昭和の片隅で。
夕焼けの赤さだけが、あの日の気配を覚えている。
昭和五十年頃のことだったと思う。
空き地には、まだ土管がいくつか転がっていた。錆びた鉄の匂いと、乾いた土の匂いが混じり合う場所。
夕方になると、空が妙に赤く染まった。泥だらけの子どもたちが、土管の中を潜ったり、上に登ったりして遊んでいた。
笑い声が飛び交い、誰かが転んで膝を擦りむいても、すぐにまた走り出す。空気は乾いていて、夏の残り香が微かに漂っていた。
日が暮れる頃になると、一人、また一人と母親がやって来る。
「よっちゃん、ごはんよー」
「みーちゃん、もう遅いよ」
名前を呼ばれ、子どもたちは名残惜しそうに手を振り、それぞれの家へと消えていく。
空き地は次第に静まり返り、土管だけが黒い影になって残る。俺を迎えに来る者は、誰もいなかった。
最初はただ、少し遅れただけだと思っていた。母親の声が聞こえるはずだった。でも、いつまで待っても、名前は呼ばれない。
他の子どもたちが帰った後の空き地で、俺は一人で土管の陰に座っていた。風が通り抜ける音だけが聞こえる。
とうの昔に、自分の年齢も名前も忘れてしまった。ただ、ここで誰かを待っているという記憶だけが、小さく、しかし確かに残っている。
だから忘れられないように、時折、遊んでいる子どもたちに怪我をさせる。
転ばせたり、土管の縁で膝を擦りむかせたり。血の匂いがすると、この場所に少しだけ注目が集まる。それだけでよかった。
だが、いつしか空き地で遊ぶ子どももいなくなった。草が伸び、土管はひび割れ、やがてゲートボールを楽しむ年寄りたちの声が響くようになった。
白いボールが転がり、木の棒が乾いた音を立てる。俺は、誰かを待っていたのではないと、その頃ようやく気づいた。
ただ、ここから身動きが取れないだけだったのだ。それからさらに年月が過ぎ、地上げが進んだ。空き地は更地にされ、土管が重機でどかされた。
その下から、俺は見つかった。骨と、朽ちた布切れと、泥に染まった何か。
誰だったのか、何者だったのか、もう誰も覚えていない。
名前もないまま、俺は霊園の無縁墓に、似たような奴らと一緒に埋められた。
今も、あの赤い空の下で、誰かが名前を呼ぶのを待っているような気がする。
でも、もう誰も、ここには来ない。
読んで頂き有り難う御座います。




