第9話 事件の黒幕は
物心がついて少しした頃。
自分が器用な人間だという事を悟った。
大人達の顔色を観察し、言動そのものやそこから滲む感情を汲む。
そうしている間に人と接する為の『正解』を自ずと理解した。
人は、欠点がある方が好まれやすい。
きっと安心するからなのだろう、と自分なりの結論を見出した。
欠点のある人間に共感し、親近感を覚え、自分より下だとレッテルを貼った相手に対しては悦に浸る。
そうして油断し、心を許す。
社交界で生きていくならば敵を作るよりも相手の懐に潜り込む術を極めるべきだとすぐに理解した。
だから選んだ。
人当たりは良いが、敵にはなり得ない人物像を。
これの都合がよかった点は上げきれないほどあるが、中でも特筆すべきだったのは『権力を持ち、頭が凝り固まった大人』に最も有効だったという点だろう。
財と権威を持っている者程プライドが高く、自身の存在価値を誇示したがる。
そういう人間にこそ、愚かな道化は受け入れられやすく、また接触する事で得られるものも大きい。
そのような答えに至ってからというもの、自分は常に道化を演じている。
相手に合わせて微調整した仮面をいくつも付け替え、へらへらと笑い、媚び諂う。
幼い頃からそんな事をしていたせいだろう。
やがて……最初に持っていた自分の本質――素顔を忘れてしまった。
同年代の友人達と遊んでいる時間は確かに楽しいと思う。
けれどその楽しいという感情が本物なのか、そういう仮面を付けていた方が受け入れられやすいから演じているだけなのか……その境界が曖昧になっていた。
表面ばかりを取り繕ったハリボテの末路。
そんな中……
「まぁ、嬉しいわ!」
空っぽな自分のその素顔を、その断片を
「――こんなに熱烈な言葉をくれる様な人が私の婚約者だなんて!」
……君だけが、見つけてくれたように感じたのだ。
***
「よ、っと」
そんな声と共に、私の両頬はヴィーの親指と人差し指に挟まれる。
片手で顔を挟まれ、侯爵令嬢らしからぬ間抜け面となっているであろう私を見てヴィーは意地悪そうにニヤニヤと笑っている。
「いつも俺ばっかりされてるからな、たまには……あれだ、意趣返しだ!」
ここは王立魔法学園。
生徒会長であるグザヴィエ殿下に呼び出されて生徒会室までやって来た私は、相も変わらず殿下に不敬を働いているヴィーを咎めようと彼の頬を抓ろうとしたのだが……それを軽々と躱された挙句、こうしてもみくちゃにされている、という訳だ。
「……ヴィクトル? もう手遅れかもしれないけれど……離した方が良いと思うわ」
小声で助言するのは、私と共に生徒会室を訪れていたジュリエンヌ様。
「すごく、不服そうよ」
「えぇ……? だって俺、毎回似たような事やられて――」
ジュリエンヌ様の言う通り、私は自分の顔を変形させる手を非常に煩わしく……あとは避けられたことを普通に屈辱に感じていた。
私は背伸びをすると、ヴィーの両頬に手を伸ばし、思い切り抓る。
「いひゃひゃひゃ、いひゃいいひゃい」
「……ニコレット嬢、貴女にまで奔放になられると事態の収拾が難しくなりますので」
ヴィーの悲鳴と共に彼の手から解放された私は注意を促す声の方を向く。
「申し訳ございません、アンセルム様」
「……と言いつつまだ手は離さないのですね」
気難しそうな顔立ちの、黒髪の青年。
アンセルム・ブランシャール様という。
宰相のブランシャール侯爵を父に持つ彼は、ヴィーとグザヴィエ殿下の幼馴染でもある。
ヴィーがこんなで、グザヴィエ殿下も基本はマイペース気味の穏やかな性格をしているので、三人の間で話し合いが行われる際に取りまとめるのは彼になる事が多いのだとか。
「申し訳ありません、手が勝手に」
いけしゃあしゃあと適当な事を述べつつ数秒程ヴィーの頬を強く引っ張り、気が済んでから私は彼から手を離した。
「何するんだよー」
ヴィーはぶーぶーと文句を言いながら背中から私を抱きしめた。
頭の上に顎を置かれていて少々鬱陶しくはあるけれど、話を聞く分には問題がない為放っておくことにする。
「お前は真面目な話の時くらいべたべたするのをやめたらどうだ」
「いやでーす。婚約者の特権」
「許可した覚えはないのよね……。アンセルム様、私は大丈夫ですから、どうぞ続けてください」
「……では」
ヴィーが気になるのか、アンセルム様は彼をちらちらと見ながら咳払いをした。
「ジュリエンヌ様とニコレット嬢をお呼びしたのは、先日の視察の際の襲撃事件に関するお話をする為です。お二人を巻き込んでしまった以上、お話しておくのが筋だろうという殿下の判断のもと、こちらが把握しているお話を共有させて頂きます。くれぐれも、決して他言しませぬよう」
グザヴィエ殿下が襲撃を受けた話は公になっていない。
それに加え、取り調べで得た機密が明かされるのだ。
他言すればそれだけで重罪となる。
一瞬にしてこの場の空気に緊張が走った。
アンセルム様は眼鏡を押し上げてから口を開く。
「先の襲撃の件。実行犯は雇われた一般市民……まあならず者に近い立場のものですが、そういった者達でした」
ここは想定内の話だ。
一個人に王太子の命を狙うリスクとメリットのつり合いが取れるとは思えない。
裏で必ず糸を引いている存在がいる……そう踏んでいたからこそ、問題なのはその黒幕の正体だ。
「ベクレル男爵」
淡々と、一人の名が挙げられる。
その名を、私もジュリエンヌ様も知っていた。
「実行犯に尋問を行った結果出た名です」
「……第二王子派の貴族、ですわね」
低く暗い、ジュリエンヌ様の声が生徒会室に響くのだった。




