第11話 真相を見抜く
私は小瓶を拾い、それをヴィーに返す。
「はい」
「お。悪ぃ」
ヴィーはそれを受け取ると、私の隣に腰を下ろした。
私はと言うと、彼が持っている小瓶が少し気になって何となく目で追っていた。
「ヴィーって、香水使ってたっけ?」
ヴィーが持っている瓶はぱっと見、香水用の瓶によく似ていたのだ。
しかし彼が香水を使う印象はない。
それを不思議に思っての問いだったが、それを受けたヴィーもまた目をぱちくりと瞬いていた。
「ん? あー、これか?」
「うん。違うの?」
「おう。まぁ、確かに瓶の形は似てるか」
ヴィーはそう言うと小瓶の蓋を取り、軽く振る。
魔法を使う為の体内エネルギー……魔力を用いる事で様々な機能を発現させる類の道具の事を魔導具というが、ヴィーが持っているタイプも生活の中、すっかり普及し、浸透した道具だ。
魔力を込める事で中の液体の僅かな量を外に霧散させるタイプで、霧吹きと呼ばれる型の瓶である。香水などによく使われる。
ヴィーがそれを振ると、プシュ、という空気の抜けるような音と共に微量の液体が小瓶の外へと飛び出す。
それはヴィーの髪の一部を湿らせ――その色を変えた。
少し驚き、私はまじまじと彼の髪を見る。
鮮やかな赤い髪は一部が、紺色へと変化していた。
「色彩変化の類の薬品ね」
「そ。殿下がくれたんだよ。おもしろそーだからあげるって」
「殿下……」
思わず私は呆れるように溜息を吐いてしまった。
髪や瞳、肌などの人体や、無機物など……使用した対象の色を一時的に変える類の薬品は確かに存在する。
しかしそれなりに値が張るものばかりだ。
……少なくとも、遊びや玩具感覚で臣下に与えるものではない。
こういう、楽しめる事に自重しないような一面は、流石はヴィーの幼馴染というべきかもしれない。
「ニコルも使ってみるか?」
「遠慮しておくわ」
「そっか」
ヴィーは小瓶に蓋をするとそれを今度こそポケットへとしまい込んだ。
それから彼は当然のように私へもたれ、頭を摺り寄せて来る。
本当に犬みたいだ。
「何? 急に甘えて」
「いや?」
何でもない風を装っているけれど、彼が恐らくは私を気遣っているのだろうという事は
わかる。
なので振り払ったりはせず、彼の髪を優しく撫でてやりながら時間を過ごした。
「ニコル」
「うん?」
「無茶なことはするなよ」
彼が言わんとしている事はわかっている。
「王族や大きな勢力に対して、私が一人で勝手に動き回ると思う?」
「いや? 君は賢いからな」
嫌味かしら、という考えが過って思わず小さく笑ってしまう。
「ただ今後……厄介な事が立て続けに起こる可能性はあるだろ? そういうイレギュラーに遭遇した時、君が最善を優先して自分を蔑ろにしないかは心配だ」
敢えて彼が『厄介事』に対して指摘するという事は、今後高確率で面倒な展開が待っていると踏んでいるのだろう。
「護衛騎士の貴方にそんな心配をされるなんてね」
「俺はこれが仕事だろ! 君は違う。令嬢が怪我でもしてみろ、大変な事になるぞ」
実際、女性が体に傷を作る事は貴族の中でタブーに近い。
それが理由で婚約を破棄されたり、嫁ぎ先が見つからないという事態に発展する程、周囲の目は厳しい。
「大変な事……そうね。傷が残っては淑女としての格も落ちるし。貴方も困るでしょうから」
「いや、ニコルに大きな痣や傷があろうが俺の気持ちは変わらないだろうけど」
「良かった。変わらず貰ってくれるのね」
「当たり前だろ」
間髪入れず返される返答。
『婚約者を一途に愛している』という体裁を保つうえで、模範的な回答だ。
けれどその間、翡翠色の瞳が真っ直ぐ私に向けられているのが少し嬉しかった。
「話を戻すけれど……貴方の言いたい事も理解しているから安心して? 気に掛けてくれてありがとう。何かあれば貴方に相談する」
「おう。ま、俺なんかで役に立てるか分かんねーけど」
「そうね」
「おい!」
互いに白々しい会話をしている内、私の中の重苦しい感情は少しずつ軽くなっていった。
リヴァロル侯爵邸に着く頃にはすっかり気持ちも楽になり、私はヴィーに内心で感謝したのだった。
***
グザヴィエに許可を貰い、ニコレットを家に送り届けたヴィクトルは王宮へ足を踏み入れる。
そしてグザヴィエの執務室へ入室し、部屋の主である彼と、アンセルムと合流を果たした。
「戻りましたぁ」
「おかえりなさい。ニコレット嬢は大丈夫かい?」
「ちょっと元気になってました!」
「そうかい、それはよかった」
ヴィーは穏やかに微笑むグザヴィエの後ろに控える。
それから彼と、アンセルムを交互に見て首を傾げた。
「もしかして、さっきの続きを話してました?」
「うん。君の意見も聞きたいのだけれど、いいかな」
「聖女暗殺の動機について話していた」
「ああ」
聖女――世界に一人しか存在し得ない、女神からの寵愛を受けた存在。
人の病や怪我を治す、特別な魔法を使うことが出来る聖女の力は、聖女本人がどの国へ赴いたとしても重宝されるものだ。
そんな特別な存在を閉じ込めていた牢獄管理もまた、特別なものだ。
決して死なせず、逃がす事もしない。そんな、監視に特化していた獄中でレーヌは殺されたのだ。
「レーヌ嬢の牢獄は厳重に管理されていたから、王族の許可なしに入ることは基本的にできない」
「だからこそ、第二王子殿下の影を疑っているんですよね?」
「そう。けれどそれでも不可解なんだ。聖女の存在は、ラガルドにとっても利用価値しかない特別な存在だろうからね。殺す理由がない」
グザヴィエを殺し、新たな王太子――未来の国王となる事をラガルドが望むとしても、聖女の力は欲しいところだろう。
獄中にいる彼女を逃がしてやり、恩でも売れば、味方にだって出来たかもしれない。
そんな可能性を捨ててまでレーヌを殺す理由は一体何か……というのがグザヴィエとアンセルムの双方が抱く疑問のようだ。
「んー?」
それを聞いたヴィクトルは不思議そうに首を傾げる。
相変わらず、緊張感に欠ける暢気な声だった。
「お役に立てるかはさておき、俺の見解を話す分には良いですよ。ただ……」
ヴィクトルはにっこりと笑み、しかしながら何かを見透かしたような鋭い視線でグザヴィエとアンセルムを見る。
「それなら、いい加減内緒にしてることも話して貰わないと。……セル」
ヴィクトルはアンセルムを呼ぶ。
「婚約者ちゃんは元気?」
その言葉を聞いた瞬間、アンセルムは僅かに目を見開いた。
しかし薄く開いた口からはすぐに言葉が出なかった。
会話の間に、不自然な間が生まれてしまう。
「何だ、急に」
「……殿下~」
「全く……やはり読まれていたか。君には敵わないね」
しらばっくれるアンセルムの様子を訴えるようにして、ヴィクトルに呼ばれたグザヴィエは溜息とともに肩を竦める。
「セル、困らせてすまないね。もういいよ」
「……畏まりました」
「お、よかったよかった。じゃ、改めて聞くけど……セル」
ヴィクトルはいつもと変わらない、明るく無邪気な笑みを顔に貼り付ける。
「――本物の聖女ちゃんは元気?」
核心をつくヴィーの言葉。
それにアンセルムは長い溜息を吐き、グザヴィエも苦く笑うしかできないのだった。




