第20話 葛藤
ヴィクトルは一階のロビーから個室が並ぶ廊下へ潜り込む。
他にもグザヴィエが用意した数名の諜報員も同じ会場に潜り込んでいるはずだがそれぞれ別行動であるので、ヴィクトルもまた単独で動いていた。
今回のパーティーでは客人用には解放されていない事になっているが、実は一部の貴族はこの廊下を出入りしていた。
(……まずいな。早々に手を打たなければ)
ヴィクトルの情報収集は順調だった。
彼は個室に集う第二王子派達の話を盗み聞きながら今後の動き方について考えを巡らせる。
「さすれば、グザヴィエ殿下と彼らにつく重臣を殺害する事も出来るだろう。余計な犠牲もつくかもしれないが、全てはラガルド殿下を王座に就かせる為……」
(とはいえ、今回の件でここに集った第二王子派の殆どは捕まえられそうだ。ある程度牽制にはなるし、彼らを捕らえればまた新しい情報も得られるだろう。問題は……ここにいるだろうラガルド殿下の扱いか)
相手が王族ともなると、捕縛はより慎重に行わなければならない。
他の貴族は嫌疑によって捕らえる事も出来るが、相手が王族ともなると確実な情報が出るまで拘束が難しい。
王族を捕らえるのに、『間違い』や『証拠不十分』は許されない。
今回、ヴィクトルは第二王子派の会話内容から彼らの企みに関する情報を入手した。
だが、ラガルド殿下本人が関与している物的証拠がある訳ではない。
ラガルド殿下が仮面舞踏会に参加していた事を『偶然』と主張されれば、現状は逃げられる可能性もある。
そうなればグザヴィエ殿下への批判だって集まってしまう――彼の立場を揺らがせてしまうだろう。
(一度、第二王子派の貴族を捕らえて、確固たる情報を得てからでなければラガルド殿下を捕らえるのは難しいな)
ヴィクトルは粗方の情報を集めてから、早々に一階のロビーまで戻る。
潜伏しているほかの仲間に指示を出す為だった。
***
「ヴィー。証拠を掴んだとしても、くれぐれも自分で捕まえにはいかないでくれよ」
仮面舞踏会への参加を決め、詳しい段取りの相談をしていた時、グザヴィエはヴィクトルにそう言った。
「わーかってますよ。万一にでも取り逃がした挙句、隠してきた俺の立場が漏れたら今以上に動きづらくなりますし。自力で動くのはイレギュラーの時だけにします」
「うん。君の頭脳を失う訳にはいかないからね。関係者の確保に動けると判断したら、後は共に派遣する諜報員と別の騎士に託して欲しい」
「はーい。わかりました」
***
ヴィクトルは騎士としての優れた身体能力を持っていても、現行犯として第二王子派を捕らえる事は許されていない。
その為彼は諜報員に合流し事情を話し、第二王子派の捕獲は任せる事にした。
(あとは……念の為、ラガルド殿下でも監視しておくか。確認したい事もあるし、それに味方が失敗をすれば流石に俺も応援に行かないといけなくなる。出来るだけで入口に近いところで監視に徹そう)
ヴィクトルはそうしてダンスホールまで戻った。
そしてそこで、信じられない光景を見たのだ。
「どうか、わたくしと一曲、踊ってはいただけませんか?」
ラガルド殿下の厚顔無恥ぶりは舞踏会会場でも健全だったので、彼がいる事を知ってさえいればすぐに見つける事が出来た。
問題だったのは……そんな彼に、何も知らないニコレットが叱咤し、挙句の果てにダンスに誘う姿だった。
(――まずい。彼女とラガルド殿下は相性が悪い)
彼女らしい選択だとは思う。
相手が、王太子の座を狙うラガルドでさえなければ、彼女の行動は何の問題もなかった。
だが……相手がラガルドであるが故に、事態はニコレット自身が思いもよらない程に最悪な方へと進もうとしていた。
(……どうする)
ダンスに興じる二人を見つめながらヴィクトルは考える。
二人はホールの中心にいる。ダンスが終わってすぐにニコレットを引き剥がそうにも、そうすれば出入口が遠のき、味方の動きに対応しづらくなる。
おまけに、今のヴィクトルはニコレットと何の関係もない青年として舞踏会に参加している。
何か事件が起こる前に接触すれば、どうしたって不自然になってしまうだろう。
ヴィクトルは迷った。
王太子従きの騎士である以上、最優先すべきは彼から与えられた任務。
任務の最善を尽くそうとするならば、ニコレットの事からは目を逸らすべきだった。
けれど、ダンスが終わっても解放されていないニコレットを――彼女の仮面に手をかけるラガルドを見た瞬間、ヴィクトルの体は動いていた。
「――失礼」
***
――どうかしてる。
自分でもそう思う、とニコレットの腕を引きながら思う。
今までこんな事はなかった。
元々騎士として生きる家に生まれた事もあり、自分の全てを王太子に捧げるのだという覚悟は幼い頃から備えていた。
おまけにヴィクトルは他者よりも感情に振り回されにくい、理性的な人間だった。
だからこそ彼は自分の行いに少なからず困惑していた。
(ニコルの顔が曇るには見たくなかった。何より……あんな風に彼女を欲するような男からは引き剥がしたかった)
存外、自分は感情的な未熟者なのかもしれない、とヴィクトルは思った。
接触してしまったものは仕方がない。
ならばせめてこれ以上、彼女がラガルドと接触しないよう、そして第二王子派の確保によってこの会場が騒がしくなる前に帰るよう促さなければ。
そうしてヴィクトルは、『偶然出会った紳士』として振る舞い、彼女をバルコニーに置いて任務へ戻ろうとした。
けれど。
「っ、あの……!」
立ち去ろうとした背中に声を掛けられ、ヴィクトルは振り返る。
そして気付いてしまった。
仮面の下から覗く紫色の瞳の揺らぎと、何かを堪えるように口を引き結んだ口。
彼女が――『赤の他人』には決して見せないだろう顔をしている事に。




