第13話 秘められた事情
その後、ジュリエンヌ様とクロエ様はアンセルム様の許可を得て侯爵邸の庭園へ向かう。
私とアンセルム様は庭園のガゼボから二人が楽しそうに話している姿を眺めつつ、お茶をしていた。
「年下はあまり得意ではありませんか」
アンセルム様が口を付けていたティーカップを戻しながら問う。
私がクロエ様と積極的にお話しない姿を見て気に掛けてくださったのだろう。
「そういう訳ではありません。ただ、折角ジュリエンヌ様に心を開いているのであれば今は出来るだけ緊張を解いてあげる方が、クロエ様の心労も減るかと思いまして。一先ずはジュリエンヌ様と関係を築いていただいてから、ジュリエンヌ様経由で関係を縮めていく方向でも良いのかなと」
「ず、随分と理屈的ですね」
「……まぁ、これは建前です」
「建前?」
「主な理由は二つです。まず一つ目」
私は頷きながら人差し指を立てる。
「…………クロエ様が可愛すぎます」
「はい?」
「クロエ様が可愛すぎます」
私は至極真面目な顔で繰り返す。
三秒程、アンセルム様の動きが完全に止まった。
「私とて、クロエ様とは仲良くなりたいです。しかし現段階で距離を詰めようとすれば、自分を抑えられる気がしません」
「……ニコレット嬢?」
「ジュリエンヌ様以上にクロエ様を愛でてしまいそうで……抱き潰してしまったら困るので、こうして遠目で平然を装っているのです」
「なるほど。俺がどうやらニコレット嬢の事を冷静で聡明な御令嬢であると勘違いしていた事は理解しました」
何故か諦めたような眼差しを向けられている。
寧ろアンセルム様はクロエ様に対して何も感じないのか、と疑問に思うところではあるけれど、異性同士で結婚を前提にした関係……それも八歳も年が離れた小さな子相手ともなると純粋な好意以外の複雑な気持ちが混ざってしまうのは当然の話なのかもしれない。
「次に二つ目」
咳払いを一つしてから私は続ける。
「――私達とクロエ様を引き合わせた本当の目的は何ですか?」
アンセルム様が僅かに目を見開く。
日頃、周りの方に比べればあまり表情が動かない印象を受けるが、その実、彼はヴィーやグザヴィエ殿下よりも考えが読みやすい。
「単なるお友達作りや社会性を磨かせる為、であるならば私達よりも同年代の方をお呼びした方がよろしいでしょう。両家の伝手があればいくらだってお呼びできるでしょうに」
「しかし俺自身も浅い繋がりの方となると、万が一の事もあるし」
「万が一? お二人はどちらも侯爵家の者。そう簡単に嫌がらせを受ける事はありませんし……もし嫌な思いをしたとしても、クロエ様の気持ちが落ち着くまで待ってから仕切り直せばよいはずです。社会性というものが、失敗を経験しなければ培われないものである事は、アンセルム様自身も良くお分かりかと」
長々と話したが、私も別に、アンセルム様が事前にお話しくださった『お友達作り』という目的や、それを達成する為に私達を呼んだという選択そのものを否定するつもりはない。
「ですからお伺いしているのです。私達がクロエ様に出来る事――何をする事を、望んでいるのかを」
暫しの沈黙が訪れる。
遠くでは楽しそうに笑うジュリエンヌ様とクロエ様の声が聞こえていた。
アンセルム様は一度だけそちらを見る。
笑顔を咲かせる彼女を見て、思い悩むように目を細めてから……アンセルム様は深く息を吐いた。
「なるほど……あいつの言う通りという訳か」
「え?」
小さい呟きを聞き返すも、彼は首を横に振った。
「ニコレット嬢の考えている通りでしょう。俺は確かに、お二人に話せていない事があります。けれど望んでいる事そのものは、殆ど変わりません」
黄色の双眸が、私を真っ直ぐと見つめている。
「どうか、彼女の味方となって頂きたい」
「それは……友人、とはまた違う意味合いという事ですね」
単に社会性を磨く為、交友関係を広げる為というだけの話ではない。
それは、目の前の真剣な面持ちを見ればすぐに分かった。
「万が一の際に大きな後ろ盾となって頂ける味方が欲しい。ただこれが単なる押し付けや一方的なものではなく……彼女自身が心を開き、通わせられる存在であって欲しいのです。どんな環境に置かれたとしても孤独を感じさせない、心の支えとなり得る存在に」
私はアンセルム様がクロエ様に何も感じていないのではという先程の考えを訂正した。
彼は間違いなく、クロエ様を愛している。
それはきっと恋慕ではない。
けれど確かな、深い愛情をクロエ様に対して抱いている。
同時に彼がここまで深刻に、真剣になる理由は何だろうか。
「……一体彼女にどんな事情があるというのですか」
どうやら私が突いてしまった話の裏には、ただならぬ事情があるらしい。
それを問うてはみたものの……彼は目を伏せ、首を横に振った。
「申し訳ありません。現状はお話できないのです。しかしきっと……近い未来で知ることになる。身勝手な頼みであることは承知の上ですが、どうかそうなった時……彼女に、寄り添ってやって欲しいのです」
アンセルム様はそう言って深く頭を下げた。
「きっともう、俺達だけの力では……守り切る事ができない」
悔しさや葛藤、苦悩。
苦々しく吐き出される声に様々な想いが滲んでいた。
私は、胸の奥が酷くざわつくのを感じていた。




