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「高卒のくせに」と私を見下したエリート兄が、遺産を食いつぶしてゴミ屋敷の住人に転落した結果  作者: 品川太朗


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3/10

第3話:『葬儀の席』

インターホンを押して、扉が開く。

数年ぶりの再会ですが、感動の対面とは程遠いようです。


相変わらずの母、そして「エリート意識」の塊である兄。

胃が痛くなりそうな空間ですが、遥の視点で見守ってください。

玄関の扉が開く。

 現れたのは、喪服姿の母だった。数年ぶりに見る母は、以前より随分と老け込み、目元の皺が深くなっているように見えた。

「……やっと来たの。遅いじゃない」

 それが、数年ぶりに会う娘への第一声だった。「元気だったか」も「よく来てくれた」もない。まるで、コンビニへ使いに行かせた子供が帰ってきたかのような口調だ。

「ご無沙汰しています、お母さん。……お父さんのこと、突然で驚きました」

「挨拶なんていいから、さっさと入って手伝いなさい。親戚の人たちにお茶を出して。あと、お兄ちゃんの喪服のアイロン掛けもね」

 私は息を呑み込み、小さく「はい」と答えて靴を脱ぐ。

 廊下は薄暗く、どこかカビ臭い。壁紙は黄ばみ、隅には埃が積もっている。かつて母は潔癖なほど掃除をする人だったはずだが、その気力すら失われているのだろうか。

 リビングに入ると、ソファに深々と腰掛け、スマホをいじっている男がいた。

 兄、翔太だ。

 少し腹が出て、顔つきが脂ぎっている。かつての「神童」の面影は、その傲慢な目つきに辛うじて残っているだけだった。

「よお。久しぶりだな、高卒」

 兄はスマホから目を離さず、鼻で笑った。

「お前、相変わらず貧乏くさい格好してんな。旦那の稼ぎが悪いんじゃないか? まあ、類は友を呼ぶって言うしな。低学歴同士、お似合いだよ」

「……お兄ちゃんこそ、久しぶりね」

 私は努めて冷静に返した。ここで怒鳴り合っても無意味だ。

 兄は私の反応がつまらなかったのか、ふん、と鼻を鳴らして立ち上がった。

「俺は今、喪主としての準備で忙しいんだ。お前みたいなのんびり生きてる暇人とは違う。……おい、茶。喉渇いた」

「……自分で入れたら?」

「あ?」

 兄の目が鋭く細められる。

 その瞬間、台所から母が飛んできた。

「遥! 何言ってるの! お兄ちゃんはこれから大事な役目があるのよ! あんたみたいな役立たずが、お兄ちゃんの手足になって動くのは当たり前でしょ!」

 母は私を睨みつけると、甲斐甲斐しく兄にお茶を出し始めた。

 ああ、変わっていない。

 時が止まっているようだ。この家では、兄が王であり、母はその信者、そして私は奴隷。

 吐き気がした。

 ◇

 通夜、そして翌日の告別式。

 斎場には親族や父の知人たちが集まった。

 私は焼香客への挨拶や接待に追われ、座る暇もなかった。一方で兄は、親族たちの中心でふんぞり返っていた。

「いやあ、翔太くんは立派になったねえ」

「国立大学を出たんだって? お父さんも鼻が高かっただろう」

 親戚の叔父たちが兄を持ち上げる。兄は満足げにグラスを傾け、饒舌に語り出した。

「ええ、まあ。父の期待に応えるのが長男の役目ですから。大学で学んだ知識を生かして、これからは僕がこの家をしっかり管理していきますよ」

 管理? 実家のあの荒れようで?

 私が心の中で突っ込みを入れていると、兄の視線が不意にこちらに向けられた。ニヤリと嫌な笑みが浮かぶ。

「それに引き換え、あそこで働いてる妹は見ての通りでしてね。……昔から出来が悪くて、大学にも行けなかったんですよ」

 会場の視線が一斉に私に集まる。

 兄は芝居がかった溜息をついて見せた。

「父さんも嘆いていましたよ。『兄は優秀なのに、なんで妹はあんなに馬鹿なんだ』ってね。高卒でふらふらと家を出て行って、ロクに連絡も寄越さない。親不孝な娘ですよ」

「まあ、そうなの……」

「可哀想になあ、翔太くんも苦労するねえ」

 親戚たちが同情の目を兄に向け、私には軽蔑の視線を投げる。

 母もまた、兄の隣で深く頷いていた。

「本当ですよ。この子は昔から、私たちの言うことを聞かなくて……。翔太がいなかったら、うちはどうなっていたことか」

 公開処刑だった。

 父の死を悼む場ですら、彼らは私を「サンドバッグ」にして、自分たちの優位性を確認し合っているのだ。

 悔しい、と思うよりも先に、私は冷え冷えとした感情に支配されていた。

 この人たちは、可哀想だ。

 死んだ父の威厳と、過去の学歴という「メッキ」にしがみついて、必死に虚勢を張っている。

 私には夫がいる。愛する娘がいる。守るべき温かい家庭がある。

 けれど彼らには、このカビ臭い「共依存」の関係しかないのだ。

(ああ……ここはもう、私の居場所じゃない)

 改めて、確信した。

 怒りよりも、呆れと諦めが勝った。

 私はもう、この人たちに期待しない。愛されたいとも、認められたいとも思わない。

 ただの「他人」になるのだ。

「……遥さん、お焼香を」

 係の人に促され、私は祭壇の前に進み出た。

 遺影の中の父は、無愛想な顔でこちらを見据えている。

 私は手を合わせ、心の中で短く呟いた。

(さようなら。……これで、本当に終わりです)

 式が終わり、親族たちが帰り始めると、兄が私を手招きした。

 その顔には、獲物を追い詰めるような暗い欲望が浮かんでいた。

「おい遥。話がある。……遺産のことだ」

 来た。

 私は着物の袂をぎゅっと握りしめ、兄の前に立った。

「座れよ。……お前みたいな馬鹿でもわかるように、今後のことを教えてやるからさ」


お読みいただきありがとうございます。


親戚一同、揃いも揃って見る目がないですね……。

書いていて、私も兄の態度にはイラッとしてしまいました(笑)。


しかし、遥はもう昔の泣き虫ではありません。

彼らを「可哀想な人たち」と突き放し、心の整理をつけました。


そして呼ばれた「遺産の話」。

兄が何を言い出すのか、そして遥はどう切り返すのか。

重要なターニングポイントとなる第4話へ、続けてお進みください!

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