第35話 魔法学園の首席
アンセルムが路地裏へ飛び込むと、細い道を突き進むならず者の姿が三つあった。
そのうち一人は、幼い子供を抱えている。
「おい、黙らねぇと殺すぞ!」
助けを求めて声を上げる少年を男の一人が脅す。
「にしても、ついてるなぁ。普段売っぱらう何倍も金が詰まれるなんてよ」
「なんだったか。ひけんたい? を探してるんだとよ」
その傍で呑気に会話をする残りの男達。
すっかり浮かれている彼らは、後を追うアンセルムの姿に気付いていない。
眼鏡を押し上げ、人攫いを見据えていたアンセルムは、彼らへ手を伸ばす。
そしてパチン、と指を鳴らした。
瞬間、彼の周囲を冷気が包み込む。
同時にアンセルムの足元が凍り付き、その凍結は瞬く間に路地を形成した家の壁や前方――人攫い達の足元へと伸びた。
パキパキと音を立てながら生成される氷が地面や壁を覆い、人攫い目掛けて伸びていく。
そしてそれが彼らの足を捉えた瞬間。
氷は彼らの足に纏わりつき、膝上まで凍らせる。
「な、なんだこれ……っ!?」
「クソッ、動けねぇっ」
突然の事に困惑する男達。
アンセルムはそれを視界に留めたまま、ゆっくりと彼らへと近づいた。
「こちらもあまり手荒な真似はしたくない。怪我をしたくなければ一度で従え」
三人へ近づくアンセルム。
その背後に、別の人影が忍び寄っていた。
どこかに潜んでいた人攫いの仲間だろう。
四人目の男は醜悪な笑みを浮かべたままアンセルムへ拳を突き出した。
しかしアンセルムはそちらを振り向く事もなく、顔色を変える事もなく……ただ軽く右手を振るう。
刹那。
凍り付いていた地面から新たに氷が伸びる。
アンセルムと四人目の間から柱状に飛び出したそれは、襲い掛かる男の顎に直撃し――鈍く、大きな音を伴った。
「ガ、ァ……ッ」
四人目はその衝撃に耐えきれず瞬く間に失神し、仰向けに倒れ込んだ。
そんな光景を背に、涼しい顔でアンセルムは人攫い三人に命じた。
「その子供を放せ」
***
本当ならばすぐにアンセルム様を追いたい気持ちがあったけれど、荒事になれば私にできる事は少ないし、自分の身分を考えれば考えなしに後を追うべきではない。
そう判断した私は警備隊を探し出し、遅れてアンセルム様が姿を消した路地裏へ向かった。
そして、そこに広がる光景に、私達は驚かされる。
路地一帯を覆う氷。それに足を凍らされて動けない人攫いと、氷の上で伸びている男。
そんな彼らの傍には、攫われていた子供を保護しているアンセルム様の姿があった。
その様子を見て、私は思い出した。
――昨今、人類の魔法の素質は衰え続けているという。
古代人に比べて大きな魔法を扱えない体質になりつつあり、魔法を全く使えない者まで現れた現在、戦いの際の主戦力は剣などの武具であると言われるようになった。
王立魔法学園で学ぶ魔法も、簡単なものや日常に応用できるものが多く、後は歴史や魔導具製造の知識を身に付ける講義などが主なカリキュラムとなっている。
そんな中、王立魔法学園で不動の首席を取り続けている生徒の名こそ――アンセルム・ブランシャールという。
彼は特に魔法に於いて、近年類を見ない天才なのだ。
アンセルム様は駆け付けた警備隊に事情を話すと後の事を任せ、人攫い達の拘束が済んだところで魔法を解く。
それから、泣きながら礼を言う少年の頭を優しく撫でてから、彼を警備隊に引き渡し、私の元へとやって来た。
「ニコレット嬢、警備隊の手配、ありがとうございました」
「いえ」
とんとん拍子で進む事態の収束に未だ驚いていて、一度は彼の礼を素直に受け取ってしまう。
けれど私はすぐに我に返った。
「アンセルム様。侯爵令息ともあろうお方がこのような荒事にお一人で首を突っ込むのはいかがなものかと。確かにアンセルム様は優秀ですが、万が一のこともありますし」
「……ニコレット嬢の言う通りです。申し訳ありません」
(非は認めるけれど、後悔はしていない……といった顔ね)
正直、あの場でアンセルム様が動いていなければ、きっと子供は攫われていた。
そう判断したからこそ、咎められるのも、迷惑が掛かるのも承知の上で彼は飛び込んでいったのだろう。
「それに……彼らを止め、あの子を救ったところで、別の場所では同様の事が起こり続けるでしょう。貧困層の子供の誘拐を減らすには国家が動かなければならない。そしてそれでもきっと……完全に無くす事は出来ない」
アンセルム様は私に目配せをし、表の通りへ戻るよう促す。
路地裏を離れるアンセルム様の顔には憂いが見えた。
「だからこそ出来るだけ早急に考え得る手だけは打っておいて、新たな取り組みを考えていく方法があります。……立太子後にまで、あのような荒事を持ち込むべきでも、長引かせるべきでもない」
あのような荒事というのは、ラガルド殿下の不穏な動きや、仮面舞踏会での過激な動きの事だろう。
「早々に、事態が収束する事を願うばかりです」
「……そうですね」
沈黙が続く。
数分ほど黙り込んでいた私達だったが、アンセルム様はハッと我に返ると申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し訳ありません。気晴らしの為と言っておきながら、結局このような」
どこまでも誠実で律儀な彼の様子に、先程の会話までの緊張が解れ、私は小さく吹き出してしまう。
「いいえ。アンセルム様はグザヴィエ殿下の側近。加えて何れは宰相となられるかもしれないお方です。国の行く末を考えるのはおかしな話ではないでしょう」
それから冗談めかしに
「先のご勇姿、クロエ様にお伝えしても?」
と聞けば、アンセルム様は僅かに顔を赤らめ、眼鏡を何度も押し上げながら困ったように首を横に振った。
「……勘弁してください。変に憧れでもしたら堪ったものではありません」
先程の警備隊と話していた姿や、国の未来について語る姿からは一変したその様子に、私はまた笑いそうになる。
「さあ、買い物に戻りましょう。購入自体は後日でもいいですが、ある程度は目星をつけておきたいですね」
「そうですね」
あまり笑ってしまうと困らせてしまうかもしれないと思い、私はそれ誤魔化すように近くの店へ歩き出す。
一方、私の提案に同意したアンセルム様はまだ気に掛る事があったのか、ふと足を止めて先程の路地裏へ視線を移す。
「……被検体、か」
「アンセルム様? 今何か?」
「ああ、いえ」
彼が小さく呟いた声が聞き取れず、聞き返せば、アンセルム様はすぐに私へ向き直って歩き出す。
「……何でもありません」
日が傾きかけた頃合い。
私達はプレゼント選びへ戻っていくのだった。




