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【連載版】王太子でも聖女でも悪女でもなく、一番の策士が『剣術バカ(嘘)』の私の婚約者の件  作者: 千秋 颯@3/6「選ばれなかった令嬢~」アンソロ発売!
第三章 さよならに嘘の嘘を添えて

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第27話 日常の片隅で

 もっと早く、こうしておけば。

 そんな事を思う頃には手遅れな事ばかりで。


 いくらでも好機はあったはずなのに。

 何故もっと早く、覚悟を決められなかったのだろう。




 どこからか雨水が滴る音が聞こえる。

 人気のない建物の中に身を潜めた彼は、ぐったりとしている女性を腕の中に抱える。


 動かない女性の唇に、自分の唇を重ねる。

 咽返る程に苦々しい、鉄の味が口いっぱいに広がっていた。


 それを噛みしめてから、青白い頬を優しく撫でる。

 薄く開かれたままの瞳はぼんやりと彼へ向けられていた。


「だいじょーぶ。絶対に助かる。だから安心して、今は寝てればいい」


 二人が身を寄せる地面はじわじわと赤黒いシミが広がっていく。

 それを彼女が見なくて済むように、彼は薄く開かれた両目を片手で覆った。


 何も気掛かりな事はないと、不安や恐怖を感じずに済むようにと、彼はのんびりと一人で語り始めた。

 その殆どは他愛もない事だった。


「……ニコル?」


 ふと、彼が声を掛ける。

 返事はなかった。


「疲れたなぁ」


 同意を求めない、小さな呟きが苦笑交じりに漏れた。


「…………今から言うのは嘘だから、聞き流してくれていいんだけど」


 遠くから降り注ぐ雨の音を背景に、彼は口を開く。

 なんとか取り繕った前置きを並べて、内心で苦々しい気持ちを抱える。

 過る過去の光景に、後悔が膨らんでいく。


(約束、したのになぁ)


「――愛してる」


 結局、全てを取り繕わずに口にする事は出来なかった言葉。

 それでも、どんな形でも……正しく伝わらなかったとしても、自分の口から伝えたいと思った。


「ずっとずっと昔から……それにこれからだってさ。ずっと、愛してるよ」


 女性の頬に雫がいくつも落ちる。

 今いる場所には屋根があって、雨など入り込む余地もないというのに。


「ニコレット」


 何度も、愛する人の名を繰り返した。

 一度呼ぶ度に、いくつもの思い出が過っては消えていく。


 やがてその胸が喜びや感謝でいっぱいになった頃。

 掠れ、震えた声に微笑みを乗せて、彼は声を絞り出す。


「――俺を見つけてくれて、ありがとう」


 聞こえていたのだろうか。

 覆われた目から、一筋の涙が顔を伝って落ちていくのだった。



***



「おい、どういう状況だ」


 学園の昼休憩。

 私とヴィー、ジュリエンヌ様がベンチの上でそれぞれ食事をとっていると険しい顔のアンセルム様と、いつも通り穏やかな微笑みを浮かべているグザヴィエ殿下がやって来る。


「どういうって」


 ヴィーはアンセルム様の問いにきょとんとした。


「怪我をしてる婚約者に飯を食わせてるだけなんだけど?」


 彼はそう言いながら、私の軽食を私の口まで運ぶ。

 ……自分の膝の上に私を乗せながら。


 私とヴィーは明らかに周囲の視線を集めているというのに、ヴィーは何故か何も気付いていないかのような様子を見せている。

 どう足掻いても恥ずかしさを拭えず、顔に熱を溜める私とは大違いだ。


「そうではない! お前の、役目はっ、殿下の……護衛、だろうがっ!!」

「ぎゃあ!! いでででっ、いででででっ」


 アンセルム様はヴィーの耳を抓ると、千切れんばかりに引っ張った。

 ……いや、この状況についてもツッコんでくれていいのですが。

 そんな心の声はアンセルム様には届いていないのだろう。


「だって、ニコルがこんなに怪我してるんだぞ! 一人じゃ大変だろ!」

「……いえ。貴方は仕事に戻るべきよ、ヴィー」

「んなぁ!?」


 羞恥に何とか耐えながら、私はなるべく真面目なトーンでヴィーに言う。


「ニコル……ッ!」

「私、そもそも歩けるし食事だって自分で食べられるわ」


 助け舟を求めるような視線を向けられるが、私はそれから目を逸らす。

 だって事実だ。

 確かにまだ包帯はついているし普段より煩わしさはあるけれど、私生活に支障をきたす程ではないのだ。


 自力で生活できる婚約者の世話よりも、グザヴィエ殿下の護衛の方を優先すべきというのは至極当然の話だった。


「ほら、行ってきなさい」

「そんなぁ!」

「ニコレット嬢本人がこう言っているんだ。さっさとしろ」

「ケチ! ……あぎゃっ!! ごめんなさいごめんなさい……っ、引っ張るなってぇっ!」


 私はヴィーの隙を衝いて彼の膝からおりる。

 すると彼はあっという間にアンセルム様に腕を掴まれ、ベンチから引きずり下ろされた。


「まぁまぁ、セル」


 情けなく地面にひっくり返ったヴィーを片腕だけで生徒会室まで引きずって行こうとするアンセルム様。

 そんな彼をグザヴィエ殿下が止める。


「本人が大丈夫と言っていてもヴィーは心配なんだと思うよ。彼はニコレット嬢の事が大好きだし、数日間学園でも会えなかったし」

「数日だけでしょう!?」


 私の怪我は大したものでもないし、休んだ理由も怪我の回復を待ってのものではない。

 グザヴィエ殿下のフォローが罷り通ってしまえば、ただただヴィーが婚約者である私に依存している男だという事になってしまうのだが。

 即座に打ち返したアンセルム様の反論は、至極真っ当なものだったと言えるだろう。


 しかしどうやら、グザヴィエ殿下のこの言葉は単にヴィーが駄目人間であるという事を周囲の生徒達に印象付けさせるためのものではないらしい。

 彼は私とジュリエンヌ様を見た。


「どうかな。もしジュリエンヌとニコレット嬢さえよければ、一緒に食事をとらないかい。私は生徒会長としての仕事があるから、生徒会室で、という事にはなってしまうのだけれど」


(なるほど)


 私は納得する。

 どうやらグザヴィエ殿下とアンセルム様はヴィーだけではなく私達も呼びに来たようだ。

 恐らくは……仮面舞踏会についての話だろう。


「殿下ぁ……!」

「はぁ……殿下はこいつに甘すぎますよ」


 目を輝かせるヴィーと、呆れた世数で眼鏡を押し上げるアンセルム様。

 いつも通りを演じている二人の芝居に気付きつつ、私はジュリエンヌ様に目配せをする。

 ジュリエンヌ様も三人の意図には気付いたのだろう。

 グザヴィエ殿下のお誘いに頷きを返した。


「勿論ですわ」

「はい。是非」


 私達は広げていた昼食を纏めて席を立つ。

 その時だ。


 ひょい、と私の体が浮き上がる。


「きゃ……っ」


 ヴィーだった。

 いつの間にかアンセルム様の手を振り払ったらしい彼はさも当然のように私を抱き上げていた。


「大丈夫だって言ってるでしょう?」

「んー? でも、行く場所同じだろ? なら別にいいじゃねーか」

「良くはな……ちょ、ちょっと……っ」


 私の言葉など聞きもせず。

 ヴィーは上機嫌で中庭前の外廊下まで飛び込むと、生徒会室まで走り出した。


「おい、廊下を走るな! というか、殿下のお傍につけお前はっ!!」

「元気だねぇ」


 アンセルム様の怒号と、のんびりとしたグザヴィエ殿下の声は、あっという間に私達から遠ざかっていく。

 離れていく二人。

 いつも通りの振る舞いを心掛けている彼らの顔に僅かな翳りが見えたのを、私は見逃さなかった。

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