第12話 謎多き引きこもり令嬢
クロエ・ラファルグ侯爵令嬢は、アンセルム様の婚約者だ。
ラファルグ侯爵の愛人の子だった彼女は四歳までを市井で過ごし、その後ラファルグ侯爵の養子として迎え入れられたとか。
そんな背景があるので、ラファルグ侯爵家内の家族仲――主に夫人や他の子供達とクロエ様の不仲を疑う者もいるが、それも極一部の者達だけだ。
実際は非常に円満な関係を築いているとか。
クロエ様はまだ八歳で幼く、また病弱だという事もあり、社交界に顔を出した事はない。
しかし夫人や他のご姉妹からはクロエ様に対する不満を聞かないし、寧ろ大変愛らしいのだと自慢して回る姿を何度か見た事があった。
そんな謎多き引きこもり令嬢。
「彼女に会ってやってくれませんか」とアンセルム様に頭を下げられたのは、生徒会で話し合ってから一週間が経った頃だった。
「ご足労頂きありがとうございます。ジュリエンヌ様、ニコレット嬢」
ブランシャール侯爵邸へ赴けば、アンセルム様が丁寧に迎え入れてくれる。
私と同様の相談を受けたジュリエンヌ様も一緒だ。
そして……
「…………人が多すぎる」
押し上げられる眼鏡の奥。
黄色の瞳が見ているのは、私とジュリエンヌ様の後ろに立っているヴィーとグザヴィエ殿下だ。
「こいつはともかく……殿下、お越しくださるならせめて事前に連絡をください」
「すまないね。こうした方がセルの面白い反応が見られるって、ヴィーが」
「おい、貴様」
「やー、セルの家って久しぶりだなぁ。小さい時も王宮の方が広くて遊びやすかったからあんま行こうってならなかったし」
「お前の家の数倍はあるが?」
錚々たる面々のはずではあるのだが、三人の間で繰り広げられる会話は学園でよく耳にするような、他生徒の会話と何ら変わりはない。
「……貴女の婚約者は相変わらずの失言っぷりですわね、ニコレット」
「身分差については何度か指摘した事もあるのですが……如何せん幼い頃からのお付き合いですから今更態度を改めるのも難しいみたいで」
年頃の学生らしい軽口の応酬を聞いていると、ジュリエンヌ様がヴィーの様子を見て呆れを見せた。
私とジュリエンヌ様が三人のやり取りを見守っていると、アンセルム様が途中で我に返り、咳払いをした。
「すみません、お待たせしました」
アンセルム様は会話を切り上げ、私達を侯爵邸へと通す。
クロエ様は引っ込み思案で初対面が大勢いると委縮してしまうとの事から、ヴィーとグザヴィエ殿下は別室に案内された。
「すみません、休日にわざわざ」
「いいえ。どうかお気になさらないで。わたくしもいつかお会いしたいと思っておりましたし」
「私もです。……仲良くなれると良いのですが」
「もし上手くいかずとも、どうか気に病まないでください。元々心を開くのには時間が掛かる性格ですので」
アンセルム様はある扉の前で足を止める。
ノックを三度繰り返すと、中から「はい」と小さく掠れた声がした。
「クロエ、俺だ。待たせてすまない」
「あ、アンセルムさま……っ、どうぞ」
アンセルム様が私達に目配せをする。
それぞれ頷き合ってから、彼は扉を開けた。
広々とした客室。
その中央にはローテーブルが備えられ、豪華なティーセットが用意されている。
それらを挟むように配置されたソファの一つ、その真ん中に、行儀よく座る少女がいた。
さらさらとした白髪に赤い瞳を持つ彼女は、八歳の中でも小柄な方だろう。
きめ細やかな肌、大きく丸い瞳、長い睫毛、小さくふっくらとした唇……。
彼女を見て真っ先に抱いた感想は「まるでお人形のようだ」というものだった。
「か、かわ……っ」
私の隣ではすっかりクロエ様に釘付けになったジュリエンヌ様が口を押さえてはわわとしている。
公爵令嬢たる彼女のお眼鏡にも適ったようだ。
クロエ様はぬいぐるみを両手に抱えたまま、不安気な眼差しを私達へ向けている。
「クロエ。伝えていた通り、友人を連れて来た」
「初めまして、クロエ様。わたくしはジュリエンヌ・ファリエールと申します。どうぞ気楽に名前で呼んでくださいな」
「ニコレット・ド・リヴァロルです。どうぞ、よろしくお願いいたします」
クロエ様は私達の挨拶を見た後、不安そうにアンセルム様へ視線を移した。
視線に気付いたアンセルム様が「大丈夫だ」という様に頷けば、彼女はおずおずと席を立ち、私達へ近づいて来る。
そしてぎこちないカーテシーを披露し
「く、クロエ、ら、ラファルグ……です。よろしく、おねがいします」
と、小さな声で名乗る。
「か……っ、かわいい……!」
不慣れなカーテシーのせいか、それとも緊張からか。
ぷるぷると小さく震える愛らしい少女を前にジュリエンヌ様は耐えられなくなってしまったらしい。
彼女はドレスの裾を引きずることも気にせず、クロエ様の前に屈むと早口で捲し立てた。
「クロエと呼んでもいい? 好きなものは? お土産を用意させたのだけれど、マドレーヌやマカロンはお好き? 普段はどんな風に過ごしているの?」
「あ、あわわわ……」
あまりに熱烈に迫るせいで、クロエ様は目をぐるぐると回している。
「じゅ、ジュリエンヌ様。クロエはあまり人と話す事が得意ではありませんから、ゆっくり……」
引っ込み思案な子供へ詰め寄れば寧ろ警戒させてしまうだけでは、という懸念を抱いたのは私だけではないはずだ。
アンセルム様は慌てて二人の間に割って入り、ゆっくり関係を育んで行こうと提案した。
そして……十五分後。
「ジュリおねえさま、こちらのお菓子も食べてよろしいのですか?」
「ええ、ええ。お好きなだけどうぞ」
……完全に懐いた。
ソファに腰を下ろすジュリエンヌ様と、その膝の上に座るクロエ様が親し気にしている。
一方で世間知らずの婚約者が公爵令嬢――それも未来の王太子妃――の膝に乗っているという構図に胃を痛めているアンセルム様の顔は青白く、生気を感じさせないものであった。
アンセルム様には悪いけれど、正直この状況を楽しんでしまっている自分が少なからずいる。
しかし、それはそれとして。
(クロエ様の友人枠として何故……私達を選んだのかしら)
アンセルム様の横顔を盗み見ながら私はひっそりと疑問を抱くのだった。




