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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第31話 学園案内の裏で

 ラガルドの授業は午後からとの事で、ヴィクトルはその間、学園内を彼に案内する事となった。

 ラガルドは案内中に何か口を挟んだり寄り道をしたがるような者ではなかったし、寧ろヴィクトルの説明には少し煩わしそうにしていたくらいだった。

 そんな事もあり、学園の案内自体はヴィクトルが一方的に話し掛けるだけで、滞りなく進んだ。


「と、まぁこんな感じですかね! どっか案内忘れてたらすみません!」

「まあお前はどう見てもアホそうだからな。初めから期待していない」

「酷いなぁ」


(やはり俺に対して警戒している様子はない。芝居という可能性もあるが、ラガルド殿下はグザヴィエ殿下と違ってそこまで器用な方ではない)


 ヴィクトルはラガルドを案内しながら、彼が自分を警戒していないかを探っていた。

 しかしラガルドから向けられるのは警戒や嫌悪といった類ではなく呆れや蔑みといった類の感情。

 彼が仮面舞踏会で出会った男とヴィクトルを結び付けている様子はなかった。


(となるとやはり、彼が警戒しているのはセルの方か)


 何故アンセルムが警戒されているのか。

 それは彼が公ではグザヴィエの頭脳としての立場にいる事もあるが、何よりも仮面舞踏会に潜伏した時のヴィクトルの容姿がアンセルムの特徴を模したものだったからだろう。


 髪色と瞳の色を変える際、敢えて紺色と金色――アンセルムの特徴に合わせたのはグザヴィエとアンセルムと相談した結果の事だった。

 ヴィクトルの強みは周知されている身体能力を除けば器用さや頭の回転の速さにあるが、それらが最も有効に扱えるのは彼の本質が外部に漏れていないからに他ならない。

 これを秘匿する事を最優先に考えた結果、ヴィクトルが暗躍する時は万が一その姿を見られても彼自身と結びつかない――アンセルムと結びつくような容姿に偽る事となった。


 アンセルムとヴィクトルは体格も声質も異なる。

 だがほんの数分接触した人間の全てを覚えておく事など出来る者の方が少ない。

 加えて、最も分かりやすい視覚情報と先入観は身長や体格、声質などの言語化しにくい特徴の記憶を簡単に誤魔化す。


 記憶よりも細身な気がしたけれど、よくよく考えてみたらこのくらいの体格だったかもしれない。

 声を意図的に変えていたのだとすれば地声がこれでも納得できるかもしれない。


 そんな思い込みによって記憶は簡単に歪められるものだ。

 そしてどうやらそれはラガルドにも起こっているようだった。


(となると警戒すべきなのは殿下と、セル周りか。ラガルド殿下は既に過激な手段に乗り出すだけの躊躇のなさがある。殿下より先にセルを狙う可能性だってあるし――)


 話しながら、学園の中心辺りに位置する中庭へ向かうべく、進んできた道を歩き出した時。

 ヴィクトルはある事を思い出して足を止める。


「……っと」

「何だ」

「いや、折角なんで、違う道も歩いておいた方がいいよなぁって思いまして」

「どうでもいい。さっさと終わらせろ」

「はーい!」


 ヴィクトルは進む道を変えてラガルドを先導していく。


(そろそろ授業が終わる頃だ。ニコルの現在地と次の講義を考えると、あの道だと鉢合わせかねないからな)


 ヴィクトルとは違い、ニコレットはラガルドにしっかりと顔を見られている。

 出会えばすぐに分かってしまうだろう。

 勿論今後、不慮の事故で鉢合わせてしまう可能性もあるが、そうなるまでの間はなるべく接触の可能性は減らしておきたい。


 そう考えたヴィクトルの思惑通り、数分後に授業を終えたニコレットは件の道を通ったのだが、勿論彼らと顔を合わせる事はなかった。




 ヴィクトルとラガルドが中庭まで辿り着いた時点で、二つ目の講義が始まった時間。

 昼休憩まではまだ後一時間以上あった。


「思ったよりサクサク回っちゃいましたねぇ。他に行きたい場所とかはあります?」

「別に」

「デスヨネー」


 時間が余ったとはいえ、流石に王子を一人置いて退散するわけにもいかない。

 ヴィクトルは昼休憩が始まるまでの間はラガルドの傍に控える事にした。


 暫くはヴィクトルが他愛もない話を一方的にするだけの時間が過ぎていったが、その間何か考えているような様子で黙っていたラガルドはふとヴィクトルを横目で捉える。


「お前は兄上の幼馴染か」

「え?」

「宰相の息子以外に騎士団長の息子がいると聞いた事がある」

「あ、はい、多分俺ですね! ……っていうか殿下、俺達何度も王宮で会ったことあるんですけど……」

「知らん。赤い取り巻きがいる程度にしか覚えがなかった」

「酷い」


 ラガルドはヴィクトルの抗議の視線に背を向ける。


「お前は学はなさそうだが、兄上が長く傍に置くという事はそれなりに優秀な剣士の様だな」

「あー、はい、そうですね」


 ヴィクトルは背を向けたラガルドの姿を注視しながら、まるで警戒心の欠片もないような、明るい声で答える。

 ヴィクトルという剣術バカは剣術以外に取り柄はないが、その分剣術の腕は自他ともに認める程のもの……というのが周囲の評価だ。

 故に普段は腰を低く、時に情けなく振る舞っているヴィクトルも剣術に関しては下手な謙遜をしない事にしている。


「同年代ならまず負けないですね。騎士団クラスでも勝率は半分は超えると思いますよ」

「へぇ」


 先程までへらへらとしていた男の、自信ありげな返答を少なからず面白いと感じたらしい。

 ラガルドの声には僅かに笑いの色が混じっていた。


 だが同時に、ラガルドはある行動に出る。

 ヴィクトルから背を向けたことで死角となった懐から、彼は香炉型の魔導具を取り出し、魔力を込めたのだ。


「まあ、お前でいいか」


 突如、甘い香りが周囲に立ち込める。


「ヴィクトル・アルナルディ。お前、僕の側に付け」


 ラガルドが再びヴィクトルへ向いた時。

 彼は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

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