第14話 小さなお友達
重く苦しい空気がガゼボに流れる。
しかしその空気を壊すように、軽い足音が近づいて来る。
ガゼボへと駆け寄るクロエ様のものだった。
「アンセルムさま」
「クロエ」
何かを報告に来たのだろう。
彼女は初め笑顔を浮かべていたが、アンセルム様の表情に翳りを見つけると途端に不安そうな顔をした。
「具合が悪いのですか」
「ああ、いや。そうじゃない。少し真面目な話をしていたんだ」
アンセルム様は優しく微笑むと私へ視線を向けた。
つられるように、クロエ様の大きな瞳が私を映した。
クロエ様はおずおずと頭を下げる。
私はそれに応えるように微笑みを返した。
……何とも言えない気まずい空気が流れる。
直前の会話の空気を引きずっているせいで私とアンセルム様の気分は沈んでいたし、クロエ様も自ら話題を広げられるようなお方ではない。
私かアンセルム様が話の主導を握るとなれば、まだ私が適任だろう。
彼は仕事や自身の役目に対する発言力はある一方、プライベートな雑談などになると途端に口数が減るタイプだから。
そう思っていた時。
「クロエ」
ジュリエンヌ様が遅れてガゼボへと訪れる。
彼女はクロエ様の両肩に手を置き、彼女の耳元で囁く。
「お二人を誘いに来たのよね。一緒に遊びましょうと」
「私達を?」
クロエ様が小さく頷く。
それから上目で私達を見つめ……
「……だめ、でしょうか」
と聞いた。
「行きましょう」
「即決ね……」
「当然です」
私は即座に席を立つ。
「さあ、アンセルム様も」
「え?」
「こんなに愛らしい婚約者様がお誘いに来たのですよ。応えて差し上げなくて如何するのです」
「あ、ああ」
私が促せば、遅れてアンセルム様も席を立った。
クロエ様は自分の誘いに乗った私達を見て安堵の表情を浮かべる。
「どこへ行かれますか?」
「あの、あっちの方に」
クロエ様は庭園の先にある温室を指し示した。
それを確認してから、私とアンセルム様は歩き出す。
その時だった。
「あ、あの……!」
ぐい、と腕を引っ張られる。
体が傾き、驚いてそちらを見れば……クロエ様が私の腕に自分の腕を絡めていた。
もう片方ではアンセルム様が同じ様な格好になっている。
「あの……お、おと、おともだち……っ、です、から」
私達を引き寄せたままクロエ様が言葉を絞り出している。
きゅ、と絡んだ腕に僅かな力が入っていた。
「……なか、なおりを…………」
「「……仲直り?」」
クロエ様の言葉に、私とアンセルム様は顔を見合わせる。
互いに思考の整理をするのに数秒使った。
やがて私達は――同時に、プッと吹き出す。
「……全く。言っただろう、クロエ。彼女とはただ話していただけだ。喧嘩はしていない」
「へ」
「そうですね。……大丈夫ですよ、クロエ様。私もアンセルム様も仲良しですから」
仲良し、という程の関係かは怪しいところではあるが。少なくとも互いに良質な信頼関係は築けていると言えるだろう。
私はクロエ様の前にしゃがみ込む。
「そして……アンセルム様と仲良しのクロエ様とも、是非お友達になりたいです。よかったら、私とも仲良くして頂けませんか?」
「っ、は、はい」
「ではこれからは私とクロエ様もお友達、ですね」
私はアンセルム様へ目配せをする。
その視線の意図に気付いたのか、彼はハッと息を呑んだ。
私とクロエ様は友人になった。
『これから』先……長い関係を前提としたお付き合いだ。
「ではいきましょう。温室、楽しみですね」
私とアンセルム様はクロエ様に腕を引き寄せられたまま歩き出す。
その隣ではジュリエンヌ様も微笑ましそうにしていた。
「ニコレット嬢」
移動の最中、アンセルム様が私の名を呼ぶ。
「……ありがとうございます」
その声は少しだけ、先程よりも柔らかい印象を抱く。
別に、大したことはしていない。
私は元々、この天使のように愛らしい少女と仲良くなりたいと思っていた。
……それだけ。
けれどそれでも、彼の心が少しでも救われたというのならば……
「――どういたしまして」
***
温室を見て回った後、クロエ様は疲れ切ってしまったらしい。
温室に置かれたベンチに腰を下ろしたかと思えばすやすやと眠りに落ちてしまった。
隣に座っていたアンセルム様に当然のように寄り掛かって眠る彼女を見ていれば、クロエ様がアンセルム様にどれだけ心を開いているかはよくわかる。
眠ってしまったクロエ様を気遣うアンセルム様の視線もまた、とても優しいものだった。
「まるで、兄妹みたいですね」
「……そうですね」
ジュリエンヌ様の声に、アンセルム様は瞬きを繰り返す。
それから柔らかい笑みを浮かべた。
堅物のような印象が強かった彼のこんな一面を見る日が来ようとは、と何だか少し感慨深くなる。
ジュリエンヌ様にとっても彼の様子は意外だったのだろう、感嘆混じりの息を吐いていた。
さて。
この温室の中の空気は穏やかで、すっかり良い雰囲気だ。
……しかしそんな空気を台無しにする存在に私とジュリエンヌ様は気付いている。
壁際のベンチに座っているアンセルム様とクロエ様の背後。
ガラス張りの壁の先に張り付く人間がいた。
「……ニコレット」
「知りませんよ」
「でも」
「目を合わせない方が良いです。調子に乗るんで」
壁の先。
物言いたげに……いや、何故か恨めし気な顔でアンセルム様の後頭部を睨んでいるヴィーの姿があった。
そんな彼から目を逸らし、美しいものだけを見ようと抗ってみるものの、彼の隣で苦笑いしているグザヴィエ殿下が手を振っている事に気付いてしまう。
流石に殿下を無視するわけにはいかない。
私は溜息を吐きながら、二人を迎えに行くことにした。




