第10話 聖女暗殺
「……第二王子派の貴族、ですわね」
ジュリエンヌ様の言葉に私は頷きを返す。
「犯人は自白したのですか?」
「ええ。尋問の過程で吐いた者がいました」
「それが偽りである可能性は」
「十中八九ないかな」
これまで口を閉ざしていたグザヴィエ殿下が私とアンセルム様の会話に参加する。
青い瞳を細めて笑うその顔は、表面的な……何かをはぐらかす時の顔をしていた。
「会話から情報を引き出す事に長けている人物に伝手があってね。彼の技量には信頼を置いているんだ。まず正しい情報が引き出せていると考えて良いだろう」
「伝手……」
『詳しくは聞くな』というグザヴィエ殿下からの無言の圧力を感じながら、私は未だに頭に顎を乗せているヴィーの顔を見上げる。
「んぁ?」
「……何でもないわ」
何も知らないというようにきょとんとする彼を見ながら私は一人で納得する。
……彼なら暴力的な手段を使わずとも、誘導や脅しといった会話術、ちょっとしたニュアンスから多大な情報を拾い上げられる感覚などを駆使して正しい情報を得る事も出来るだろう。
護衛騎士としての仕事の範疇を越えた、相変わらずの有能っぷりである。
目が合ったのが嬉しいというように人懐っこい笑みを浮かべて甘えて来るので、いつも通りイチャイチャの芝居として彼に頭を摺り寄せておく。
「ベクレル男爵は確かに第二王子殿下に肩入れしていらっしゃると記憶しておりますが、グザヴィエ殿下の襲撃に踏み出すには聊か動きづらい立場ではありませんか?」
「ああ。政界でそこまで大きな影響がある訳ではないし、ベクレル男爵家の財政状況は今、お世辞にも良いとは言えない」
グザヴィエ殿下が頷く姿を確認しながら私は考えを巡らせる。
「という事は、更に彼を動かしている存在がいると。となると……」
「フォンタニエ伯爵が絡んでいるのでは、というのが俺達の見解です」
すると今度はアンセルム様から補足があった。
どうやらアンセルム様達の考えは、私が至った考えと同じ様だ。
ジュリエンヌ様も落ち着いた様子で話を聞いているので、恐らくは同じお考えのはずだ。
グザヴィエ殿下が立太子する前。貴族の派閥は大きく分かれて第一王子派と第二王子派に分かれていた。
フォンタニエ伯爵は第二王子殿下ご本人から気に入られていた事もあり、第二王子派の中でも大きな影響力を持っていた。
そしてベクレル男爵はそんなフォンタニエ伯爵から多額の財を借りている上、彼を崇拝している節がある。
フォンタニエ伯爵とベクレル男爵の繋がりは強固なものである……これは社交界でも有名な話だ。
ベクレル男爵の力だけでは解決できない問題もフォンタニエ伯爵の力添えがあれば大抵の事は解決するだろう。
そして逆に、フォンタニエ伯爵からの頼みがあれば、ベクレル男爵は簡単に首を縦に振るはずだ。
そこまで考えてから、私は先日のダブルデートが決行された理由に思い至った。
「……王都を離れるような提案を受けてくださったのは、敢えて遠方に出る事でグザヴィエ殿下を狙う存在を炙り出す為だったという事ですね」
「鋭いね。その通りだ。敢えて情報を少し流していた。監視が薄れる絶好の機会……何かしらの行動には移りたがるだろうと踏んでいたんだ」
「随分な無茶をされますね……」
「王都近辺では、私に反発する勢力だけでも特定できない程度の数はいるからね。確実な危険因子を炙り出す必要があったんだよ」
二人を巻き込んでしまったのは申し訳がなかった、と頭を下げるグザヴィエ殿下に私とジュリエンヌ様は首を横に振る。
過ぎた事ではあるし、実際、お陰で脅威は炙り出せた。それにリスクある選択をしたという事はそれだけ重要視している理由があるという事でもある。
「元々ラガルドは王太子の座を狙っていたからね。私の暗殺は彼自身の望みである可能性もある」
ラガルドというのは第二王子殿下の名だ。
王族同士の衝突。それが巻き起こす影響、その可能性……。
それらを考えれば笑えない話だった。
「勿論、彼が関わっている可能性に思い至った理由はそれだけではない」
「他に一体何が?」
私がそう問い掛けた時。
グザヴィエ殿下とアンセルム様、双方の顔が突然曇った。
その顔色が、事の深刻さを大きく物語っている。
そして
「『聖女』レーヌが――殺害されたんだ」
***
帰りの馬車に乗りながら、私はぼんやりと窓を眺める。
あの後更に詳しい話をし、その間の私は平然を装っていたけれど、内心では少なからず動揺していた。
彼女は私やジュリエンヌ様にとっては確かに敵対する相手であり、嫌悪の対象だった。
しかし、死を……それも法の外で無残に殺される事を望んでいた訳ではない。
――剣で深く斬りつけられた痕跡が……
発見されたレーヌ様の状態を話していた、グザヴィエ殿下の声が頭から離れない。
面識ある少女が獄中で殺されたという事実は、少なからず私に心労を与えたようだった。
私は深く息を吐く。
(駄目ね、早く気持ちを落ち着かせないと――)
そう思いながら視線を正面に戻そうとしたその時。
「お」
目と鼻の先で、ヴィーが私の顔を覗き込んでいた。
全く気付かないうち、同乗していた彼に接近されていた事実に突如気付かされ、頭が真っ白になる。
「っ、キャアッ!」
「のわ……っぎゃあっ!!」
反射的に仰け反ってしまったせいで、私とヴィーの額が大きな音を立ててぶつかり合った。
同時に、ヴィーのポケットから小瓶が転がり落ちる。
「「〜〜〜っ」」
私達は互いに自分の額を押さえながら悶絶するのだった。
「ちょっと、急に何……」
「い、いやっ、いくら声掛けても反応がないからさぁ……!」
ヴィーに文句を言おうとした時、私の足に硬い物が当たる。
一体なんだろうと視線を落とせば、ヴィーのポケットから落ちた小瓶が転がっていた。
「……小瓶?」
私は不思議に思いながらそれに手を伸ばすのだった。




