第7話 瞳の色のイヤリング
それから私達はお土産屋を見たり、小さなゲームができる屋台を回り、夕方を迎えた。
あとはこの町で期間限定で開催されている大道芸を見るだけである。
もともと、ダブルデートの大きな目的に掲げられていたサーカスの事だ。
海外からやって来る有名なサーカス団。
彼らが二週間という滞在期間の中、町一番のホールで行う大道芸。
この大道芸の噂は王都でもよく耳にしていた。
これまで一般人に扮してきた私達だったが、流石に一般席でとなると人が多すぎて有事の際が怖いので、サーカスの観覧は事前に押さえた個室の観客席で行うことになっていた。
会場であるホールへ向かう道すがら。
私はふと通りがかった屋台の商品に目を奪われる。
他の屋台に比べてやや裕福層寄りの客をターゲットにしているのだろうその店には小粒ながら宝石をあしらったアクセサリーもあった。
その中で私の目を引いたのはエメラルドを使ったイヤリングだった。
本当にただ何となく目を引いただけ。
しかし、その視界に突如にゅっとヴィーが飛び込んで来た。
「ニコル?」
「……っ!」
「どうした? 何か気になるものでもあったのか」
「いえ」
「あら、ニコレット。そういうのはきちんと言ってくれないと」
すっかり仲直りし、仲睦まじい様子で前方を歩いていたジュリエンヌ様とグザヴィエ殿下が足を止めて振り返った事で、私とヴィーの足も必然的に止まる。
「まだ時間にも余裕はあるし、見て回るかい?」
「あの、本当に」
「良いじゃない、ニコレット。わたくしも見たいわ」
そう言うや否や、ジュリエンヌ様は私と腕を絡めるとぐいぐいと屋台へと近づいていく。
「まあ。確かに可愛らしいデザインの物も多いわ。あまり見かけないような形の物も……」
「おお、よくお気付きになりましたね。外国の工芸品も時折仕入れておりましてね。あとは三魔宝器のモチーフもあるんですよ。ほら、この時計のようなデザインは」
「時の銀針ね。こちらは天……じゃあこちらは夢? あまり見ない技術が使われている様な気がするわ」
「お、その通りです! お詳しいのですね。こちらも外国から取り寄せたものでして」
「流石は港だわ。……それで、ニコレットはどれが欲しいの? いくらでも買ってあげるわよ。貴女には借りが出来てしまったし」
(庶民の少女はそんな発言はしないのですよ、ジュリエンヌ様……)
お忍び中だというのに、アクセサリーを物色しながら無意識にお金持ち発言をしてしまうジュリエンヌ様。
そんなお姿を愛らしく思いつつも、私は苦笑した。
「欲しいと言いますか、少し目に留まったくらいで」
そう言いながら私は先程のイヤリングを見る。
……ヴィーの瞳によく似た、綺麗な色の石だった。
「…………あら?」
ジュリエンヌ様は恋愛のお話が大層好きなお方だ。
だからこそ何かに思い至ったらしい彼女は頬を緩め、にこにこと意味深長な微笑みを私に向けた。
「あらあら……これはわたくしが買ってあげても意味がないわね」
「本当に、欲しいとかそういう事ではないですよ」
「ええ、そうね、そうよねぇ」
満面の笑みで頷いているジュリエンヌ様はさも『わかっているわ』感を出すが、絶対にわかっていないやつである。
「ジュリエンヌ様――」
「ニコルー、何買うんだ……お、これ、いいなぁ」
何だか居た堪れなくなってきた時だった。
私の後ろからひょっこりとヴィーが顔を覗かせる。
彼は私の後ろからひょいと一つのアクセサリーを取った。
それから何も考えていないような顔をしてそれを私の耳に添える。
「俺の目の色」
ニッと無邪気に笑う。
……ええ、分かっていますとも。
どうせ彼は、先ほどの会話の時には既に私の視線の先に気付いていたのだ。
それを、まるで何も気付いていないかのように偶然を装って、恥じらいの一つも見せずにアクセサリーを送って来る。
ヴィクトルという男はそういう男なのだ。
「……まぁ!」
「すみませーん、これください」
「おお、お目が高い!」
目を爛々と輝かせるジュリエンヌ様の反応に気付いていないふりをしながら、ヴィーは支払いを済ませる。
それからイヤリングを私に見せて
「貰ってくれるだろ?」
と笑う。
……流石にあざと過ぎやしないだろうか。
ここまでを全て計算で行っているのだろう彼の強かさに、なんだか負けたような気持ちになりながらも私は目を閉じる。
私とヴィーは身長の差がそこそこあるので、少しでも彼が付けやすいように背伸びをして顔を寄せてやった。
「……ん゙っ」
目を閉じて待っていると、何故か突然すぐ前方から咽る気配がある。
「ちょっと、大丈夫?」
「だ、だーいじょぶ、だいじょぶ」
それから程なくして、私の耳に彼の手と、イヤリングの金具が触れる感覚があった。
やがて彼の手が離れていくのを感じ、目を開けると緑色の瞳が優しく細められている。
……イヤリングと同じ色の瞳が私を映す。
「ん、やっぱり可愛い」
普通こういう言葉を異性に向ける時は多少なりとも恥じらいが生じるものではないだろうか。
目の前の男は純真さ全開の笑みを向けている訳なのだが。
仕方がない。私は息を吐く。
彼が恋人ごっこをご所望の様なので、私は気持ちを切り替えた。
イヤリングに指で触れながら視線を彷徨わせる。
『照れています』と言わんばかりの仕草だ。
「……あ、ありがとう」
「ん!」
視界の端では何も知らないジュリエンヌ様が満足そうに頷いている。
お気に召したのならば何よりだ。
私はこほんと一つ咳払いをした。
「無理はしないで頂戴ね。……私の方がお金持ってるのに」
「俺の面目を全力で潰そうとするのやめてくれないか?」
侯爵家と伯爵家では家の財の差もそれなりに大きい。
ヴィーが苦い顔をすると、グザヴィエ殿下が品よく笑う。
「さて、そろそろ時間だ」
彼はジュリエンヌ様に何か欲しいものはあるかと問うが、特にないと彼女が答えれば頷いて、向かっていた方角へ視線を移す。
「そうですね。ホールへ移動しましょうか」
私とグザヴィエ殿下の後ろでは「貴方、たまにはやるではありませんか」というジュリエンヌ様の称賛の声とそれにピンと来ていないような反応を示すヴィーの会話が繰り広げられていた。
***
会場の観客席へ通された私達は備え付けられたソファに腰を下ろし、開演まで体を休める。
しかしヴィーだけはソファに座る事無くグザヴィエ殿下のお傍に控えていた。
「ヴィー、君も座っていいんだよ? 今日は友人として出掛けたんだから」
「いやぁ、そうしたい気持ちもあるんですけどね」
ヴィーは苦く笑いながら腰に携えた剣に視線を落とす。
そんな彼の様子でグザヴィエ殿下も気付いたのだろう。
「……やはり動きがあったか」
「そうですねぇ、残念ながら」
「やはり、何かお考えがありましたのね」
ヴィーとグザヴィエ殿下から重い空気が漂う中、ジュリエンヌ様は何かを悟ったように呟いた。
ジュリエンヌ様は幼い頃にはグザヴィエ殿下と婚約を結んでいた。
故にグザヴィエ殿下の周囲を取り巻く問題に巻き込まれる事も少なからずあったという。
だからこそ、二人の様子を受けた上で冷静さを保つことが出来ていた。
「ジュリエンヌ……。私は今日、君と出掛けるのを心待ちにしていたし、君と過ごす時間を心から楽しんでいたのも事実なんだ」
「勿論存じ上げておりますわ、グザヴィエ様。どうかお気に病まないでください。私は、未来の国王の妻となる身。想定外の事や危険の一つや二つ、見舞われる覚悟はございます」
ジュリエンヌ様が笑みを深める。
不安がない訳ではないだろうが、彼女の言葉もまた、偽りではないのだろう。
グザヴィエ殿下はそんな彼女の心強い言葉に微笑みを返して頷いてから次いで私を見る。
「ニコレット嬢も……すまない。どうやら王族絡みの面倒事が起きたようだ」
「いいえ。まさかこのような時に、と驚いてはおりますが……問題ありません。だって」
私はヴィーへ視線を移す。
彼と視線が交わり、笑みを深めた。
「心強い騎士がいますから」
「……違いないね」
「え、俺褒められてます? へへ、まぁ任せてくださいよ。心強い騎士がパパっと対処しますから!」
「調子にさえ乗らなければ完璧なんだけどなぁ」
「ふふふ」
ドン、とヴイーが胸を叩き、グザヴィエ殿下が苦笑する。
ジュリエンヌ様の顔からも緊張が抜けた頃。開演を知らせる声が舞台上から聞こえ、私達は舞台へ視線を向けるのだった。
綱渡りや玉乗り、猛獣による芸、ジャグリング……次々と繰り出される洗練された芸には観客が飽きないようにという工夫がよく凝らされていた。
しかし演目の中盤、ヴィーが動きを見せる。
「こちらへ」
私達は背後からの囁きに従い、席を立つ。
ヴィーは扉の傍で剣を構え、私達は開いた扉の死角となる場所で息を潜める。
重苦しい空気、緊張が辺りを占める。
遠くからは何も知らない観客の歓声や拍手が響き渡っていた。
そして次の瞬間――
大きな音を立て、扉が開け放たれるのであった。




