第5話 デートの裏①
盗人を取り押さえた事で目立ってしまったヴィーは周囲から拍手を受けながら困ったように頭を掻いていた。
それから遅れて駆け付けた警ら隊に盗人を引き渡し、被害者の女性にネックレスを返したりと、中々その場から動けずにいた。
暫く待たされてから、漸く自由になったヴィーと合流した私達は彼の「人がいない場所で休みたい」という我儘に従って、浜辺へと移動した。
港は人が絶え間なく行き来しているが、そこから少し離れれば人の数は急に減る。
陽が傾き始め、空が橙に染まり始めた時間。
私達は海を眺めながら驚いたり微妙な顔をしたりとばらばらな反応を見せつつ冷めた串焼きを平らげた。
「何か、あんまり美味くなかったな。硬かった」
「ヴィーを待ってたからね」
「俺のせいって言いたいんですか!? 頑張ったのに!」
ヴィーはグザヴィエ殿下の軽口に大袈裟な反応を見せる。
そんな二人の会話を聞いていたジュリエンヌ様は何とか声を我慢しながらも笑っていた。
その表情からは随分緊張が薄れたように思える。
「ヴィー」
「ん?」
「デートしましょ」
「え?」
「二人きりになりたいんでしょ?」
表情を輝かせる彼をよそに、私はグザヴィエ殿下とジュリエンヌ様から離れる。
「私もゆっくり海を見て回りたいし。付き合って?」
「……っ! おう!」
「良かったね、ヴィー」
「すみません、少しだけ行ってきます!」
私の後に続いて、ヴィーもその場から離れる。
……彼が殿下から離れる選択を取ったという事は、現在はやはり、周囲に危険がないのだろう。
別の護衛も傍に潜んでいるだろう事を考えれば、私達が少しの間席を外すのは何ら問題がなさそうであった。
***
離れていくニコレットとヴィクトルの姿を見送ってから、ジュリエンヌはグザヴィエへ向き直る。
彼もまた、ジュリエンヌを双眸に映していた。
緊張が走り、ジュリエンヌは少し顔を強張らせる。
けれど……先程までの楽しいひと時や、いつもと変わらないグザヴィエの様子、そして……今自分に向けられている優しい微笑を受けた彼女は、やがて意を決したように深呼吸を一つした。
「殿下」
「うん?」
優しい声が返された。
ジュリエンヌは深く頭を下げる。
「……最近は、嫌な態度ばかりとってしまい、申し訳ありませんでした」
「君が言う嫌な態度というのは、私と話したり、目を合わせたりする事を避けていた事かな」
「……はい」
ジュリエンヌは頭を下げたまま小さく頷く。
そんな彼女の姿を真っすぐ捉えながら、グザヴィエは苦笑した。
「顔を上げてくれ」
その言葉に彼女が従い、互いの視線が交わる。
グザヴィエはジュリエンヌの頬に優しく触れた。
「全く……私がそんな事で怒るような人間だと思うかい?」
「いいえ。……ですからこれは、わたくしの問題ですわ。わたくしがただ、ファリエール公爵家の娘として……そして殿下の婚約者として、自信を持てなかっただけ。それを謝罪したいのです」
『聖女』はこの世界を創造した女神の寵愛を受けた少女であるとされている。
神に選ばれるだけの清き心を持った乙女。
それが聖女に対して抱く大勢の印象だ。
この認識は初めて聖女が現れたという五百年前からずっと変わらない。
だからこそ、『聖女』レーヌに冤罪を掛けられた時、ジュリエンヌは大きな不安に襲われた。
『聖女』という絶対的な肩書きに勝てるだけのものを自分が積み重ねられている自信がなかったのだ。
公爵令嬢として、未来の王太子妃として築いてきたものが簡単に崩されるかもしれない未来、そして何より心から愛する人物から見放されるかもしれない恐怖。
それらによって心は大きく揺らぎ、不安や恐怖と対峙する勇気を失った。
けれどレーヌの件が片付き、今日一日で緊張が薄れ、冷静さを取り戻した今、ジュリエンヌはそれが間違いだったことに気付くことが出来た。
悪評を流されていた当時ですら、グザヴィエはジュリエンヌを気に掛けてくれていたし、普段と変わらず接そうとしてくれていた。
それからも目を逸らし、信じようとしない事こそ……彼と添い遂げる事を誓った女として相応しくないだろう、と。
「今後はより、殿下の隣に相応しい女性となれるよう精進いたします。どんな相手にだって心を乱されたりはしませんわ。ですからどうか、今後も変わらず私をお傍においていただきたいのです」
赤い瞳が真っ直ぐとグザヴィエを映す。
その強い眼差しに彼はハッと息を呑んだ。
「当然だろう」
グザヴィエはそう答えるとジュリエンヌの手を掬い、そっと口づけをする。
「常々思っていたけれど、君はどうにも真面目が過ぎるところがある。それが愛おしくも思うけれど……私の前でくらい、少しは肩の力を抜いてくれてもいいんだよ」
「で、殿下……」
「そうだな……手始めに、名前で呼んでくれないかい」
「ぐ、グザヴィエ殿下」
「ん?」
笑顔で、しかし不服そうな声を返されたジュリエンヌは顔を赤く染めながら視線を彷徨わせる。
それから小さな声を絞り出した。
「……グザヴィエ…………さま」
「ふふ。うん、まあ、今は及第点という事にしておこうか」
往生際悪くつけられた敬称にグザヴィエは笑う。
「愛しのジュリエンヌ。私は君が大切に思ってくれる程に誠実な人間ではないのだと思う。けれど、君を大切にしたいと思う気持ちは本当だ。だからどうか、これからも傍に居てくれ」
「……っ、勿論ですわ」
感激から目を潤ませて微笑むジュリエンヌ。
彼女を微笑ましく見つめながら、グザヴィエは友と、彼の婚約者が向かった方角へ視線を移す。
(まあ、隠し事が多いという意味では――彼には劣るのだろうけれど)
離れた場所に並ぶ二つの陰を眺めながら、グザヴィエはそう心の中で呟くのだった。
***
浜辺を歩きながら、私はジュリエンヌ様とグザヴィエ殿下の様子を遠目に窺う。
「あちらは大丈夫そうね」
「そうだな」
同じく二人の方を見て相槌を打つヴィーだったけれど、彼は次の瞬間、私の腕に手を伸ばして引き寄せる。
「わっ」
「デートなんだろ? 今くらい構ってくれよ。ただでさえ全然二人きりになれなかったっていうのに」
「はいはい」
私は小さく吹き出し、ヴィーと腕を組む。
彼に擦り寄り、微笑み掛けるけれど……きっと私の目は相手の腹の底を探るように鋭く光っていた事だろう。
「でも、事前に相談したでしょう?」
「そうだけどさぁ」
「それに、ここを提案したのは貴方だった」
わかりやすく不貞腐れていますと言わんばかりの顔を作っているヴィーの瞳もまた、私を映しながら静かに細められている。
そう。
デートの行き先を指定したのは――ヴィー本人だったのだ。




