうしても礼を返したい。
「じゃあ、君が寝たら寝るよ」
そう言って作業に取り組んだ。時刻はとっくに夜深くに入りかけている。手元にライトを寄せて作業を始めた。このまま起こしているのもかわいそうなので、士助はすぐに就寝した。
長いな…




