第24話 追い詰められる
辺りから響く爆発音と、どこかが崩れる音。
テーブルはひっくり返り、衝撃に耐えかねた天井がシャンデリアごと落下する。
「逃げろ!」という誰かの叫びをきっかけにして、パーティー参加者は一斉に出口へと向かって走り出し、あっという間にダンスホールは阿鼻叫喚となった。
中の様子を見ようとホール内へ足を踏み入れた私は、出口へ向かう人の波に呑まれ、上手く身動きが取れなくなる。
その間も爆発は繰り返され、あっという間にホールには煙が立ち込める。
「火だ! 火が出ているぞ!」
どこからか火災の発生に気付く声が上がり、周囲はより大きな混乱を招いた。
建物の倒壊や爆発の危機。
おまけに火の手が広がる前に逃れなければならないという時間制限。
それらにより、人々の心の余裕は失われていく。
押し寄せる人混みの中、私は転倒を防ぐので手一杯だった。
人の流れに呑まれたまま、自然と建物の出口まで流されていく。
そんな最中。
「うわぁぁんっ、おかあさまぁ……!」
遠く――ホールの方角から幼い少女の声が聞こえる。
「……ッ!?」
(子供……!? どうしてこんな所に!)
「おかあさまぁっ、たすけて、たすけてぇっ」
子供の悲痛な叫びが聞こえる。
しかし皆が逃げる事に必死で、私以外にその声に気付いている様子はなかった。
「っ、待って……っ」
私は声のする方へ向かおうと、人の流れに逆らおうとする。
けれど、私一人ではなすすべもなく……私はそのまま建物の外まで押し出されてしまった。
「……っ」
外から見る建物の外観は酷いものだった。
窓ガラスは殆どが割れ、西側は一階が完全に潰れている。
また建物を覆い隠すかのような黒煙の中からは確かな赤い明かり――炎が姿を見せている。
(……ヴィーは大丈夫かしら)
ヴィーは恐らく、第二王子派の動向を掴む為に仮面舞踏会を訪れたのだろうが、きっとこの爆発は彼にとっても想定外であったはずだ。
でなければバルコニーで別れる前、もっと強く私の帰宅を促したはず。
であるならば彼がこの爆発に巻き込まれている可能性も充分にあった。
建物の変わりようを見た私は先程別れたヴィーの身を案じる。
しかしその不安はすぐに頭から取っ払った。
(……いいえ。彼ならば大丈夫でしょう。それよりも、先程の声が気掛かりだわ)
ヴィーがこの場に来ているという事は、恐らく他にもグザヴィエ殿下の部下が来ているはず。
そう判断した私はそれらしき人物を探そうと視線を巡らせる。
その中で。
「女の子を見ませんでしたか!? わ、わたくしの娘が、見当たらないんです!」
顔を蒼白とさせた夫人の姿を見つける。
彼女は見知らぬ男性へ次々と縋りついて泣きじゃくっていた。
「あの子がいなければわたくし……っ、わたくしは……っ」
(やっぱりあの時の声は聞き間違いじゃない……っ)
私は再び建物を見上げる。
数分の内に、黒煙も火の手も大きさを増している。
誰かが早々に向かわなければ、手遅れになるだろう事は明らかだった。
(危険なのはわかってる。それに、こんなパーティーに連れて来られる子供がいるとして、それがどんな事情であるのかも)
私は僅かに躊躇する。
けれど先程聞いた助けを求める声を思い出してしまえば、あの声の主を切り捨てる事は出来そうにもなかった。
――無茶なことはするなよ。
ヴィーの言葉を思い出し、苦く笑う事しかできない。
(立ち回りに関して言うなら……少しは、彼を見習うべきなのでしょうね)
合理的な選択が分かっていながらそれを選べない私は、彼よりも未熟と言えるだろう。
私は人差し指を立て、宙で振りかざす。
刹那。
頭上から多量の水が降り注ぐ。
(でも)
水浸しになった私は着けていた仮面を取っ払い、放り捨てた。
(こういう時に私がじっとしていられない性格だという事は、もうわかっているでしょう)
ごめんなさいね、と心の中で謝罪を零し。
「あっ、おい!」
「危ないぞ!」
周囲の人々の脇を擦り抜けて、私は建物の中へと飛び込むのだった。
(視界が悪い。……それに熱い。長居は出来ないわ)
私はハンカチで口を押えながら二階へと向かう。
魔法で指先に光を灯し、前方をテラスも、建物の証明はほとんど機能していないせいで辺りは非常に暗い。
私は周囲に注意しながら散らばる瓦礫やガラスを踏みしめ階段を上った。
すると、ホールの方から子供の泣き声が聞こえてくる。
「……っ」
ホールへ飛び込む。
室内は既に半壊しており、あちこちに柱や天井の残骸が散っている。
その中で、座り込んだまま泣きじゃくっている幼い少女がいた。
「っ、大丈夫!?」
駆け寄れば、彼女の足首が酷く腫れている事が分かる。
恐らくは騒ぎの際に突き飛ばされ、挫いてしまったのだろう。
私が近づくと、安堵からか少女はより大きな声で泣きじゃくった。
「遅くなってごめんなさい。もう大丈夫よ」
私は少女を抱き上げ、彼女の頭にも魔法で生成した水を被せてからホールの外、階段へと急ぐ。
とはいえ足場は酷く不安定だし、力仕事なんて一切しない私にとっては小さな少女を抱えて移動するのすら一苦労だ。
せめて転ばないようにと注意しながら可能な範囲で先を急いでいると、階段方面から男性の声が聞こえた。
「っ、こちらです!」
服装は一般参加者と同じ。しかし取り乱した様子もなく、先程逃げ惑っていた大勢に比べて明らかに冷静だ。
恐らくはヴィーと共にパーティー会場に潜伏していたグザヴィエ殿下の部下だろう。
騒ぎに巻き込まれた人の救助にギリギリまで当たっていたのだと思う。
「私は一人で動けます。この子を……っ」
「はい。……っ、直にここも崩れます。今すぐに退避を」
男性は少女を預かると進路を魔法で照らしつつ、先導して階段を下りていく。
周囲からは未だ建物が大きく崩落しては足場を揺らしていた。
少女を抱えた男性が先に一階へと辿り着き、私もそれへ続こうとする。
階段を下りればすぐ目の前が出口だった。
しかし。
一際大きな爆発が響き渡る。
私は咄嗟に足を止め、腕で頭を庇った。
その時だ。
前方で天井が崩れ落ちた。
同時に、これまでよりも濃い黒煙が雪崩れ込む。
瓦礫を伝うように炎までもが迫り始める。
「っ、ご令嬢……!」
前方は見えない。
けれど声が聞こえてきて、どうやら先を進んでいた二人が無事である事だけはわかった。
「っ、無事です! 先に脱出を!」
「しかし!」
「私は別の場所から出ます!」
互いにこの場に留まるのは危険だった。
私はそう言い残すともう一度階段を駆け上る。
別の場所から、とは言ったものの、当ては殆どなかった。
廊下は既に瓦礫だらけで進めるような状況ではなかったし、西側の損壊は特に酷い。
となればホールの東側にあるバルコニーくらいしか、外に繋がる場所はなかった。
(ここは二階なのだけれど……迷っている暇はないわね)
煙のせいで既に喉はカラカラで、涙が止まらない。
苦しくて息を吸い込もうとすると、煙を吸ってしまって、喉が詰まってしまう。
これ以上は限界だと体が訴えていた。
このままではいつ動けなくなるかも、建物の倒壊に巻き込まれるかも定かではない。
躊躇っている余裕はなかった。
私は意を決すると走り出す。
ホールまで戻り、散らばる瓦礫を飛び越え、何とかバルコニーまで辿り着く。
扉は既に爆発の衝撃で吹き飛ばされていた。
そして私がバルコニーへ転がり込んだその時。
背後から凄まじい音と振動が襲う。
その衝撃に驚いた拍子に私は転倒してしまい、散らばっていたガラス片が手や足を傷付ける。
痛みに顔を顰めながらも振り返った私は、視線の先にある光景に苦く笑う。
「……ここ以外に逃げ場はないという事ね」
ホールへ続く扉の先は瓦礫によって埋まっていたのだった。




