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ファンタジー短編集

「剣を抜かなかった謁見」

作者: 月見酒
掲載日:2026/01/27

この物語には、派手な戦闘も、世界を揺るがす出来事もありません。

勇者と魔王が向かい合い、ただ話をするだけです。


それでも、もし「戦わない選択」に少しでも引っかかるものがあれば、

この謁見の間に、しばらく腰を下ろしてもらえたらと思います。


魔王城・謁見の間


重い扉が、音もなく開いた。


勇者は一歩だけ中へ踏み込み、立ち止まる。

剣には触れなかった。


謁見の間は、想像していたよりも静かだった。

広い空間の中央に、長いテーブルが置かれている。

玉座はない。

見下ろすための段差もない。


すでに、魔王は席についていた。


「来たか」


低い声だった。

威圧はないが、軽くもない。


「来ました」


勇者はそれだけ答え、指示を待たずにテーブルの向かいに腰を下ろす。

椅子は二脚しか用意されていなかった。


剣を壁に立てかける。

魔王は、その動きをじっと見ていたが、何も言わなかった。


「確認しておきたい」


勇者が先に口を開く。


「あなたは、すぐに戦うつもりはない」


魔王は短く頷く。


「勇者が来たからといって、必ず剣を交える必要はない」


「私も同じです」


勇者は視線を上げる。


「私は、選ばれただけです。

 戦うことを望んだわけではない」


魔王は、茶を一口飲んだ。


「役目を与えられる側は、いつもそうだ」


沈黙が落ちる。

城の奥から、どこかで風が鳴った。


「一つ、聞いていいか」


魔王が言った。


「役目がなかったら、

 お前は何をして生きる」


勇者は、すぐには答えなかった。

天井を見上げ、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「畑を耕します」


「……畑?」


「小さな村で。

 朝は土を触って、昼には戻って」


勇者の声は、少しだけ柔らいだ。


「子どもたちが集まってきたら、遊びます。

 走ったり、転んだり。

 夕方には、また畑に出て」


魔王は黙って聞いている。


「何も起きなくていい。

 それが、私の理想です」


魔王は、少しだけ目を細めた。


「静かだな」


「決められ続ける生活は、もう十分です」


今度は、魔王が視線を落とした。


「私は、植物を育てたい」


勇者が顔を上げる。


「この城の地下で、研究をしている。

 荒れた土地でも育つ作物を」


「戦いのためではなく?」


「民草のためだ」


魔王は淡々と言った。


「余った時間で、武芸も続ける。

 趣味のようなものだ」


「戦うためではない?」


「衰えないためだ」


短い沈黙。


「似ていますね」


勇者が言う。


「どちらも、誰かを倒す話じゃない」


「そうだな」


魔王は立ち上がり、テーブルの引き出しから一枚の紙を取り出した。

簡潔な文が、すでに書かれている。


――互いに、先に手を出さない。


勇者はそれを読み、頷いた。


「条件を、一つ足してください」


ペンを取り、書き足す。


――人の選択に、すぐに答えを与えない。


魔王はその一行を見て、少しだけ笑った。


「勇者らしくないな」


「勇者だからです」


二人は、同じ紙にそれぞれの名を記した。


剣は抜かれなかった。

魔法も使われなかった。


協定は、静かに締結された。


勇者や魔王は、いつも「そうするもの」として描かれがちです。

倒す側、倒される側。

選ぶ前に、役目が決まっている存在。


けれど、もし彼らが一度だけ立ち止まり、

「本当はどう生きたいか」を口にしたら。

この話は、そこから始まりました。


剣を抜かなかったこと自体が、

彼らなりの選択だったのかもしれません。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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