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ないものねだり  作者: 『コータ』&『れいなと』&『TORILO』
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第2話『交わる音、交わらない心』

「みんな自主練好き好きだろ。変態かよ…」


「変態はどっちだよ、朝から来てるくせに」

 振り向くと、ドアのところに立っていたのは雨宮澪だった。

 長い黒髪を無造作にひとつに結んで、肩からベースケースを提げている。

相変わらず気だるそうな目。けれど、その視線はまっすぐ部室の中を見渡していた。

「別に。鍵開いてたから」


「俺が開けた」


「知ってる」

 澪は靴を脱いで、当然のように中へ入ってくる。言葉数は少ないくせに、存在感だけはやたらとある。

空気の密度が一段と変わる感じがするのは、たぶん俺の気のせいじゃない。

「えー、澪先輩もですか? ほんと変態じゃないですか」


「小春、お前が一番うるさい」


「褒め言葉ですよね?」


「違う」

 即答だった。

 小春が頬を膨らませる。その横で、澪はゆっくりとベースを取り出し、アンプに繋ぐ。

ケーブルを差し込む手つきは静かで、無駄がない。


 そして――低い音が鳴った。

 ドン、と腹の奥を叩くような一音。

 思わず俺は弦を押さえ直す。


「……何弾いてた」


「今週のブリッジ。まだ甘い」


「知ってる」


「知ってるなら言うなよ」

 澪はわずかに口角を上げた。笑っているのか、いないのか分からない程度に。

「そこ、ベースが入ると誤魔化せなくなる」


「誤魔化してない」


「してる」

 短いやり取りなのに、妙に熱がこもる。

 小春が面白そうに両手を止めた。

「じゃあ合わせてみます? 三人で」


「部長いないぞ」


「いいじゃないですか、ちょっとくらい」

 澪は何も言わず、チューニングを確認する。

 その沈黙が「やる」という合図だった。

 俺はアンプのボリュームをほんの少し上げる。

「いくぞ」

 

カウントもなしに、俺はフレーズを弾き始めた。

 昨日まで、何度もつまずいたブリッジ。ギター単体だと荒が目立つ旋律。

そこにベースが入る。

 低音が土台を敷いた瞬間、世界が変わる。

 さっきまで細かった音が、急に立体になる。逃げ場がなくなる。

誤魔化しがきかない。

 澪のベースは派手じゃない。でも、的確だ。俺の迷いを見透かすみたいに、

ぴたりと隙間を埋めてくる。

「.......っ!」

 指先が少し震える。

 そこへ、小春のキーボードが乗った。

 高音のコード。軽やかな装飾音。

 さっきより、ずっと“曲”になっている。


 三人なのに、もうバンドだった。

 ドラムはいない。部長もいない。

 それでも、音は確実に絡み合っていく。

 テンポが上がる。

 呼吸が合う。

 最後のコードを鳴らした瞬間、部室の空気が震えたまま止まった。

 

沈黙。

 誰もすぐには喋らない。

 先に息を吐いたのは、小春だった。

「........やば。今の、ちょっと良くなかったですか?」


「まあまあ」


 澪が淡々と答える。

「まあまあって、澪先輩厳しすぎません?」


「七割」


「え、何がですか?」


「完成度」

 俺はギターを持ったまま、黙っていた。

 確かに、さっきより良かった。でも、どこか引っかかる。

「暁音」

 澪が俺を見る。


「最後、走った」


「........分かってる」


「分かってない顔してる」


「うるさい」

 小春がくすっと笑う。

「でも先輩、さっきより全然よかったですよ。なんか、ちゃんと前向いて弾いてました」


「前?」


「はい。いつも一人で弾いてるとき、ギターばっかり見てるじゃないですか。でも今、ちゃんと澪先輩見てました」

 言われて、初めて気づく。

 たしかに、視線が上がっていた。

 澪は何も言わない。ただ、ほんの少しだけ目を細めた。

「........合わせると、嫌でも顔上がるだろ」


「それ、バンドの基本」


「知ってるって」

 でも。

 一人で弾いているときと、三人で鳴らすときでは、鼓動の速さが違う。

 音は自分だけのものじゃなくなる。

 ぶつかって、混ざって、削れて、残る。

 それが――怖いのか、楽しいのか。

 そのとき、再びドアが開いた。

「お前ら、朝から騒ぎすぎ」

 

現れたのは柳瀬誉莉(やなせほまり) だった。

 少し不機嫌そうな顔。手にはコンビニ袋。どうせ差し入れだろう。

「誉莉先輩も来たー!」


「来るに決まってるでしょ。鍵開いてたし」


「だから俺が」


「知ってる」

 今日三回目だ、その流れ。

 誉莉は俺のほうを一瞬だけ見る。

「暁音、今のフレーズ弾いて」


「は?」


「外から少し聞こえた。悪くなかった」


 心臓が、妙に跳ねた。

「誉莉先輩、デレました?」


「小春、黙る」

 ぴしゃりと返して、誉莉はマイクスタンドの前に立つ。

「ほら、もう一回。今度は最初から」

 四人になる。

 音が鳴る前から、空気が変わる。

 俺は深く息を吸った。


六歳の夏、あのライブハウスで感じた振動が、ふと蘇る。

 あのときみたいに。胸の奥が、少しだけ熱い。

「いくぞ」

 今度はちゃんと、カウントを取った。

 四人分の音が重なる。

 さっきより、ずっと大きい。

 ずっと複雑で――ずっと、危うい。

 誉莉の声が乗った瞬間、鳥肌が立った。

 完璧じゃない。

 むしろ、まだ荒い。

 でも。


 この瞬間だけは、確かに“満ちている”と思った。

 誰か一人欠けたら、鳴らない音。

 けれど――

 ふと、澪と誉莉の視線がぶつかる。

 小春がそれに気づいて、わずかに表情を曇らせる。

 俺はそれを、見てしまった。

 音は重なる。

 でも心は、まだ揃わない。

「やっぱ部長のドラム無いと全然ダメだな」


「今日みんな揃ってるしちょっと部長に連絡取って来てもらう?」

誉莉がそう言う。

「んー、でも今日は休日だしいきなり連絡して無理に来てもらうのは申し訳ないだろ」


「そっかぁ、じゃあ今日の合わせは一旦やめて自主練にしようか」


「ん........」

澪が横から賛成と言わんばかりに部室の壁際に移動する

「澪もあぁだし今日はもうみんな自由に練習しよう」


「そうだな、俺もブリッジ出来てない所あるし」

そうしてみんな自主練を再開するのだった。


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