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001 猫を助けたら異世界転生することになった

 気づいたら真っ白な空間にいる……いや、何を言っているんだと言われそうだが、本当に何もない、ただただ真っ白な空間なんだよ。

 自分のことは覚えてる。名前は吾妻和央(あずま・かずひさ)。社会人2年目の男……要するにただの一般人だ。


 ここに来る前は確か会社に行く途中……そう、車道に飛び出した猫を見かけたんだ。

 別に猫が大好きというわけでもないが、あの時はなぜか無性に助けなければという気になり、人目もはばからず車道へ飛び出していた。

 猫を捕まえ、反対側の歩道へと放した直後、ものすごい衝撃を受けて意識を失い、今に至る。


 考えてみれば、車に轢かれたのだろう。交通量の少ない道で、猫を助けるために行動していたとはいえ、安全確保を考えないで車道に飛び出していたわけだから。

 車側もわき見運転だったりで、こちらを視認していなかった可能性もあるけれど、それでも車道に飛び出していたのはこっちだからな。


 うん、僕は多分死んだんだろうな……でなければ、車に轢かれた人間を完璧に治療して真っ白な空間に置き去りにするという悪趣味なドッキリになってしまうし。

 車を運転していた人が罪に問われなければいいと思いつつ、だったらここは何なのだろう? という疑問も尽きない……天国? まさかね。


「ようやく気が付いたか、吾妻和央」


「っ!?」


 声に驚いていると、いつの間にいたのか目の前には発光していて正確な姿形が分からない人物が……いや、確かにその位置には誰もいなかったはず。


「ふふ、疑問が心地いいな。私は、お前たちが神と呼ぶ存在。じつはお前に提案があって、呼び寄せたのだ」


 神? 確かに気づかれずに、この真っ白な空間に僕を運んだことといい、発光して姿形が分からない点といい、常人には不可能なことだけれど。

 それにしても神? いくら何でもそれは……。


「ふむふむ、考えていることはわかるぞ。ココに来た者は最初は誰しもが訝しむものだ」


 顔に出ていたのかな? 自称・神がこちらの考えを透かしたような物言いをしてくる。


「自称・神とは、ひどいものだな。ま、そういう反応は見慣れているから不敬だとも思わんが。吾妻和央、24歳、猫を助けたことで死亡。……うむ、間違いないな」


 あれ? さっきもそうだったけど、僕って自分の名前を名乗ったっけ? まさか、本当に心の中を読んでる?


「ようやく少しは信じる気持ちになったかな?」


「本当に神様?」


「ふふ、じつは本当に神なのだよ」


 お茶目っぽく言っているけれど、発光して姿形が分からないから、本当のところはどうなのかわからない。


「ま、おふざけはここまでにしておいて。吾妻和央よ、そなたの献身に感激したぞ!」


「献身?」


「うむ、そなたが死ぬ直前に猫を助けただろう? じつは、あの猫の飼い主は人類史を千年単位で守る発明をするのだが、猫が死んでいたら絶望から発明が進まなかったのだよ」


「ええと、僕が猫を助けたから、その人が絶望せずに済んだ、ということですか?」


「うむうむ。間接的にせよ、そなたは人類史を救った英雄というわけだ」


 ……いくらなんでも言い過ぎでは? 僕は普通に生きていた一般人であって、同じ年ごろでもっと人のためになっている人はいくらでもいるだろう。


「わかっておる、わかっておる。そなたたちは人の尺度で良い悪いを判断してしまうものだ。だがな、神というのはもっと広い視点で判断を下しているのだ」


「広い視点?」


「うむ、言うならば100人の人間を救った英雄と呼ばれる存在でも、生かしたのが人類史を破滅に向かう者ばかりなら悪人だ。逆に何人も殺した殺人鬼でも、殺したのが人類史を破滅に向かわせる未来を持つ人間なら良い人間だ」


 ……んなバカな。確かに人類史という大きな視点でいえばそうかもしれないけど、生きている人間からすれば、人を生かせば英雄だし、人を殺せば悪人だ。


「ま、その辺はそなたが考える必要はない。言いたいのは、そなたの功績を称え、褒美をとらせたいということだ」


「褒美?」


「うむ。本来であれば、そなたはあそこで死ぬはずではなかった。あの日以降も幸せに暮らし、寿命を全うするはずだった。それが、人類史を救うためとはいえ、死ぬこととなった。その代わりに、元の世界とは違うが、生を授けたい」


 言っていることは、わかる。確かにあの時の僕は、いつもとは違った。あの時、猫を助けなければ、いつも通りの日常を送り、そのまま年を重ねて言っただろう。

 しかし、元の世界とは違う……か。


「あまり深く考えることはない。そなたたちの世界で流行っている異世界転生という奴だな。残念ながら、元の世界の肉体はぐちゃぐちゃだからな。元の世界で生き返らせることはできんのだよ」


「……もし、断ったら?」


「その場合は輪廻の輪に戻るだけだな。次の生でも便宜は図るが、記憶を失くしてしまうし、そなたの意識はなくなるだろう」


 ……僕は本当に死んでいて、新しい生を受けるか、それとも異世界でボーナスステージのような余生を過ごすかの岐路に立っているわけか。

 でも、それなら……。


「ふむ、そうかそうか。異世界に行ってくれるか」


「答える前に心を読まないでください」


「いやいや、たまにもう十分生きたから、このまま輪廻の輪に戻してくれという奴もいるから心配だったのだ。こちらとしても、褒美のつもりだから断られると心が痛い」


 神様でも、心を痛めることがあるんだなぁ。


「で、ここからが本題だ。そなたは異世界で、どんなことがしたい? その世界は魔獣と呼ばれるモンスターがいて、剣で戦ったり魔法で戦ったりもできるぞ?」


 モンスター? 剣と魔法? 正直、一般人として過ごしていた自分には荷が重くない? 剣の達人ってわけでもないし、不良とケンカに明け暮れた過去もない。


「ふむふむ。ならば、市井で暮らす方が好みか。まあ、そういうものがいるのも過去から学んでいるよ。料理人や農家になった者もいるしな」


 料理……農家……うーん。でも、せっかく異世界に行くのなら、元の世界でできたことではなく、異世界ならではの物にも触れてみたいな。


「なるほどなるほど。……ならば、錬金術師はどうだ? 異世界ならではのポーションや魔導具を作る職業じゃ」


 錬金術師……元の世界でも、過去にはいたらしいけど、眉唾だったという、あの。


「魔法のある世界だからな。錬金術も確かにあるものだ」


「確かに、それだったら異世界も楽しめるかもしれません。……でも、望んだからと言って、そんな簡単になれるものなんですか?」


「うむ、これからそなたが行く世界にはすべての人間に天職というものが存在する」


「天職?」


「生まれた時から授けられる天性のようなものだな。天職に関わることなら、他のことよりも数段早く物事が覚えられる……ゆえに、ほとんどの者は天職で決められた職業になるというわけだ」


 は~、なるほど。確かにそれなら、何も知らない僕でも錬金術師として活躍できるかも?


「うむうむ。それで決まりだな。そなたには錬金術師の天職を与える。平和な生活を望むそなたには、もっとも平和な国の王都へと転移させる。……ああ、まず初めにギルドへと行くがいい。同じ職業に就く者同士の互助組織らしいからな」


 錬金術師が良いと思ったら、あれよあれよという間に神様の中では決定事項になってしまったようだ。

 確かに争いごとが嫌いだから、戦闘が激しいところよりも安全なところの方がうれしいけれど、もうお別れなのか?


「ふふ、そう悲しむな。しばらくは、この世界からそなたの動向を見させてもらう。人類史を救う善人の行動は見ていて面白いからな」


 ……面白いって。


「これから、そなたは一人で異世界で暮らしていくことになる。だが、不安に思う必要はない。これはそなたにとってのボーナスタイム、褒美なのだからな。残りの人生を謳歌し、存分に楽しむがよい」


 神様がそう言うと、この真っ白な空間から、追い出されるように僕は異世界へと飛ばされた。

 猫を助けただけだったのに、異世界転生を果たすことになった……人生とはわからないことだらけだなぁ。

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