第33話 王太子の受難
グザヴィエ殿下の問いにヴィーは引き攣った笑みを浮かべたまま答える。
「いやぁ、俺だって流石に予想外っていうか……。まあ、パシリ的な要因で呼ばれてる気はするんですけど」
この一週間。
徹底してラガルド殿下との接触を避け、また彼と関わっていたヴィーが上手く誘導してくれていた事もあったお陰で、私はラガルド殿下の動向を人伝に聞く事でしか把握していない。
そして傍から聞いた話などによると、どうやら彼は学園を案内してからというもの悉くラガルド殿下に呼び出される事となったとか。
「彼がそもそも、好んで他者を呼びつけたりしない質だというのは理解しているだろう?」
「うす……」
「どの様な理由であれ、君が他者に比べて気に入られている事には変わりない。それに彼は『夢の香霞』を持っている。欲しい物はどんな手を使ってでも手に入れる男だ、君が気に入られれば気に入られる程危険な目に遭うんだよ。既に案内の時に一度使われたんだろう?」
学園ではラガルド殿下にとんでもない無礼を働いたと噂になっているヴィーの「臭い」発言。
後からの彼の報告のお陰で私達はこれの真意を理解していた。
何も知らない能天気として『夢の香霞』の影響を回避する……『夢の香霞』から距離を取るならば彼のその選択が寧ろ自然だったのだ。
グザヴィエ殿下は物言いたげにヴィーをねめつけていたが、やがて何かを諦めたかのように溜息を吐いた。
「……と、色々言いはしたけれどね。ラガルドに不信感を与えないどころか上手く取り入ったのは本来ならば称賛すべき事だし、『ヴィクトル・アルナルディ』ならそうするというのも理解している。……君にだって想定外の事は起こって然るべきだしね。これはラガルドの事を読み切れていなかった私の落ち度でもある」
大切なのはこの後の動きだとグザヴィエ殿下は話した。
「とにかく、君は私の護衛騎士だ。長時間や高頻度な拘束は断ったって不自然ではない。学園案内の時とは違う訳だからね。こちらは今後私から断る。君は暫く普段以上に私の傍に居る事」
「わかりました」
「やはりと言うべきか、彼は一週間の半分ほどしか学園に顔を出していないからね。ヴィーが動き辛さを感じる事もそんなにないと思うよ」
その後、ラガルド殿下周辺の動きについての共有がヴィー側とグザヴィエ殿下側から行われ、昼休憩は終わりに近づいていく。
昼休憩の終わりが近づいた為、私達はそれぞれ次の講義がある教室へ向かおうとする。
私はヴィーの後姿を眺める。
実は彼に話したい事があったのだ。
勿論、グザヴィエ殿下のお話を遮る程のものでもないし、もう少し畏まっていない空気の時に話そうと思っていた事なのだが。
今ならその話を出来るかもしれないと私は思っていた。
ヴィーやグザヴィエ殿下、ジュリエンヌ様が先んじて扉を潜り、私とアンセルム様もそれに続こうとする。
……そんな時だった。
「何だ、ここにいたのか」
そんな声が聞こえた途端、傍に居たアンセルム様が前に出て私の退室を防ぐ。
私とアンセルムは互いに視線を交わして後方へ下がり、その手前のジュリエンヌ様はそれを悟ったように扉を閉じる。
ラガルド殿下の声だった。
「暇潰しの相手に選んでやろうと思ったのにそのアホ面がどこにも見当たらなくて退屈していたんだ」
部屋に近づいていたのであれば恐らくヴィーが気付いていたはず。
また声が近づいてくるような距離感を感じた為、恐らくは本当に偶然、ラガルド殿下は生徒会室の近くを通ったのだろう。
「え、俺を探してたんですか!?」
「お前以外にこの場にアホ面を引っ提げている奴がいるか?」
「ご機嫌よう、ラガルド殿下」
恐らくは目が合ったのだろう。
ジュリエンヌ様が挨拶を口にする。
「ご機嫌よう、ジュリエンヌ嬢。今日も相変わらず麗しい」
一応は王族としての序列が上のグザヴィエ殿下の婚約者。
ジュリエンヌ様に対しては形だけでも最低限の敬意を示しているようだ。
「そうだ。丁度良い所に来たね、ラガルド。大変申し訳ないのだけれど、ヴィーは貸してあげられないよ」
「おや。彼を簡単に売ったのは兄上ではありませんでしたか?」
「その言い方は流石に気になるかな。売ったのではなく、信頼できる相手として重要な役目をお願いしたんだよ」
「アンセルム・ブランシャールは僕から遠ざけようとしたのに? どうやら兄上は相手によって扱いをころころと変えるらしい」
「適材適所というものだよ。とりあえず、ヴィー。君は最近私の傍を離れ過ぎだから、流石に本来の仕事に戻る事。いくら他にも護衛が身を潜めているとはいえ、君程の手練れは中々いないし、友としても近くにいてくれる方が気が楽だからね」
「わ、わかりました。……そういう事みたいです、ラガルド殿下、すみません!」
生徒会室を出たグザヴィエ殿下はいつも通りの声音と振る舞いでラガルド殿下の受け答えをする。
この、警戒や不満をおくびにも出さないところや切り替えの早さは流石王太子の座を得たお方というべきだろう。
恐らくはグザヴィエ殿下とラガルド殿下が互いに見つめ合っていたのだろう
少しの間沈黙が訪れたが、やがてラガルド殿下はふんと鼻を鳴らす。
「なるほど。では僕は身を引きましょう。アホ面、お前のこっけいさに免じて、僕の側につきたくなれば考えてやらない事もない。いつでも声を掛けるといい」
「うぇ!?」
「残念ながらそうなる前に私が止めさせてもらうけれどね」
グザヴィエ殿下の苦笑する気配が聞こえた後、足音がいくつか遠ざかっていく。
ラガルド殿下とその護衛のものだろう。
「さて。私達も行こうか」
「あ、はい!」
「かしこまりました」
ここでラガルド殿下が見えなくなるのを待つのも不自然と考えたのだろう。
グザヴィエ殿下はヴィーとジュリエンヌ様を連れて先に生徒会室を離れていく。
私とアンセルム様は三人の足音が聞こえなくなっても念の為にと数分ほど待ち、それからアンセルム様が先に部屋の外へと出た。
「大丈夫そうですね。ニコレット嬢、邪魔をしてしまい申し訳ありません」
「いえ、ありがとうございました」
「まだ講義には間に合うかと。途中までご一緒します」
「はい」
私とアンセルム様達――ヴィーとグザヴィエ殿下を含んだ三人とはクラスが違うので講義が被る事は殆どない。
私はそれぞれの教室がある方角へアンセルム様と共に歩き出した。
(……話しそびれてしまったわね)
ふと過るのは、ヴィーを呼び止めようとした先程の事だ。
別に急ぎではないので焦る事ではないのだが、そもそも最近はラガルド殿下の編入の件もありあまり二人で話す機会もなくなってしまったので、話す機会を失ったのを少し惜しいと感じていた。
「ニコレット嬢」
「はい?」
そんな私の傍らでアンセルム様が声を掛ける。
「今日の放課後、お時間はありますか?」
「放課後、ですか」
「はい。実は殿下から許可を頂き、街へ向かうのですが……もしよろしければお付き合いいただけないかと思いまして」
「街に」
この誘いは私にとっても都合の良いものだった。
私もどこかの機会に街で買い物をと思っていたのだ。
それにアンセルム様と街に出るのならばついでに相談したい事もあった。
「分かりました。私も丁度用事があったので」
「ああ、やはりそうですよね。では、きっと俺がご相談したいと思っていた事と同じような事を考えていらっしゃるのでは?」
私は目を瞬かせる。
何とアンセルム様も私に相談したい事があるのだとか。
偶然の重なりを意外に思ってアンセルム様の顔を見上げると、彼は穏やかな笑みを浮かべて口元で人差し指を立てる。
「実は、クロエの誕生日がそろそろでして」
その言葉に私は更に驚かされる。
同時に、ああ、きっと彼には先程の私がヴィーに声を掛けようとしていたのも、何を話そうとしていたのかも悟られていたのだな、と思った。
「とても近いんですよ。――ヴィクトルの奴の誕生日と」
彼は眼鏡の奥、金色の瞳を細めてそう言った。




