第28話 夢の香霞
「ほいっ」
「もう、本当に貴方は……」
「ん?」
一足先に生徒会室へ着いたヴィーは、空いている席の一つに私を下ろす。
文句の一つでも言ってやろうと私はヴィーを見上げるけれど、彼が何も気付いていないかのような顔で笑い掛けて来るせいで小言を言う気が削がれてしまう。
「……やっぱりいいわ」
「そっか?」
芝居だとわかっているのに、強く出る事を躊躇わせるあざとさ。
相変わらずそういう振る舞い方が彼は上手い。
それでも先程までのように過剰な接触をしてこないのは……この後行われる話に相応しくない行いだと悟っているからだろう。
ヴィーは一足先にグザヴィエ殿下の席の傍に移動した。
「ごめんね、遅くなって」
そこへグザヴィエ殿下、アンセルム様、ジュリエンヌ様が生徒会室に入って来る。
「いえ、グザヴィエ殿下。どう考えても非があるのは殿下ではなく私達です。殿下を置いて先に向かうなど」
「えぇー?」
「お前は少しはニコレット嬢を見習え」
「ふふ、気にしないでくれ。さ、セルもジュリエンヌも座って。……ああ勿論、お昼を食べながらでいいよ」
グザヴィエ殿下はヴィーが引いた椅子に腰を下ろす。
促されたアンセルム様もジュリエンヌ様も空いている席に座り、話し合いの場が整ったところでグザヴィエ殿下が口を開く。
「多分察してくれていると思うけれど、君達をお昼に誘ったのには純粋に団欒とした時間を過ごす為だけではない。……申し訳ないのだけれど」
「勿論、存じ上げておりますわ。殿下」
「はい。どうか私達の事は気にせず、本題に移ってください」
「ありがとう。それでは早速だが――先の仮面舞踏会の爆破事件について」
(……来た)
グザヴィエ殿下は私を見る。
「ニコレット嬢。君はその現場にいたそうだね」
「はい。とはいえ、爆破の原因、理由、事件の犯人の思惑などまでは見当がついておりません。ただ……あの会場に、ラガルド第二王子殿下がいらっしゃった事は確実かと」
この場で、ジュリエンヌ様だけが顔色を変えた。
グザヴィエ殿下やアンセルム様が特に動じていなかったのは、既に殿下の部下やヴィーから詳細を聞かされていたからだろう。
「仮面舞踏会に?」
「はい。ジュリエンヌ様もご存じの通り、我が家も王宮主催の夜会など、王族の方々にご挨拶をする機会はこれまでもございました。ラガルド殿下のお顔も勿論覚えておりますし、何より……ご本人が名乗られました。耳打ち程度でしたから、私以外には聞こえていなかったかと思われますが」
「……という事は、爆破事件の黒幕はラガルド殿下である、と?」
「ああ、そうだね。私の部下も皆そのように言っている。ただし爆破は目的ではなく、結果だ」
重ねられたジュリエンヌ様の問いにはグザヴィエ殿下が答えた。
彼は真剣な面持ちのまま、静かに目を細める。
「私は件の仮面舞踏会の裏でラガルドが第二王子派の貴族やバリエ伯爵と密会する可能性について事前に耳に入れていた。だからこそ何名かをその現場に忍び込ませ、少しでも怪しい動きを見せれば即刻捕らえるつもりだった」
「結果、彼らは一般参加者には用意されていなかった個室内でラガルド殿下を支持する旨の発言、並びにグザヴィエ殿下と殿下に付く重臣らの殺害に関する発言が確認された」
グザヴィエ殿下の言葉に続いて明かされたアンセルム様の言葉は、淡々としていた。
けれどそれがどれだけ重大な事であるか、私とジュリエンヌ様は理解している。
故にその深刻さから言葉を失った。
「言質も取れたからね。当初の予定通りに関係者の捕獲が行われた訳だ。……爆発が起きたのはそんな最中の事だったらしい」
「……口封じ、ですか」
「ああ」
ジュリエンヌ様の問いにグザヴィエ殿下のは頷く。
「ラガルドは事前に用意させていたようだね。魔力を込める事で起動する魔導具を会場の西側に設置していたらしい。そして味方が捕らえられたと知った途端、彼は自分に関与した者達が捕縛後に情報を漏洩させることを恐れて爆破させた」
「……酷い話だわ」
「そうだね。……まあ、仮面舞踏会の件についてはこれが真相だ。まさかここまで過激な手段を用意しているとは思わず、対策し切れていなかった。……ニコレット嬢には迷惑を掛けたね」
「いいえ。……しかし、爆発物が用意されているとわかっているような場所で平然と密会が出来るものでしょうか? 全員ではなくとも、一部の者は爆発物について知っていてもおかしくはないでしょう」
「勿論、別で用意させていたという可能性も拭えなくはないけれど……今回に関して言えば、ニコレット嬢の言う通りだったのだろうね」
「と、言いますと?」
グザヴィエ殿下は憂いるように長い睫毛を伏せた。
彼は視線の先で手を組みなおしてから、声を低めて答えた。
「ラガルドは……『夢の香霞』を所持している可能性が高い」
「「な……っ!」」
私は思わず息を呑み、ジュリエンヌ様は席から腰を浮かす。
――『夢の香霞』。
三魔法器にして、ソニストゥセ王国が保有するはずの禁忌の道具。
……世界滅亡という脅威の可能性を秘めた、恐ろしい道具。
驚きから、グザヴィエ殿下の姿を視界に留める事しか出来ない私達。
そして事情を既に知っており、深刻な面持ちのまま押し黙るグザヴィエ殿下達。
生徒会室には重く昏い空気が流れていた。




