第16話 仮面舞踏会へ
「太古の時代。人はより多くの魔法を扱うことが出来たとされています」
ある日の王立魔法学園。
ジュリエンヌ様や友人達と共に、魔法史の講義を私は受けていた。
「中でも強力過ぎた魔法は世界を滅亡へ導くきっかけともなり得ると懸念され――最後には創造神によって人類はその力を剥奪されたとされています。それが『時』魔法、『夢』魔法、『天』魔法です。現代に生きる私達は身体構造上の問題で、この魔法を使うことが出来ません。しかし、例外はあります」
講師が黒板にチョークを走らせる。
しかしそんな彼女の言葉を真剣に聞くものは少なかった。
何故なら、この範囲の話はあまりに有名だから。
「古代人によって創造された魔導具。それが現存している場合に限り、我々は魔力の注入とその魔導具の発動条件さえ満せば古代の魔法を使うことが出来る。そしてそれを可能とする、強力にして危険とされる魔導具を――魔法器と言います。現存している物が三つである事から、三魔法器という総称で呼ばれる事もありますね」
遥か昔、三魔法器を持つ国々を中心に起きた大戦により、世界は滅びかけたという。
このまま戦を続ければ人類は滅亡しかねない。
そう判断した三つの大国は、それぞれの主力として用いていた魔法器を厳重な管理下のもと封印し、二度と使用しないという誓いと共に協定を結んだ。
レグリアス王国は『時の銀針』
ソニストゥセ王国は『夢の香霞』
カエロラーレ王国は『天の斎盃』
互いに隣接し、武力が拮抗していた三国は『この誓いが破られた時、この協定は終わりを迎え、裏切者は二国により制裁を受ける』という取り決めのもと、戦を放棄した。
「ここまでで質問のある方はいますか?」
……そんな話を一通り説明し終えた講師はそう問いかける。
すると一人の生徒が手を上げた。
「あのぉ。三魔法器って本当に実在するんでしょうか。我が国にもあるって言いますけど、どこに隠されているのかは分からないですし、それぞれの魔法が齎す効果や発動に必要な条件っていうのもその……詳細は殆どわかっていないと聞きますし」
「勿論。存在はしますよ。時の銀針の保管場所が明らかにされていないのは万が一にでもそれに手を出そうとしない為の対策だとか。時の銀針については歴史書などでもう少し詳しく記されているものがありますから、是非調べてみてください」
時魔法は時間軸に干渉する魔法。未来や過去に干渉することが出来るとされている。
夢魔法と天魔法に関しては他国の管轄であるからなのか、時魔法よりも詳細は分からない。
『夢』は精神干渉系、『天』は天候に絡んだ魔法だ、と。
私達、レグリアス王国の民が知っているのはそのくらいである。
「さて、他に質問がないようでしたら、本日はここまでとしましょう」
その言葉を合図に、講義は終わりを告げた。
***
「ん、ダンスパーティー?」
「ええ。丁度一週間後なのだけれど」
魔法史の講義の後。
偶然廊下をすれ違った私に当たり前のように抱きついてきたヴィーを引きはがしながら、私は友人の家が主催のパーティーに参加する旨を伝えた。
「行ってきてもいい?」
「そりゃ、勿論。あ、俺いた方が良いやつ?」
「いいえ。今回は一人参加できるから、気にしないで」
「よかったよかった。丁度その日用事があったから」
「そもそも、ヴィーはダンスがそんなに得意ではないでしょう? パートナー必須のダンスパーティーなら私ももう少し考えるわ」
「うっ、いや、ニコルが行きたいなら俺だって付き合うって」
痛いところを突かれたと言わんばかりにヴィーは苦々しい顔をする。
「悪いな、パーティーの参加も気ぃ遣わせてるみたいでさ」
「気にしないで。面倒だからあまり行かないというのが大きいから」
その後、グザヴィエ殿下を待たせているからと去っていくヴィーに手を振り、私は彼と別れるのだった。
***
一週間後。
一度帰宅した私はドレスアップをし、仮面舞踏会の会場へ向かう。
会場前、馬車を降りると同時に目元を隠した仮面を付け、貸し切られたホールへ足を踏み入れるのだった。
***
冷えた夜風が吹く外。
上質な衣装を身に纏った青年は仮面で顔の半分を隠し、迷いない足取りで仮面舞踏会会場まで訪れる。
入口に立っていた受付係が青年を呼び止めた。
「招待状はお持ちですか」
「ええ」
青年は仮面の下、穏やかで品のある笑みを湛えながら一通の封筒を受け付けの者へ渡す。
「……はい。確認させて頂きました。どうぞ」
封筒に入っている招待状が本物であることを確認した受付は青年を建物の中へと案内する。
青年はそれに続いて歩き出す。
彼の紺色の髪が、夜風に靡いて揺れていた。
***
仮面舞踏会会場であるホールの裏側、その個室の一室。
一人掛けのソファに腰を沈め、脚を組む青年がいた。
彼の前には中年の男――仮面舞踏会の主催である伯爵が頭を垂れている。
「この度はご足労頂きまして誠にありがとうございます」
「フン。まさかこの僕を待たせるとはな」
「申し訳ございません。馬車が遅れているようでして。もしよろしければお待ちの間……パーティーをご覧になられませんか?」
「隠れ蓑に用意されただけの陳腐な催しを? そんなもので興が乗るものか。……だが」
鋭い目が伯爵を見下ろす。
「いいだろう。暇を潰すだけのものとなり得るか、確かめてやる」
傍に控えていた者達にジャケットと仮面を用意させた彼はソファを立ち、出口へと向かう。
伯爵は使用人に青年を案内するよう命じ、その背中を見送る。
「いってらっしゃいませ。――ラガルド第二王子殿下」
閉まる扉の先に消える青年の姿。
それを映す瞳の焦点は合っておらず、昏く濁っているのだった。




