第3話 聖女の企てと二人の対抗策②
私は困惑しきった態度を取るヴィーの姿を盗み見る。
きっと、何も知らずレーヌ様の言葉を素直に信じようとする素振りのヴィーとて、同じ考えだった事だろう。
確かに昨日、私は放課後一人になる時間があった。
そして敢えて人気のない場所を通った。
恐らく、レーヌ様はジュリエンヌ様やその友人である私達の悪評を広める材料を集めるべく、アリバイが証明できない瞬間を探していたのだと思う。
それが――私達の策によるものだとも知らずに。
「……まて、昨日の放課後の裏庭?」
アンセルム様が口を挟む。
「は、はい……っ」
「妙だね」
「え?」
グザヴィエ殿下も怪訝そうな顔をする。
「その時間帯、裏庭にはヴィーがいたはずだよ」
「……ん?」
白々しく瞬きをするヴィー。
彼はそれから納得したように手を打った。
「ああ、そうだった! 俺、休憩を貰って裏庭に行ったんだ。あそこ静かだから仮眠取るのに丁度良くって。で、そこにニコルが来てた」
「え、でも私……ヴィーは見ていなかったけれど」
「俺、木に登ってたからなぁ。あ、それ以外に人は見てないぞ」
「という事はやはり……レーヌ様の主張には無理があるという事に」
「どういうことだろうか、レーヌ嬢」
「そ、それは……っ」
アンセルム様、次いで殿下から疑念の視線を向けられたレーヌ様が顔を青ざめる。
すぐに言葉は出ない。それこそが証拠のようなものだった。
「……まあいい。詳しい話はこれからしよう。未来の王太子妃、そして我が友の大切な人に汚名を着せようとした事情と、それに伴う罰についてね」
グザヴィエ殿下のその言葉に、レーヌ様は震え上がるのだった。
***
人払いをした空き教室で聴取が行われた後、レーヌ様は遅れてやって来た王宮の騎士団に連行されていった。
端的にレーヌ様の動機を述べるなら、『聖女』という唯一無二の立場を利用し、王太子の婚約者の座を狙ったものだった……という事になる。
しかしその裏に隠されていた真相はあまりに大きかった。
レーヌ様の義父である男爵は隣国の間者と繋がっており、実はレーヌ様は戦争を目論んでいた隣国によって、我が国を内部から崩す為に派遣された聖女だったのだ。
グザヴィエ殿下とお近づきになり、王族内部から混乱なり勢力崩壊なりを起こさせようという魂胆だったのだろう。
そんなこんなで……ただの嫌がらせでは済まない、国家反逆に加担した罪を彼女とその家は背負うことになった。
「それでは、お先に失礼いたします」
私は王太子殿下一行を置いて、友人達と共に退席しようとする。
「あ、待ってくれ、ニコル」
友人達の最後尾に並んで退室しようとした時、ヴィーが私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ありがとな!」
「ちょっと、やめて頂戴。それに……裏庭を通ったのは偶然よ」
「それでもさ! お陰でやばい事になる前に何とかなったし」
「そう。でも貴方こそ偶然だったにせよお手柄だったでしょう?」
私はそっけない返事をしつつ、視線を逸らす。
――どうせそういう誇らしげな笑みも、計算の内なのでしょう。
そう思うくせに、なんだか鼓動が少しだけ速い。
表面上だけの、仲睦まじい婚約者。
自分がそれ以外の感情を抱き始めている事に、私はうっすらと気付いていた。
「んー、じゃあさ、ご褒美くれよ」
「ご褒美?」
ヴィーはそう言うと私の手を取り、その甲に口づけを落とす。
「今度、遠くまでデート行こうぜ」
何も今、仲良しごっこをしなくたっていいのに。
そう心の中で言い返しつつも、嫌ではない自分の心が鬱陶しい。
私は少しだけ頬が熱くなるのを感じながら小さく頷いた。
「考えておくわ」
それからこっそりと囁く。
……これが自分の体裁を気にした、いつもの芝居だと思ったから。
「本当は面倒なら後でこっそり教えて頂戴」
「まさか」
けれど……驚くことに即座に囁きが返された。
彼が猫を被らずに返事をするなんて事、そうそうあるものではないのだ。
こういう時は大抵小さく頷くとかこの場では聞き流すとか、そんなものなのに。
そんな驚きを何とか胸の内に留め。
「それじゃあね。護衛、頑張って」
私は少しだけ気分が良くなりながら、今度こそその場を後にした。
「あら、ニコレット。随分機嫌が良さそうね」
「そうでしょうか?」
「ええ。今にもスキップでもしそうな勢いよ」
廊下に出ると、先に出ていたジュリエンヌ様が目を丸くしながらそう言った。
きっとヴィクトル様とお話ししたからね、などという彼女に並び、頬を緩めながら私は扉から離れるのだった。
***
ニコレットが去っていく姿を手を振って見送るヴィクトル。
彼女が扉を閉め、その気配が遠のいていく頃。
「やはり君の言う通りだったね」
「敵国の間者の話が出た時は、まさかと思ったが」
グザヴィエや友人のアンセルムが声を掛ける。
「ちょーっと上手く調べてみただけですよ」
「ちょっと、ね」
ヴィクトルの言葉にグザヴィエは含みのある笑いを零す。
「ねぇ、やっぱり護衛はやめないかい? 私を庇ったせいで万が一にでも君に死なれたら、私が困りそうなのだけれど」
「側近はもういるでしょう?」
「悪いが、お前程の技量はないぞ」
「否定はしないけどさ」
「おい」
「ジョーダンだって」
未だ、扉の方を見ながらヴィクトルはくつくつと喉の奥で笑う。
「まぁ、真面目な話……こういうのが透けると警戒されるでしょ? 切り札ってのは上手く隠すに限りますって」
「確かに、体を張る立場の人間が本当の参謀だなど、考える者はいないだろうがな」
「そーゆーこと」
「……ところで、いつまで扉の方を見てるんだい」
この間の会話中、ずっと視線を扉に向けたままのヴィクトルへ、グザヴィエは苦く笑いながら問う。
ヴィクトルはふっと力なく笑った。
「……さっきのどう思いました?」
「ニコレット嬢の事だね」
「あれは全く心開いてないぞ。というか普段の馬鹿芝居の延長だと思われてるだろ」
「申し訳ないけど……私もそう思うかな」
「……ですよねぇぇぇぇ…………っ」
ヴィクトルはその場に崩れ落ちる。
情けない声が部屋中に響き渡った。
「芝居をし過ぎて本心すら深読みされるって、本末転倒だろう」
「もう既に彼の心はボロボロなんだから、死体蹴りするのはやめてあげなよ」
「甘やかさないでください、殿下。毎度想いが伝わらない度にこんな風になる方が鬱陶しいでしょう。そろそろ本心を伝えさせるべきでは。――婚約前から初恋を拗らせている、と」
「意味ねぇよ! どうせまた芝居でしょって態度とられるに決まってる!」
グザヴィエとアンセルムの生暖かい視線がヴィクトルへ向けられる。
そう――ヴィクトルはニコレットを溺愛していた。
彼女との婚約を両親に提言したのも、その際に政略的な理由を挙げたのも彼だ。
しかし本心では彼女と結ばれたいという一心だったとか。
だがグザヴィエの護衛となる未来が殆ど確定していた立場の彼が最も優先すべきはグザヴィエの安全や地位だ。
彼に最善の結果を与える事を考えるならば自分の腹の底は見せず、『剣術バカ』を演じ切った方が良いと……その様な結論に至ったが故に、長年、こうしてニコレットへの想いを拗らせていた。
「君の賢さに気付いているからこそ、本心で接しても深読みされてしまう、とは……」
「聡明すぎるのも考えものですね……」
策士ヴィクトルはその威厳の一切を失墜させ、床の上で情けなく頭を抱えるのだった。




