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「高卒のくせに」と私を見下したエリート兄が、遺産を食いつぶしてゴミ屋敷の住人に転落した結果  作者: 品川太朗


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9/10

第9話:『強制更生』

兄という「粗大ゴミ」を処分し、帰宅しました。

家で待っているのは、自分も助けてもらえると信じて疑わない母です。


「親を見捨てるのか」というお決まりの泣き落としに対し、遥が下した最後の審判とは。

 兄を乗せたワゴン車が見えなくなると、辺りには虫の音だけが響く静寂が戻った。

 私は深く息を吸い込む。雨上がりの夜の空気は、ゴミ屋敷の異臭が混じっていたとしても、以前よりずっと澄んで感じられた。

「……行こうか。お義母さんに報告しないと」

「うん」

 健人に促され、私たちは再び車に乗り込んだ。

 あの汚れた家を振り返ることはしなかった。あそこはもう、更地にして売られるだけの「負債」でしかないのだから。

 ◇

 自宅に戻ると、リビングで母が小さくなって震えていた。

 私たちの顔を見るなり、すがるような目で駆け寄ってくる。

「は、遥! お兄ちゃんは……あの子はどうなったの? まさか、警察に……?」

 母の声は恐怖と、ほんの少しの期待が入り混じっていた。

 息子に殺されかけた恐怖と、それでも息子を失うことへの不安。その優柔不断さが、この悲劇を招いたのだ。

「警察じゃないわ。……山奥の更生施設に送ったの」

 私は淡々と事実を告げた。

「寮に入って、朝から晩まで規律ある生活を叩き込まれる場所よ。もちろん、外出も連絡も禁止。最短でも二年は出てこられないわ」

「に、二年……」

「文句ある? あそこで一生、犯罪者予備軍として飼い殺しにされるよりマシでしょ。費用は私が払ってあげたんだから、感謝してほしいくらいだわ」

 母は力が抜けたようにソファにへたり込んだ。

 安堵したのか、悲しいのか、表情は曖昧だ。

 私はそんな母の前に一枚の紙を置いた。

 不動産売却の査定資料だ。

「さて、お母さん。これからの話をしましょう」

「え……?」

「お兄ちゃんがいなくなっても、あの家にはもう住めないわよ。借金取りが来るかもしれないし、何よりあんなゴミ屋敷、お母さん一人じゃ片付けられないでしょ」

 私は冷徹に、彼女に残された唯一の道を提示した。

「家と土地を売って。お父さんが残した唯一の財産よ。立地は悪くないから、更地にすればそれなりの値段になるわ。それで兄が作った借金を返済して、残ったお金で地方の安いアパートか、高齢者向け住宅に入りなさい」

 母の目が大きく見開かれる。

「そ、そんな……家を売るなんて……。それに、私一人で知らない土地で暮らすなんて無理よ! 遥、あんたの家に……」

「置くわけないでしょ」

 母の言葉を遮り、即座に否定した。

「勘違いしないで。今回助けたのは、兄という『危険物』を処理するため。お母さんと同居するためじゃないの」

「で、でも……私はあんたの母親よ!? 困ってる親を見捨てるの!?」

「見捨てられたのは、私の方よ」

 私の声が低く響き、母が息を呑む。

 私は真っ直ぐに母の濁った瞳を見つめた。

「私が進学したいと泣いて頼んだ時、お母さんは何て言った? 『無駄金だ』って切り捨てたわよね。兄が私を見下して嘲笑った時、一緒になって笑ってたわよね。……あの時、私はあんたたちの娘じゃなくなったの」

「そ、それは……お兄ちゃんが優秀だったから……」

「その優秀な兄に殺されかけた気分はどう? 自分の見る目がなかったことを、死ぬまで反省して生きなさい」

 母の目から涙が溢れ出した。

 今度は演技ではない、後悔の涙だろう。

 彼女は床に手をつき、頭を下げた。

「ごめんなさい……遥、ごめんなさい……っ! 私が間違ってた。あんたが一番、親思いのいい子だったのに……っ!」

 遅い。

 あまりにも、遅すぎる。

 その言葉を、十七歳の私が聞いたら泣いて喜んだかもしれない。

 でも、二十七歳になった今の私には、何の感情も湧かなかった。

「謝罪はいらないわ。ただ、私の指示に従って。……手続きは夫の知人の不動産屋に任せるから」

 私は事務的に告げた。

「家が売れて、引越し先が決まったら、もう二度と私たちに関わらないで。連絡先も変えるし、住所も教えない。……もし約束を破って私たちの生活を脅かそうとしたら」

 私は一瞬だけ、かつての兄のような冷たい笑みを浮かべてみせた。

「お母さんも、お兄ちゃんと同じ施設に入れてあげる。……あそこなら、親子仲良く暮らせるんじゃない?」

 ヒッ、と母が短い悲鳴を上げる。

 それで十分だった。

 彼女はもう、私に逆らわない。すがりつく気力すらも、恐怖で上書きされたはずだ。

「今日は近くのビジネスホテルを取ってあるから、そこで寝て。明日の朝、不動産屋を呼ぶから」

 私はタクシーを呼び、母を家から追い出した。

 去り際、母は何度も振り返り、何かを言いたそうにしていたが、私は一度も目を合わせなかった。

 タクシーのテールランプが闇に消えていく。

 私の人生にこびりついていた、最後の汚れが落ちた瞬間だった。

「……お疲れ様、遥」

 健人が背後からそっと抱きしめてくれる。

 その温かさに、張り詰めていた糸がふっと緩んだ。

「うん……終わった。本当に、全部終わった」

 兄は施設へ。母は遠くの街へ。実家は更地へ。

 私の過去を縛り付けていた鎖は、すべて粉々になったのだ。


お読みいただきありがとうございます。


お母さんの「あんたの家に……」という甘い考え、即却下でしたね!

「見捨てられたのは私の方」という遥のセリフ、本当にその通りだと思います。


最後の「お母さんも施設に入れるよ?」という笑顔の脅し。

これ以上の抑止力はありません。これで母も二度と連絡してこないでしょう。


さあ、すべての憂いは断ち切られました。

長かった夜が明け、本当の幸せを手に入れる時です。


次話、いよいよ最終回。

第10話、『静かな夜空』へお進みください!

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