第6話 デートの裏②
ヴィーは何も言わない。
『能天気な剣術バカが偶然提案した』という体でいるのだから、白を切りたいならば当然の反応だ。
けれど私は確信している。
……彼には何か思惑があるのだろうと。
「よかったの? 視察と銘打ってはいるけれども、王都を離れればそれだけ監視の目は減るし、万が一の際のリスクは大きくなるんじゃ」
祭典の参加など、王族として公の場に出るならば護衛の数も増やして堂々と殿下をお守りすることが出来る。
しかし今回はお忍びによる視察。
公式的な訪問に比べればどうしたって手薄になりやすい状況だった。
「それなぁ。俺がサーカス見たかったからって理由だけで提案したものの、流石に気になって殿下には確認したんだけどさ、構わないって」
(殿下にも確認済み、『構わない』という返答は――万が一のリスクを想定しているという事。やっぱり、ここを選んだのには訳がありそうね)
彼の言うサーカスとは、数時間後にこの町で行われるイベントの事だ。
私達は表向き、それをメインの目的としてこのダブルデートを計画していた。
……ヴィーの何も考えていなさそうな発言にはよく、重要な情報が紛れ込んでいる。
長い付き合いの中、私はそれに気付くことが出来た。
これは表面上は能天気なイチャイチャカップルを演じている互いが、腹の底を晒さない関係にあるが故の遠回りなコミュニケーションだったが、私はこれをある種の信頼と捉えていた。
私であれば皆まで言わずとも伝わるだろう、と。
少なからずそうは思って貰えている証拠に他ならない。
「まあ、心配するなよ。万が一のことばっか考えてたら、殿下は何もできなくなってしまうだろ?」
「それはそうだけれど……でも、不安だわ」
私はしおらしい態度で、ヴィーに縋りつく。
「だって――さっきの騒ぎの最中、ちらちらと私達を見る人もいたんですもの」
私を映す翡翠色の瞳を静かに見つめる。
『こういう事でしょう?』と、暗に伝えるのだ。
先の騒ぎ――盗みの騒動の中、ヴィーは私から離れる時に『危ないから周りを見張っていてくれ』といった。
気を付けてくれ、ではなく周りに注目しておくよう促したのだ。
これもまた、いつもの彼の常套手段だと判断した私は周囲を警戒していた。
そして気付いたのだ。
ヴィーや、彼に取り押さえられた盗人の周囲が騒いでいる傍でそちらにではなく――私達の方を気に掛ける数名の男達に。
突然騒ぎや犯罪が起これば、そちらを注目するのは必然。
しかしそんな中で敢えて私達――正確に言えばグザヴィエ殿下だろうが――を気に掛ける者が、怪しくない訳がない。
「私が気にしすぎかもしれないけれど……さっきも物騒な事があったばかりだから」
「ニコルは相変わらず心配性だなぁ。けど、気にしておくに越した事はないか。どんな連中だった?」
「服装や外見的特徴は至って普通……レグリアス王国にありがちな容姿だったわ」
この港町は外国人も多い。
それ故に怪しい人物が国内か国外、どちらに属する者かという情報は重要だ。
今回は前者。我がレグリアス王国の民である可能性が非常に高い。
それから私はその他の容姿の特徴や人数、当時の様子などをヴィーに共有する。
その話を粗方聞き終えた彼はすぐに視線を海とは反対の方角へ移した。恐らくはそちらに殿下の護衛が身を潜めているのだろう。
その場から離れるような素振りを見せない辺り、私の声は他の護衛の耳にも届いていそうだった。
「そっか。ありがとな、気にしておく」
「いいえ、こちらこそ。折角のデートなのに、水を差すような事をしてごめんなさ……ちょっと」
ヴィーは私の頭に手を伸ばすとわしゃわしゃと頭を撫でて来る。
「やめて頂戴」
突然の子供扱いに、私が抵抗しようと彼の手を掴む。
その時、肩に鈍い痛みが走った。
「っ……」
先程、盗人にぶつけられた箇所だった。
驚き、思わず息が詰まる。
するとヴィーが驚いたように目を瞬かせた。
「ん? どうかしたのか」
「いいえ。何でもないわ……とにかく、女性の髪をくしゃくしゃにするのはやめて」
しらばっくれようとしてみる。
しかしそれを見逃してくれる程、彼はバカではない。
翡翠色の瞳がじっと私を捉えていた。
「怪我したのか? さっきぶつかった時?」
「大した事ないわ」
「あるだろ。大体君は毎回……」
「大袈裟よ。迷惑を掛ける程のものじゃない」
ヴィーとグザヴィエ殿下が何かを計画している事は明らかだ。
たかだか打撲、それも本当に大した事のないもので気を遣わせてしまうのは避けたかった。
しかしそう思って突っぱねれば、ヴィーは真剣な面持ちで私の手を取る。
「迷惑とか、そういう話じゃないだろ。君は俺の大切な人なんだから」
……いつもの婚約者としての芝居だ。
そう分かっているのにわざわざ大きくなる心臓が煩わしかった。
ヴィーは人差し指を立てて空中で軽く振りかざす。
「魔法は得意じゃないけど、このくらいならまあ……よし、っと」
すると小さな氷塊が現れた。
彼はそれを布で包み、更に布袋に入れると私に差し出す。
「ほら。俺の為にも使ってやってくれよ」
「……ありがとう」
「それと、今度から怪我をしたらきちんと教えてくれ。もしまた黙ってたら……んー…………後から知ったら俺がものすごく落ち込んでやる!」
「っ、ふふ、なにそれ」
私は氷袋を受け取り、患部を冷やしながら笑う。
魔法ならば私は彼よりも得意で、だからこそ氷も出そうと思えば私の方が簡単に出せたのだけれど、彼が真っ先に動いてくれたことが少し嬉しかった。
気が緩んでしまい、プッと吹き出した私は遅れてからしまった、と思った。
完全な素を見せてしまった。
目の前ではヴィーがぱちくりと瞬きを繰り返していた。
ヴィーは私より上手く内面を隠しているというのに、私はと言うと……たまにこういう事がある。それが何だか、負けたような気持ちになって居た堪れない。
そんな悔しさを誤魔化すように私は咳払いをして、彼を見る。
「けれど、ヴィー? 貴方がその主張をするなら勿論、貴方だって今後は怪我をしたら逐一報告してくれるのよね?」
「うっ」
痛いところを突かれた、とヴィーが苦い顔をする。
何故なら彼は護衛騎士。
有事の際に体を張らねばならない立場な上、鍛錬などでも毎日のように怪我をするのだから。
勿論、逐一報告が出来るようなものではないことは理解している。
照れ隠しによる誤魔化しと、単なる軽口だ。
「冗談よ。けれど、あまり無茶はしないでね。私にとっても貴方は――大切な人なのだから」
少しの恥ずかしさを秘めながら、私は彼に同じ言葉を返す。
てっきりいつものように明るい声が返ってくるのだと思った。
しかし彼は視線を私から逸らし、伏し目がちになりながら小さく頷いた。
「……ん」
珍しい。こんな顔も出来るのか、と素直に驚いた。
同時に日頃の彼との温度感の違いに何故か胸がきゅっとして、表情が緩みそうになった。
慌てて私は首を横に振り、心の乱れを追い払うとジュリエンヌ様とグザヴィエ殿下の方を見やる。
「……ニコル」
「……さ! 向こうもお話が終わったようね。そろそろ戻りましょうか」
「お、おう」
彼から顔を背けると同時に顔にカッと熱が集中するのを感じた。
私は速足でジュリエンヌ様達の方へ向かいつつも、気持ちを落ち着かせるべく溜息を吐く。
「あんな芝居もできるなんて……っ」
本当に想いを寄せられてるみたいじゃない、と心の中で文句を零していると……
「~~~~っ、ちがうぅ…………っ!!」
後ろで突然悲鳴のような奇声が上がる。
「へっ!? ちょっと、何?」
驚きつつ、上手く聞き取れなかった言葉を聞き返しながら振り返れば、そこには頭を抱え込んでしゃがみ込むみっともない婚約者の姿があった。
「ちょっと、本当に何してるの……?」
「いいや…………うん、ナンデモナイデス……」
困惑して聞き返すも、ヴィーは何故か物言いたげな目でこちらを見る。
それから長い溜息を吐き出して立ち上がると、彼は私の手を取って先に進み始めた。
「いーよ、うん。ニコルはそういう奴だもんな」
「絶対馬鹿にしてるでしょう、その言い方」
何か、勝手に呆れられ、勝手に諦められた気がしてならない。
失礼な態度を取られた事だけは明らかだったので、私は異議を申し立てつつ、彼に手を引かれていくのだった。
それから少し経った頃。私達はダブルデートの本命だった大道芸観覧の会場へと向かう事になる。
その裏では静かに、けれど着実に、悪意が私達へ忍び寄ろうとしていた。




