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「高卒のくせに」と私を見下したエリート兄が、遺産を食いつぶしてゴミ屋敷の住人に転落した結果  作者: 品川太朗


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5/10

第5話:『訪れた平穏と、胸に刺さる違和感』

絶縁から二年が経ちました。

遥は健人と結、家族三人で穏やかで幸せな日々を過ごしています。


実家からの連絡は一切なし。

彼らは彼らで、遺産を使って優雅に暮らしているのでしょうか?

それとも……。


嵐の前の静けさを感じる第5話です

あの日、実家との縁を切り、着信拒否をしてから、季節はいくつも巡った。

「ママー! 見て見て、お花さいたよ!」

「本当だ、綺麗だねえ。結ちゃんが毎日お水あげたからだね」

 ベランダで娘のゆいがはしゃぐ声が聞こえる。

 私は洗濯物を干しながら、その愛らしい背中を見つめて微笑んだ。

 平和だ。

 朝起きて、家族で食事をし、夫を見送り、娘と遊ぶ。夕方にはスーパーで特売品を選び、夜は三人で川の字になって眠る。

 そんな当たり前の日常が、今の私には何よりも尊かった。

 実家からの連絡は、一切ない。

 スマホの着信履歴に「実家」の文字が浮かばなくなるだけで、こんなにも心が軽くなるなんて知らなかった。

 時折、ふと「あの人たちは今頃どうしているだろうか」という思考がよぎることはある。

 けれど、すぐに首を振って打ち消すのだ。

 兄は優秀なエリート(自称)だ。父の遺産もある。母と二人、誰にも邪魔されず、彼らにとっての理想の生活を送っているに違いない。

「……遥、どうかした?」

 夕食後、食器を片付けていると、夫の健人が心配そうに声をかけてきた。

「ううん、なんでもないよ。……ただ、あまりにも静かだから」

「実家のこと?」

「うん。あれだけ怒鳴り散らして別れたから、もっと嫌がらせとか、文句を言ってくるかと思ったんだけど……本当に何もなくて」

 健人は苦笑して、私の肩に手を置いた。

「それは、彼らが『勝った』と思っているからだよ。遺産も家も手に入れて、邪魔者は消えた。満足してるんだろ」

「……そうだといいんだけど」

 胸の奥に、小さな棘が刺さっているような感覚があった。

 罪悪感じゃない。後悔でもない。

 これは、もっと本能的な――「嫌な予感」だ。

 あのプライドの高い兄と、依存心の強い母。あの二人がだけで生活して、本当に平穏無事に済むのだろうか? 社会は、そんなに甘いものだっただろうか。

 でも、私にはもう関係ない。

 そう書かれた誓約書が、引き出しの奥に眠っているのだから。

 ◇

 そして、月日は流れた。

 絶縁から、二年が経とうとしていたある日のこと。

 その日は、朝から小雨が降る肌寒い日だった。

 結は五歳になり、幼稚園に通い始めていた。

 夕方、結を迎えに行き、夕食のハンバーグをこねていた時だ。

 ピンポーン。

 インターホンの音が鳴った。

 宅配便の予定はない。セールスだろうか。

 私は手を拭き、モニターを覗き込んだ。

「……え?」

 心臓が、ドクリと跳ねた。

 モニターの画面に映っていたのは、ボロボロの服を着た、小柄な老婆だった。

 雨に濡れ、髪は乱れ、うつむいて震えている。

 誰? 浮浪者?

 いや、違う。

 その特徴的な猫背。自信なさげに両手を擦り合わせる仕草。

 見間違えるはずがない。

 二年前、私に対して「お兄ちゃんがいれば安泰だ」と勝ち誇っていた、母・恵子だった。

「……嘘でしょ」

 血の気が引いていく。

 あの時の、小綺麗で少しふっくらとしていた母の面影はどこにもない。

 頬はこけ、目は落ちくぼみ、まるで十年以上も歳をとったかのように衰弱しきっていた。

 ピンポーン。ピンポーン。

 反応がないことに焦れたのか、チャイムが連打される。

 その音は、必死のSOSというよりは、私の平穏な生活をこじ開けようとする、不吉な足音のように聞こえた。

「ママ? 誰か来たの?」

「っ……結は向こうに行ってて! パパが帰ってくるまで、お部屋から出ちゃだめよ!」

 私は結をリビングの奥へ促すと、震える手でドアノブに触れた。

 開けてはいけない。直感がそう叫んでいる。

 けれど、このまま家の前で騒がれても近所迷惑だ。

 私はチェーンをかけたまま、扉を少しだけ開けた。

「……何の用ですか」

 冷たく言い放つ。

 隙間から見えた母の顔が、私を見た瞬間、くしゃりと歪んだ。

「は、遥……! ああ、遥……っ!」

 母はその場に崩れ落ちるように膝をつき、雨に濡れたコンクリートに額をこすりつけた。

「助けて……助けてちょうだい……! 殺される……このままじゃ、私、あの子に殺される……っ!」

 殺される?

 あの子?

 母の口から出た言葉は、私の想像していた「お金の無心」よりも、遥かに深刻で、おぞましいものだった。

 私の「嫌な予感」は、最悪の形で的中してしまったのだ。


お読みいただきありがとうございます。


チャイムのモニターに映っていたのは、まさかの人物でした。

あんなに勝ち誇っていた母が、ボロボロの姿で「殺される」と……。

ちょっとしたホラーですね。


「優秀なエリート」だったはずの兄に、この二年間で一体何があったのか?

母の口から語られる、崩壊の真実。


次回、第6話『SOS』へお進みください!

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