銀のはしご
少年には、小さい頃から「何か」に守られている感覚があった。
転んでも頭だけは打たない。車道に飛び出しても、必ず誰かが引き戻してくれる。理由はわからないが、運の良さという言葉では説明しきれない、不思議な回避力を持っていた。
忘れられない出来事がある。
小学低学年の夏、近所の川で友達と係留されたボートに飛び乗って遊んでいたときのことだ。
川面を進む一隻のボートが生んだ波で、少年が飛び移ろうとした瞬間、岸に繋がれていたはずのボートがふわりと離れた。
次の瞬間、少年は川に落ちた。
息ができない。水の中で体が重くなり、視界が暗くなる。最悪だったのは、戻ってきたボートの影が頭上を覆い、その船底に巻き込まれそうになったことだった。
「終わった」
そう思った瞬間、川の底で、銀色の光がピカッと走った。
そこには、ありえないはずの――銀のはしごが浮かんでいた。
少年は夢中でそれにしがみつき、必死に登った。
すると体は水面を突き抜け、まるでトビウオのように宙を舞い、気がつけば桟橋の上に転がっていた。
友達は呆然とし、少年自身も何が起きたのかわからなかった。
ただ、胸の奥に「また守られた」という確信だけが残った。
それからも、似たような奇跡は何度か起きた。
事故寸前で助かったり、道に迷っても必ず出口にたどり着いたり。夜空に不思議な光を見たこともあった。
後になって、それがUFOと呼ばれるものに近いと知る。
だが、決定的だったのは、高校生のときに読んだ一冊のアメリカのUFO小説だった。読み進めるうち、胸の奥で何かがほどける感覚がした。
ああ、これは知っている。
物語の中の輪廻転生という言葉に触れた瞬間、彼の中で、はっきりしない映像が淡く蘇った。
名前も時代も違う自分。誰かを守ろうとしていた自分。何度も生まれ変わり、何度も別れを経験してきたような、説明のつかない既視感。
その日を境に、彼の人生観は変わった。
人はなぜ生きるのか。
命はなぜこんなにも脆く、同時に尊いのか。
愛とは何なのか。
答えは簡単には出なかったが、一つだけ確かなことがあった。
自分は「生かされている」。
そして、それには意味があるのだろう、という感覚だった。
大人になった彼は、派手な仕事をしているわけではない。
医者でも宗教家でもない。
だが、人生に疲れ、絶望の淵に立つ人の前に、不思議と居合わせることが多かった。
職場で限界を迎えた同僚。
離婚で自信を失った友人。
生きる理由を見失った見知らぬ人。
彼はただ、話を聞いた。
否定せず、正解を押しつけず、静かに寄り添った。
すると不思議なことに、相手の表情は少しずつ緩み、「もう少しだけ頑張ってみる」と口にするようになった。
彼自身は特別なことをした覚えはない。
けれど、心の奥では、あの銀のはしごの感触を思い出していた。
※人は、自分一人では這い上がれない場所に落ちることがある。
※でも、どこかに必ず、見えないはしごがある。
ある夜、疲れ果てた若者にそう語ったとき、若者は涙を流しながら笑った。
「そんなの、きれいごとだと思ってました。でも…なぜか信じられる気がします」
その瞬間、彼は悟った。
自分の不思議な力は、奇跡を起こすことではない。
誰かが“もう一歩、生きてみよう”と思える場所まで、そっと導くことなのだと。
彼は今も、ときどき夜空を見上げる。
そこにUFOが現れることはないが、代わりに確かなものがある。
※この命は、何度も続いてきた旅の途中。
※だからこそ、誰かの旅路に、小さな光を灯したい。
あの日、川の底に現れた銀のはしごは、もう見えない。
けれど今も彼は、人の心の中に、静かにはしごを架け続けている。
それは目に見えないが、確かに誰かの人生を、もう一度、水面へと押し上げる光だった。
byクニーチェ
この物語を読み終えたあなたへ。
あなたは、自覚していなくても、きっと誰かの人生の支えになっています。
この物語が、そのことを思い出すきっかけになれば幸いです。




