プロローグ 水の流れない水路
遠い昔のことを思い出そうとすると、最初に浮かぶのは顔ではなく、たいてい匂いだった。
雨の降らない季節に熱された石の匂い、掘り返したばかりの土から立ち昇る湿り気、皮袋の内側でぬるくなった水、煮詰めすぎた豆のスープ、家畜の糞、乾いた藁、汗を吸い込んだ毛織物、それから、山の向こうで雷が鳴っているにもかかわらず一滴も落ちてこない空が帯びる、鼻の奥をわずかに刺す金属のような匂い。
名前は、もっと後からついてくる。
誰がそこに立っていたのか、何を話したのか、どんな服を着ていたのか、そういうものは長い時間の底へ沈み、必要になったときに拾い上げようとしても、指の間から細かな砂のようにこぼれてしまう。千年以上生きていると、記憶が増えると思われがちだけれど、実際には忘れたものの方が増えていく。忘れたという事実さえ忘れてしまえば、本人にとっては何も失っていないのと同じなので、案外不便はない。長命な種族が博識に見えるのは、覚えていることが多いからではなく、知らないことを知っているような顔で話す時間が十分にあったからだと、私は思っている。
あの村の名も、長い間忘れていた。
現在ではサルナ西区と呼ばれている一帯に、かつてラウという小さな村があった。今のような舗装路も、四階建ての集合住宅も、運河を渡る鉄橋もなく、土壁と葦屋根で造られた家が三十軒ほど、痩せた畑の周りに身を寄せるように並んでいた。西側には低い山が連なり、その向こうには一年を通して水の絶えない湖があったものの、村との間には硬い岩盤が横たわり、雨の少ない季節になると井戸の底が見え、畑では穂が実る前に枯れ、家畜には泥を布で濾した水を飲ませていた。
私がそこへ立ち寄ったのは、今から千年と少し前、正確な年を挙げるなら旧セルトラ暦の末期ということになるらしい。後世の歴史家たちは、帝国の衰退、地方領主の台頭、交易路の分断、農民反乱の拡大といった勇ましい言葉を並べ、その時代を「大いなる転換期」と呼んでいる。そこで暮らしていた者たちにとっては、税を取りに来る兵士の旗印が変わり、昨日まで皇帝の名で麦を徴収していた役人が、今日からは領主の名で同じ量を持っていくようになっただけだった。歴史が転換するとき、転換したことを最も遅く知るのは、いつも歴史を実際に支えている側だ。
当時の私は二百歳を少し越えたばかりで、エルフとしては若く、魔導士としてはすでにかなり優秀だった。自分でそう言うと傲慢に聞こえるかもしれないけれど、山の尾根を削り、軍勢を霧の中へ閉じ込め、城壁を一晩で蔦に覆わせる程度の術は使えたので、控えめに表現する方が事実に反する。若い頃の私は、難しい魔法を使える者ほど世界の仕組みを理解していると思っていた。力の大きさと知恵の深さは、少なくとも同じ方向へ伸びているはずだと信じていたらしい。長く生きる利点の一つは、過去の自分がどれほど思い上がっていたかを、他人の失敗を見るような気楽さで眺められることにある。
ラウへ入った日の午後、私は村の外れで、一本の溝を掘っている青年を見つけた。
水路と呼ぶには浅く、畑の畝と呼ぶには長く、山へ向かって真っ直ぐ伸びたその溝は、ところどころで岩に遮られ、乾いた土の上に途切れ途切れの傷をつけていた。青年は上半身に薄い布を巻いただけの姿で、鉄の先端をつけた長い棒を岩の隙間へ差し込み、全身の重さをかけて石を起こそうとしていた。腕も肩も日に焼け、掌には何度も破れた皮膚が厚く重なり、背中には古い傷が斜めに走っていた。足元に置かれた水差しは空で、棒を握るたび、乾いた血の跡が新しく開いていた。
私はしばらく木陰から眺めた後、声をかけた。
「それ、水路のつもり?」
青年は振り向き、私の耳を見て、杖を見て、旅装の裾に刺繍された古い術式を見てから、少し警戒するように眉を寄せた。
「見て分からないのか」
「分からないから聞いたんだよ。水路なら、普通は水が流れているから」
「完成すれば流れる」
「ずいぶん先の話をしているね」
青年は返事をせず、棒を岩へ差し直した。若者が年長者を無視するのは、どの時代にもある習慣らしい。私の姿は二十歳ほどにしか見えなかったので、彼にとっては年長者ですらなかったのだろう。
「山向こうの湖から引くの?」
「そうだ」
「ここまで何里あると思っているの」
「七里と少し」
「岩盤の厚さは調べた?」
「二つ目の尾根までは」
「その先は?」
「まだ掘っていない」
「つまり知らないんだ」
「掘れば分かる」
なかなか乱暴な調査方法だった。未知の土地を理解するには歩けばよい、未知の岩盤を理解するには掘ればよいという考え方は、学術的ではないものの、歴史上かなり多くの事業が同じ理屈で始められている。
「一人で?」
「今はな」
「完成まで何年かかるの」
「三十年。岩が悪ければ四十年」
私は彼の顔を見た。二十代の終わりか、三十代の初めに見えた。日焼けと疲労は年齢を分かりにくくする。
「君、完成する頃には老人だよ」
「知っている」
「途中で死ぬかもしれない」
「それも知っている」
「知っていて始めたの?」
青年は、今度こそ心底うるさそうな顔をした。
「魔導士は、知っていることを何度も確認しないと話ができないのか」
「優秀な魔導士ほど確認をするよ。失敗したときに、助手の聞き間違いだったことにできるから」
「助手はいないように見える」
「それで困っている」
青年は鼻を鳴らし、岩を再び押した。石は動かなかった。
私は杖の先で地面を軽く叩いた。地中の律が細い波となって広がり、岩盤の形、土の層、水脈の位置、埋もれた獣の骨、古い根の網が、薄い光の線となって意識の中へ浮かび上がった。青年の掘っている方向は、意外にも間違っていなかった。二つ目の尾根から先には石灰質の層が続き、途中に大きな空洞があり、その下には古い地下水脈が眠っていた。湖まで完全につなげなくても、空洞へ達すれば相当量の水が得られる。問題は、青年の使っている鉄棒では、そこへ着く前に彼の骨の方が先に削れることだった。
「方向は合っているよ」
「そうか」
「驚かないんだ」
「三年かけて測った」
「魔法なら半刻で済む」
「便利だな」
「うん。とても便利。費用を払えるなら」
彼は初めて手を止めた。
「いくらだ」
「この村で収穫できる麦を、十年分くらい」
「帰ってくれ」
「正しい判断だね」
律術師が高額な報酬を求めるのは、必ずしも欲深いからではない。高度な術には長い教育、高価な触媒、精密な道具が必要で、術者が失敗した場合には周囲へ甚大な被害が及ぶため、その危険も価格へ含まれる。もっとも、私の場合は触媒をほとんど使わず、失敗する可能性も低かったので、十年分の麦という金額に合理的な根拠はなかった。見知らぬ村の土木工事を無償で引き受けると、似たような依頼が際限なく集まる。大魔導士にとって最も重要な技術は、炎の海を作る術でも、死霊の軍勢を退ける結界でもなく、面倒な頼みを相手に恨まれず断るための価格設定だった。
「山を割ることはできるよ」と私は言った。「狭い部分だけなら、たぶん一日で終わる」
青年は疑うように私を見た。
「十年分の麦か」
「それは調査料。山を割るなら二十年分」
「村ごと売っても足りない」
「領主に頼めば?」
「三年前に頼んだ」
「何て?」
「水が欲しければ税を増やせ、と」
「筋は通っているね。水路を作る費用は必要だから」
「増えた税で兵舎を建てた」
「訂正する。筋は通っていない」
私は青年のそばへ歩き、動かなかった岩へ手を触れた。表面は陽に焼かれて熱く、内側には夜の冷たさが残っていた。
「この石だけなら、安くしてあげる」
「いくらだ」
「名前を教えて」
「それだけか」
「名前を知らない相手を助けると、後で伝記を書く者が困るからね」
「お前の伝記に俺が出るのか」
「出ないと思う。私は伝記を書かせるほど立派な死に方をする予定がないから」
青年は少し迷い、それからエアンと名乗った。
私は岩へ指先を当て、内側を走る亀裂へごく細い振動を送り込んだ。大きな音はしなかった。表面に白い筋が一本走り、続いて岩が焼きたてのパンを割るように四つへ分かれた。エアンは口を開けたまま、足元へ転がった石片と私の顔を交互に見た。
「こんなものかな」
「今のを、ずっと先まで続けられないのか」
「できるよ」
「なら――」
「二十年分の麦」
彼は黙った。
「魔法で何でも解決できると思わない方がいい」と私は続けた。「山を割るだけなら簡単でも、斜面が崩れないように支え、水の勢いを調整し、土砂を取り除き、毎年ひびを直す仕事は残る。私が今日ここを通ったからといって、百年後もここにいるとは限らない。強い術ほど、一度きりの問題を片づけるのには向いているけれど、暮らしを毎日支えるのはあまり得意じゃない」
「百年後も生きているんだろう」
「おそらく」
「なら、来ればいい」
「気軽に言うね。百年後には君の名前も忘れているかもしれない」
「水路を見れば思い出す」
「完成していればね」
エアンは割れた石を一つ持ち上げ、溝の脇へ運んだ。魔法で砕いた後も、石は誰かが退けなければならない。当たり前のことなのに、若い私はその光景を妙に長く眺めていた。
その日の夕方、村では井戸の水が尽きた。
水汲みを担当していた者たちは、谷の奥に残る泉まで往復した。片道は一刻以上かかり、帰りは水を満たした壺を背負う。幼い子どもを連れた女、腰の曲がった老人、足を引きずる少年が、日が落ちても細い道を行き来していた。畑で働いていた者は土を払い、家畜を囲いへ戻し、乾燥させた豆とわずかな麦を煮た。別の者は壊れた屋根を直し、別の者は熱を出した子どもの額へ布を置き、まだ明るいうちから眠り込んだ者の代わりに翌日の道具を整えていた。
誰も、自分が今から仕事を始めるとは言わなかった。
畑を耕すことも、水を運ぶことも、食事を作ることも、子どもを見ることも、老いた家族の身体を拭くことも、屋根の穴を塞ぐことも、暮らしの中に散らばっていて、始業の鐘も終業の鐘もなかった。必要なことが残っていれば誰かが行い、すべてが終わる前に夜が来れば、残りは翌日へ送られた。賃金を受け取る者はいなかった。働いた時間を記録する帳簿もなかった。それでも、誰か一人が手を止めれば、別の誰かの一日が長くなった。
村の夕食に招かれた私は、薄い豆のスープを飲みながら、エアンに尋ねた。
「水路を作ろうと言い出したのは君?」
「ああ」
「村の仕事なら、みんなで掘ればいいのに」
「最初は掘った」
「やめたんだ」
「三年目でな」
「賢明だと思うよ。三年掘って水が出なければ、普通は別の方法を考える」
「井戸を深くした。二本枯れた」
「雨乞いは?」
「祭司を呼んだ」
「降った?」
「祭司が帰った翌日に少し」
「では、祭司の勝ちだね。祈りは結果が出る時期を決めなくていいから、便利なんだ」
同じ鍋を囲んでいた老人が笑い、灯火教の印を首から下げた女は露骨に顔をしかめた。私は信仰を否定するつもりはない。術式も祈りも、見えないものへ言葉を投げかける点ではそれほど違わない。ただ、術式を失敗すれば術者が責任を問われるのに、祈りが届かなかった場合は祈る側の信心が足りなかったことにされる仕組みについては、なかなか完成度が高いと思っている。
「最初の年は十二人いた」とエアンは話した。「畑仕事の合間に掘っていた。二年目に半分になり、三年目には俺を入れて三人、去年から一人だ」
「嫌われているの?」
「そうかもしれない」
「気づいていなかったんだ」
「お前も嫌われるだろう」
「よく言われる」
食事が終わった後、私は村の長から、水路を完成させる魔法を本当に使えないのかと尋ねられた。使えないとは答えなかった。使えるけれど、引き受けないと答えた。
「子どもたちが水を運ばなくて済むようになる」と村長は言った。
「そうだね」
「畑が枯れなくなる」
「たぶん」
「それでも、やらないのか」
「私が通りかかるたび、困っている村を一つずつ救っていたら、千年あっても足りないから」
村長は失望した顔を見せた。
あの頃の私は、その反応を理不尽だと思った。自分たちの問題を、偶然訪れた旅人が解決しないことに腹を立てるのは筋違いで、私には私の旅があり、学ぶべき魔法があり、探している古代の書物があり、誰かの生活を支えるために生まれたわけではない。今でも、その考えが間違っていたとは思わない。できる者が、できるという理由だけで何もかも引き受ければ、力を持つことは義務という名の鎖に変わる。
それでも、村を離れた後も、空の水差しと、泉へ向かう者たちの背中がしばらく頭に残った。
私は翌朝、エアンに別れを告げた。
「どこへ行く」
「北。古い術書があるらしいから」
「いつ戻る」
「戻るとは言っていないよ」
「百年後に水路を見るんだろう」
「君が完成させたらね」
「完成する」
「その自信は、どこから来るの」
「毎日掘れば、いつか着く」
「毎日掘る前提なんだ」
「掘らない日は進まない」
当たり前すぎて、答えになっていないように聞こえた。
「どうして、そこまでするの」
エアンは少し考えた。
「水がいる」
「それは村に必要な理由だよ。君がする理由じゃない」
「同じだ」
「同じではないでしょう。村には何十人もいる。途中で死ぬかもしれない仕事を、君一人が続ける必要はない」
「俺が始めた」
「始めた者が終わらせる決まりでもあるの?」
「ない」
「完成した頃には、君は水を運ぶ歳でもないかもしれない」
「それなら、運ばずに済む」
「死んでいたら?」
彼は山の方を見た。朝日が尾根の後ろから昇り、まだ水のない溝の底を細く照らしていた。
「今年生まれた子が、俺くらいの歳になったとき、井戸の底を見なくて済むなら、それでいい」
その言葉を、私は理解できなかった。
理解できなかったから、覚えていたのだと思う。
短い生を持つ者が、自分では受け取れない結果のために時間を使うことは、私にはひどく奇妙に見えた。エルフも森を育てる。百年後に大きくなる木を植え、三百年後に変わる川の流れを予測し、まだ生まれていない子のために薬草の区画を整える。私たちの場合、百年後の木陰へ自分が座る可能性がある。三百年後の川を見ることもできる。未来のためにする仕事は、自分の遠い暮らしのためにする仕事でもあった。
エアンには、その未来がなかった。
彼の身体はすでに日々削られ、あと何十年生きられるかも分からず、完成した水路のそばで老後を過ごせる保証もない。名誉を得られる事業でもなかった。領主は費用を出さず、祭司は祝福を与えず、村の者たちの多くは完成を信じていなかった。彼が手にするのは、破れた掌、痛む腰、石を動かすたびに減っていく一日だけだった。
「変わっているね、君は」
私がそう言うと、エアンは笑った。
「お前に言われたくない」
「私はかなり普通のエルフだよ」
「山を割れる旅人が普通なら、森には近づかない方がよさそうだ」
「正しい。森の者は面倒だから」
「お前も森の者だろう」
「だから分かるんだよ」
私はラウを離れた。
北へ向かい、古い術書を見つけ、その内容がすでに知っている術の不完全な写しだったことに落胆し、灰冠山脈で三年を過ごし、岩人の坑道都市で地下の炎を鎮め、東の海を渡り、名を忘れた王の宮廷に仕え、その王が自分を不死にする魔法を求めたので半年で辞めた。あちこちを巡り、戦争を二つ見て、国が三つ滅び、新しい暦が使われ始めた。
私にとっては、少し長い旅だった。
再びラウの近くを通ったとき、最初の訪問から四十二年が経っていた。
村は以前より大きくなっていた。家は五十軒ほどに増え、井戸の周りには石が積まれ、小さな礼拝堂が建ち、領主の紋章を掲げた穀物庫があった。私は水路のことをすぐには思い出さなかった。村の外れに不自然な溝を見つけ、そこを歩いているうちに、乾いた土の匂いと割れた岩の形が、忘れていた名前を連れてきた。
水路は山の麓まで伸びていた。
幅は以前の三倍になり、側面には崩落を防ぐ石が積まれ、雨水が溜まった部分には苔が生えていた。水はまだ流れていなかった。それでも、四十二年前の細い傷とは比べものにならないほど、確かな形を持っていた。
エアンは、溝の中で石を削っていた。
髪は白くなり、背は曲がり、右脚を引きずっていた。私を見ると、彼はしばらく黙り、それから眉を寄せた。
「誰だ」
「ひどいね。名前を教えれば石を割ってあげたのに」
彼は目を細め、杖と耳を見た。
「遅かったな」
「戻る約束はしていないよ」
「四十二年だ」
「よく数えていたね」
「こっちは短いからな」
その言い方に、私は少しだけ申し訳なさを覚えた。
「完成しなかったんだ」
「見れば分かる」
「ずいぶん進んだ」
「見れば分かる」
「年を取ったね」
「それも見れば分かる」
「会話が楽で助かるよ」
水路を掘る者は、もう彼一人ではなかった。
若者が七人、石を運び、壁面を固め、掘り出した土を荷車へ積んでいた。エアンの息子が二人、姪が一人、村の者が四人いるという。最初の三年間に参加していた者の子どももいた。
「諦めたんじゃなかったの」
「俺が死ぬ前に、やり方を教えておこうと思ったらしい」
「君が死ぬのを待っていたの?」
「たぶんな」
「ずいぶん気の長い村だね」
工事は以前より計画的になっていた。エアンは勾配を測る器具を作り、雨の季節に水を流して高さを確認し、崩れやすい場所には木枠を組んでいた。文字を十分に書けない彼は、岩の種類、掘った距離、必要な人数を、記号と絵で板へ残していた。
「調査に三年かけたと言っていたね」
「ああ」
「魔法なら半刻で済む」
「まだ言っているのか」
「便利さを理解してもらおうと思って」
「二十年分の麦はない」
「物価が変わったから、今なら三十五年分かな」
「帰れ」
「懐かしいね、そのやり取り」
私は山を調べ直した。エアンたちは地下の空洞まで、残り半里ほどの場所へ来ていた。進路をわずかに北へ変えれば、三年以内に水脈へ届く。
「このまま進むと、大きな岩に当たるよ」
「越えるのに何年かかる」
「十年くらい」
「そうか」
「北へ二百歩ずらせば、柔らかい層がある」
「本当か」
「調査料は――」
「村に泊めてやる。飯も出す」
「交渉が上手くなったね」
「四十二年あればな」
その夜、私たちは水路の脇で酒を飲んだ。
エアンは咳をしていた。胸の奥で乾いた音が鳴り、時折、布へ赤いものを吐いた。治療の術を使えば進行を遅らせることはできたものの、長年吸い込んだ石粉が肺の深くまで入り込み、完全には戻せなかった。
「水路が完成するまで生きられないよ」
「知っている」
「また、それ?」
「お前は同じことを聞く」
「答えが変わっているかもしれないから」
「変わらない」
「怖くないの」
「何が」
「自分がいなくなった後も、仕事だけが残ること」
「残るならいい」
「君の名前は残らないかもしれない」
「水に名前は要らない」
「作った者には?」
「俺が覚えている」
「君が死んだら?」
「お前が覚えていればいい」
「責任が重いな」
「千年も生きるんだろう」
「長生きだからといって、他人の記憶を預かる仕事まで増やさないでほしい」
「嫌なら忘れろ」
「たぶん忘れるよ」
「それでもいい」
エアンは本当に、気にしていないようだった。
後世へ名を残したい者を、私は大勢見てきた。王は石碑を建て、将軍は戦勝を壁画へ描かせ、魔導士は自分の名を術式につけ、学者は他人の発見を少し書き換えて著書を出す。名が残ることは、短い生への抵抗なのだろうと、私は考えていた。
エアンは違った。
水が流れればよい。誰が掘ったかは重要ではない。自分の時間と身体を費やし、受け取る者の顔さえ知らないまま、成果だけを未来へ渡そうとしていた。
私はその夜、水路の北側にある岩を、半里にわたって内側から脆くした。
表面からは何も変わって見えない程度に術を抑え、鉄棒を打ち込めば、通常の半分の力で割れるようにした。すべてを一度に砕けば斜面が崩れる。作業をする者たちが少しずつ進められるよう、亀裂を細かく分けた。
翌朝、エアンは最初の岩へ棒を打ち込み、あまりに簡単に割れたので、私を見た。
「何かしたか」
「年を取って力が増したんじゃない?」
「昨日まで動かなかった」
「石にも気分があるんだよ」
「魔法か」
「証拠は?」
「お前がいる」
「状況証拠だね」
報酬を求められないよう、私はその日のうちに村を出た。
エアンが亡くなったのは、それから二年後だった。
知らせを受けたわけではない。さらに十七年が過ぎた頃、近くの都市で商人から、ラウの新しい水路が開通したという話を聞き、訪ねて知った。
水は流れていた。
山の中腹から現れた透明な流れが、石を敷いた水路を通り、村の中央に造られた貯水池へ注いでいた。子どもたちは水路の中へ足を入れて遊び、畑には緑の穂が揺れ、水汲みの壺を背負っていた者たちは、家の近くに設けられた水場で布を洗っていた。
開通を祝う祭りが行われ、領主の代理人が立派な服で演説をした。
彼は、この水路が領主の慈悲と指導によって完成したと語った。工事の最終段階で、領主が石材と技師を提供したのは事実らしい。水路の入口には領主の名を刻んだ石碑が置かれ、村の者たちは頭を下げていた。
エアンの名は、どこにもなかった。
「最初に掘った者の名は刻まないの?」
私が村長へ尋ねると、かつての村長の息子にあたる男は、困ったように笑った。
「エアンは石碑を望まなかったでしょう」
「本人に聞いたの?」
「父から、そう聞いています」
「望まなければ、忘れていいのかな」
「皆、覚えています」
「今はね」
私は少し腹を立てていた。
本人が名を残したくないと言っていたのに、忘れられることが気に入らないというのは、矛盾している。私が覚えていればいいと彼は言った。忘れてもいいとも言った。望み通りに事が進んでいるのだから、怒る理由はなかった。
それでも私は、水路の入口に小さな文字を刻んだ。
目立たない場所だった。水面近くの石の裏側に、古いエルフ語で、エアンという名前と、「最初の石を動かした者」という短い文を刻んだ。誰かに読まれることを期待したわけではない。私自身が忘れたとき、石だけでも覚えていればよいと思った。
それから何百年もの間に、ラウは町となり、周辺の村を取り込み、サルナという都市の一部になった。
水路は何度も拡張され、石組みは交換され、別の川から水を引く運河へ接続され、律術式の浄化装置が取りつけられた。元の流れがどこにあったのか、地図を見ても分からないほど形を変えた。
領主の石碑は戦争で倒され、破片は橋の土台へ再利用された。
私が刻んだ石も、いつの間にか失われていた。
エアンを知る者は、私以外にいなくなった。
現在、彼が掘り始めた水路の上には、大きな市場が建っている。地下を流れる水は、サルナ西区の共同浴場、染物工房、パン工房、集合住宅へ分配され、毎朝、何万人もの暮らしを支えている。蛇口をひねれば水が出るので、そこに水があることを不思議に思う者はほとんどいない。
水路の保守をする作業員たちは、夜明け前に地下へ入り、壁面のひびを調べ、溜まった泥を掻き出し、古い石を交換する。彼らの名も、たぶん歴史には残らない。仕事が正しく行われている限り、誰からも注目されない。水が止まり、街の者たちが困ったときだけ、なぜもっと早く直さなかったのかと責められる。
暮らしを支える仕事には、そういうものが多い。
うまくいけば、存在を忘れられる。
失敗すれば、初めて存在を知られる。
朝、パンが店頭へ並ぶまでに、畑で麦を育てる者がいて、収穫する者がいて、粉にする者がいて、運ぶ者がいて、夜中に窯へ火を入れる者がいる。街路が清潔なのは、汚れが自然に消えるからではない。子どもが文字を読めるのは、成長すれば勝手に覚えるからではない。病人が眠れるのは、薬だけが働いているからではない。誰かが見えない場所で時間を使い、その時間を別の誰かの平穏へ変えている。
多くの者は、その交換に貨幣を用いる。
働いた時間を売り、他者が働いた結果を買う。貨幣は便利だ。麦と靴を直接交換する必要をなくし、顔も知らない者同士を結びつけ、遠い土地の仕事を手元へ運ぶ。
便利なものは、見えなくすることにも長けている。
一枚の貨幣を払えば、品物の向こう側にあった時間、疲労、危険、技術、諦め、誇りは、価格という一つの数字へ畳まれる。安い品を買った者は得をしたと考える。その安さを成立させるために、どこかで誰かの時間が安く扱われていたとしても、店先からは見えない。
千年以上を生きてきた私は、王国が生まれ、帝国へ育ち、崩れ、別の旗の下で組み直される様子を見た。畑を耕す道具が木から鉄へ変わり、鉄の道具が律術機関へ変わり、百人で行っていた仕事を一台の自律機関が終わらせる時代まで来た。
仕事は減ると思っていた。
重い石を魔法で持ち上げられるなら、石を運んでいた者は休めるはずだった。織機が一日で百枚の布を作れるなら、織工の一日は短くなるはずだった。自律機関が帳簿を計算するなら、書記は早く家へ帰れるはずだった。
実際には、空いた時間へ別の仕事が入った。
より多くの石を運び、より多くの布を作り、より多くの記録を残し、昨日より豊かになったことを確かめるために、さらに忙しくなった。仕事を減らすための技術を作りながら、仕事がなくなることを恐れ、働く必要が少なくなった社会で、働けない者ほど生きにくくなる。
なかなか器用なことをする。
エアンに出会った頃の私は、仕事とは生きるために必要な作業だと思っていた。
食べるために畑を耕し、寒さを避けるために家を建て、喉を潤すために水路を掘る。それ以上でも、それ以下でもない。必要が満たされれば手を止め、残った時間を自分のために使えばよい。森では、それが普通だった。
長い旅の中で、それだけでは説明できない働き方を何度も見た。
食べるものが十分にあっても工房へ通う職人、誰からも命じられていないのに毎朝道を掃く老人、報酬を受け取らず子どもへ文字を教える者、完成を見られない建物の設計図を描く者、苦痛を感じながら職を手放せない者、職を失った途端に自分まで失ったように沈む者。
仕事は命を支える。
仕事は命を削る。
誰かと結びつけ、自分の居場所を与え、誇りを育てることがある。同じ仕組みが、役に立たない者に価値はないという残酷な考えを作ることもある。
どちらが本当なのかと問われれば、どちらも本当なのだろう。
矛盾した答えが同時に正しいとき、学者は条件を細かく分けて論文を書く。祭司は神の御心は深いと言う。政治家は検討が必要だと答える。
大魔導士はどうするのか。
私の場合は、旅に出る。
千年前、エアンは水の流れない溝の底に立ち、自分が見られない未来のために石を運んでいた。
私は彼に、どうしてそこまでするのかと尋ねた。
彼は答えた。
今年生まれた子が、自分と同じ歳になったとき、井戸の底を見なくて済むなら、それでいい。
長い間、その答えは私の中で形を持たなかった。
現在も、完全に理解したとは言えない。
自分の時間を、会ったこともない誰かへ渡すこと。
結果を受け取れなくても、始めること。
名を残せなくても、石を積むこと。
それが仕事の本質なのかもしれないと思う日もある。
そんな美しい話にまとめるのは、働かせる側にとって都合が良すぎると思う日もある。
自己犠牲を褒めれば、誰かへ無理を押しつけやすくなる。未来のためという言葉は、現在苦しんでいる者へ我慢を命じるとき、昔から好んで使われてきた。共同体のため、家族のため、国のため、神のため。大きな言葉の陰では、いつも具体的な誰かが疲れている。
エアンの仕事は尊かったのか。
村が彼の献身に頼り、病に倒れるまで掘らせたのなら、それは美しい話だけで終えてよいのか。
領主が最初から力を貸していれば、彼はもっと長く生きられたかもしれない。
私が山を割っていれば、二十年分の麦を求めず術を使っていれば、彼は肺を悪くしなかったかもしれない。
水路が完成したという結果は、途中で失われたものを正当化するのか。
答えは、まだない。
千年かけても分からないことはある。
おそらく、長く生きれば答えへ近づくという考え自体が間違っている。時間が増えれば、答えより先に問いが増える。昔なら一つの正しさで片づけられたことが、別の立場、別の時代、別の痛みから見えるようになり、簡単に言い切れなくなる。
賢くなったというより、断言する勇気を失っただけかもしれない。
それでも私は、もう一度たどってみようと思う。
最初の種をまいた者から、倉を管理した者、城壁を築いた者、奴隷として鉱山へ送られた者、工房で技術を磨いた者、工場の鐘に一日を刻まれた者、家庭の中で名もない世話を続けた者、自律機関に職を譲ろうとしている者まで、仕事がどのように生まれ、形を変え、生活と価値を結びつけてきたのかを。
これは英雄の歴史ではない。
王や将軍の名は必要なときだけ出せばいい。彼らについては、すでに多くの本が書かれている。命令した者の言葉より、命令された後に石を運んだ者の一日を見たい。
私が知りたいのは、なぜ限られた時間を差し出すのかということだ。
食べるためなのか。
誰かを守るためなのか。
自分がここにいると確かめるためなのか。
何者かになるためなのか。
明日へ何かを残すためなのか。
あるいは、働かなければ生きてよいと認められない社会を、長い時間をかけて作ってしまっただけなのか。
今朝も、サルナの地下では水が流れている。
エアンの掘った最初の溝は、もう残っていない。石も土も取り替えられ、水路の形も名前も変わった。彼を記した碑はなく、記録庫にも一行すら残されていない。
それでも水は、彼が目指した方角から街へ来る。
夜明け前のパン工房で手を洗う者がいる。眠っている子のために湯を沸かす者がいる。市場の床を洗う者がいる。病院で傷口を清める者がいる。
誰もエアンを知らない。
知らないまま、彼の仕事の続きを生きている。
私は水路の上に建つ石橋へ立ち、足元を流れる水の音を聞いた。
「ずいぶん遠くまで来たね」
返事はなかった。
当然だ。死者は、物語の中ほど都合よく答えてはくれない。
「それで、結局どうして掘ったの」
水は暗い地下を流れ続けていた。
千年前と同じ問いだけが、まだ私のところに残っている。




