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「高卒のくせに」と私を見下したエリート兄が、遺産を食いつぶしてゴミ屋敷の住人に転落した結果  作者: 品川太朗


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第6話:『SOS』

家の中に招き入れた母。

震える口から語られたのは、エリート(自称)だった兄の、あまりに無残で愚かな転落劇でした。


予想通り……いえ、予想以上の惨状をご覧ください。

「……とりあえず、入って。近所迷惑になるから」

 私はチェーンを外し、母を招き入れた。

 玄関に入った瞬間、鼻をつく異臭に顔をしかめる。カビと、生ゴミと、何日もお風呂に入っていないような脂の匂い。

 綺麗好きだった母の成れの果てが、これだった。

 私は母を浴室へ直行させ、着古した私のスウェットに着替えさせた。

 リビングのソファに座らせるのも躊躇われたので、ダイニングの椅子に座らせ、温かいお茶を出す。

 母は震える手で湯呑みを持ち、啜るように飲んだ。その腕には、どす黒いあざがいくつも浮き上がっていた。

「……で? 何があったの」

 私は向かいに座り、冷ややかに問いかけた。

 母は涙を流しながら、せきを切ったように語り始めた。

「お兄ちゃんが……翔太が変わってしまったの。仕事も探さずに、毎日毎日部屋に閉じこもって……」

 話を聞けば、予想通り――いや、予想以上に酷い有様だった。

 父の葬儀の後、兄は「喪に服す」と言い訳をして就職活動をしなかった。「俺のような高学歴を使いこなせる企業がない」「今は充電期間だ」と御託を並べ、一日中パソコンに向かう日々。

 最初は大人しかったが、遺産が入ると生活は一変した。

 高額なゲーミングPC、課金、投げ銭。

 食事はウーバーイーツの特上寿司や鰻重ばかり。

 母が「節約して」と注意すると、兄は激昂したという。

「『誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ!』って……。私を殴って、蹴って……。怖くて、何も言えなくなって……」

「遺産は? お父さんの退職金もあったでしょ」

「全部……もう、全部ないのよ……」

 母は顔を覆って泣き崩れた。

 数千万単位あったはずの資産が、たった二年で溶けたのだ。

 金が尽きると、兄の暴力はエスカレートした。母の年金まで取り上げ、少しでも意に沿わないことがあると、物を投げ、暴力を振るう。

 家の中はゴミの山。壁には穴が空き、母は奴隷のように扱われていた。

「今日、お兄ちゃんが『金がねえなら消費者金融で借りてこい』って包丁を持ち出して……。隙を見て、着の身着のまま逃げてきたの」

 聞き終えた私は、大きくため息をついた。

 同情? 湧くわけがない。

 これは、彼らが選んだ道だ。

「……自業自得ね」

 私の冷たい言葉に、母がビクリと肩を震わせる。

「あの日、言ったはずよ。お母さんの面倒はお兄ちゃんが見るって。二人で生きていくって。あんたたちが私を追い出したんでしょ?」

「ごめんなさい、私が間違ってたの……! やっぱり頼れるのは遥だけなのよ。あの子はもう駄目。人間のクズよ!」

 どの口が言うのか。

 あんなに「自慢の息子」「エリート」と崇めていたくせに、金がなくなり、暴力を振るわれた途端に「クズ」呼ばわり。

 この人は結局、誰かに寄生して守ってもらいたいだけなのだ。

「悪いけど、助けられないわ」

「え……」

「私には私の家庭があるの。暴力沙汰を起こすような男がいる問題を、家に持ち込むわけにはいかない。……警察に行くなら付き合ってあげるから、帰って」

 私は立ち上がり、出口を指差した。

 母は絶望に染まった顔で、私の足元にすがりつこうとする。

「待って、お願い! 警察沙汰にしたらお兄ちゃんの経歴に傷がつくじゃない! あの子が捕まったら、私……」

「まだそんなこと言ってるの!?」

 呆れて言葉も出ない。殺されかけたのに、まだ兄の世間体を気にしているのか。

「遥。……助けてあげよう」

 その時、背後から声がかかった。

 いつの間にか帰宅していた夫、健人だった。

 彼は静かな表情で、私たちを見つめている。

「健人くん? 何言ってるの。こんなことに関わったら、私たちまで巻き込まれるよ」

「いや、だからこそだ」

 健人は私の隣に立ち、怯える母を一瞥してから、私に向き直った。

「放っておけば、あの兄貴のことだ。金に困って、いずれここに来るぞ」

「っ……!」

「君の住所を突き止めて、結に危害を加えるかもしれない。『俺はエリートだ、妹は俺を養え』なんて妄言を吐きながらな」

 想像して、背筋が凍った。

 ありえる。あの兄なら、絶対にやる。

 警察に突き出したとしても、DV程度ならすぐに釈放されるかもしれない。そうなれば、逆恨みを買うだけだ。

「……じゃあ、どうするの」

「中途半端な手出しはしない。やるなら、徹底的にやるんだ」

 健人の眼鏡の奥の瞳が、冷たく光った。

 普段の温厚な彼からは想像もできない、凄みのある表情。

 彼は私の手をぎゅっと握りしめた。

「お義母さんを助けるんじゃない。僕たちの平穏な未来を守るために、あの『害悪』を物理的に排除するんだよ。……更生施設でも何でも使って、二度と君の前に現れないように」

 排除。

 その言葉の響きが、ストンと腑に落ちた。

 そうか。これは人助けじゃない。

 我が家に降りかかる火の粉を、元から断つための「掃除」なのだ。

 私は母を見下ろした。

「……わかった。お母さん、今夜はここに置いてあげる」

「ほ、本当!?」

「ただし条件がある。これから私たちが何をやっても、文句は言わないこと。お兄ちゃんを『息子』としてじゃなく、『犯罪者』として扱うから。……いいわね?」

 母はごくりと唾を飲み込み、何度も首を縦に振った。

「やるなら、今夜だ。兄貴が油断しているうちに、ケリをつけよう」

 健人の号令で、私たちは動き出した。

 止まっていた時計の針が、破滅へ向けて急速に回り始める。



お読みいただきありがとうございます。


遺産を溶かしてゲームと暴力……。救いようがありませんね。

そんな母に「自業自得」と言い放つ遥、ブレなくて最高です。


そして、旦那様・健人の覚醒です!

単なる優しさではなく、家族を守るために「害悪を物理的に排除する」という判断。

これぞスパダリ(スーパーダーリン)の鑑ですね。


「やるなら、今夜だ」

善は急げ。次回、いよいよ魔窟(ゴミ屋敷)への突入です!


第7話、『覚悟の決断』へお進みください。

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