第76話 幕間の交流①
シャルル様の姿を見て、最後に彼を見た時――彼が気を失った時の事を思い出す。
私はゆっくりとシャルル様に歩み寄った。
「……お加減は?」
「お陰様で。峠は越えたらしい。傷が開くかもしれないから、暫くは安静にとの事だが」
「そう、ですか」
顔色もあの時とは違う。
何よりこうして普通に言葉を交わせているのだし、彼との面会の許可が下りた時点で、シャルル様の言葉は正しいのだろう。
「…………よかった」
思わず漏れた声が聞こえたのだろう。
シャルル様は目を瞬かせた。
それから彼は目尻を下げて笑みを深めると私の手を取る。
「君には、感謝してもし切れないな。……この恩は必ずどこかで返す」
「そんな、大袈裟な」
掬い取った私の手を握り、頭を下げる。
けれど彼の言葉を、私は素直に受け取れなかった。
「だって、テレーズ先生は……」
大会後のテレーズ先生の状態を耳に挟んでいた私はそこで言葉を濁す。
シャルル様がその事実を知っていようがいまいが、好ましい話題ではないと思ったからだ。
けれどシャルル様は気にしなくていいというように首を横に振る。
「ああ、聞いたよ。意識が戻った後もぼんやりとしていて、まるで魂が抜けているかのようだとか」
私は言葉が見つからず、黙ってしまう。
テレーズ先生だけではない。私を狙った騎士達も、そして己の罪を自白した後のフォンタニエ伯爵も同様だった。
折角命が助かったというのに無事とは言い難い、テレーズ先生。
私も彼女とは面識があったし、何より、シャルル様にとって彼女はただの師以上の存在であるはずだ。
誰よりも先んじて動き、最善を尽くしていた彼の気持ちを思えば、胸が締め付けられた。
「そんな顔をするもんじゃないさ」
シャルル様は大袈裟に肩を竦め、私の頭を撫でた。
「生きていればどうとでもなる。あの場で君達が駆けつけてくれなければ、未来に希望を抱く事すら出来なかった訳だ。それに」
彼は私の顔を覗き込むと不敵に笑う。
その瞳には確かな自信が宿っていた。
「オレの研究課題を忘れた訳じゃないだろう?」
古代魔法を研究していたシャルル様。
彼ならばテレーズ先生達が戻る可能性だって本当に見出しているのかもしれない。
そんな私の予感を肯定するように彼は続けた。
「洗脳された者が正気に戻る可能性は高いと思っている」
「そう、なのですか?」
「ああ。というか……」
シャルル様が何かを言い掛けた、その時。
私は突如、後ろから伸びた腕に引き寄せられる。
「……っ!」
私に触れていたシャルル様の手が離れる。
彼もまた、驚いたように目を瞬かせていた。
この部屋には三人しかいない。
となれば私を抱き寄せた人物の正体など明白だった。
「ちょっと、ヴィー」
ヴィーは背中から私を抱きしめながら不貞腐れたようにむくれていた。
子供のような態度を取っている彼が『剣術バカ』に相応しい情緒を演じているのだろう事はわかるが……
「……今は別に必要ないでしょう?」
この場には私達の他にはシャルル様しかいないし、今この場で考えなしを演じる必要も、色恋に現を抜かす恋人同士を演じる必要もないはず。
そう思った私が耳元でヴィーに囁けば、彼の眉が片方、ピクリと動いた。
おまけに更に不服そうな顔になるので、私は自分が何か間違った事を言ったのかもしれないと思った。
強く抱きしめて離さないヴィーに困り果てていると、シャルル様は小さく吹き出す気配があった。
「ああ、悪い悪い。人の女性を奪う趣味はないから安心してくれ」
「……別に何も言ってないですけどぉ?」
「顔に全部書いてあるんだが?」
シャルル様は咳払いを一つする。
「まあ、続きはまたの機会でもいいか。王太子殿下との面会の予定もあるし、その時にでも」
「え、ええ」
今回の事件の功労者であり、当事者、そして古代魔法に詳しい人物……これだけの条件が揃ったシャルル様の存在の大きさにグザヴィエ殿下が気付かない訳もない。
グザヴィエ殿下は既に、シャルル様が充分に休息を得た頃に面会を取り決めているらしかった。
「今はそちらのヤキモチ妬きの恋人の相手でもしてやってくれ」
「……もう」
「だってさー! どー考えても距離近かったじゃないですかぁ!」
「どの距離感から物を言ってるんだ?」
シャルル様の口から出る全くの正論に私は心の中で同意する。
(シャルル様に長話をさせるなという意図なのかしら。確かに一理はあるからここは大人しく立ち去った方がよさそうね)
「では、シャルル様。本日はこの辺りで失礼します」
「ああ、また」
私は会釈をし、後ろに引っ付いているヴィーを引きずるように部屋を出る。
手を振るシャルル様の姿が扉の先に消えた所で私はヴィーを見上げた。
「ん?」
「ん? じゃないわよ」
視線で訴えれば察するかと思ったが、ヴィーはあざとく小首を傾げるだけ。
仕方なく私は、未だ私に絡み付く腕を軽く叩いた。
しかし今度は反対側に首を傾げ、彼は一向に私を解放しようとしない。
「ちょっと」
「っははは! 悪ぃ悪ぃ」
更に、異を唱えるようにぺちぺちと彼の腕を叩く。
そこで漸くヴィーは私から離れた。
無邪気に笑っている彼の様子を見るに、揶揄われていたのだろう。
相変わらず彼に振り回され続けている事を不服に思い、小言の一つでも言ってやろうと思っていた、その時。
「あら、ニコレット、ヴィクトル」
聞き覚えのある声がした。
私達はそちらへ向く。
「ジュリエンヌ様……」
そこに佇んでいた、金髪を揺らし、赤い瞳を丸めるジュリエンヌ様を視界に留める。
そうすれば更に、彼女の後ろに控える護衛の姿が自然と映った。
黄色の瞳と視線が交わり、私は会釈をする。
「ご機嫌よう、ニコレット様、ヴィクトルさん」
騎士らしく無駄のない一礼をして、緑色の髪の騎士――カミーユは微笑んだのだった。




