始まり
待ってて。
もう少しで、あの人を連れて行くから。
待ってて。
・・・。
・・・。
・・・。
「てっ!・・・」
「てんっ!・・・」
「・・・店員さん!ぼぉーっとしないでよ」
「へっ?!」
第一話「始まり」
いやだ!・・・
僕には無理だよ!・・・
もう僕はっ!!!!!
・・・。
・・・。
~日本・首都圏某所 ケイスケの自宅~
またいつもの夢だ。
詳しい内容は覚えてない。
でも、とても悲しく。
とても苦しい夢。
自分が無力だと思い知らされる夢。
その夢の中で僕は、たくさんの人達の願いと憎しみに直面する。
そして、絶望する。
もう無理だよぉ。
ごめんなさい・・・。
ごめんなさい・・・。
僕は泣きながら彼ら彼女たちに謝罪する。
そして今朝もスマホのアラームが、けたたましく鳴り響く。
「お兄ぃ!朝だよ!」
妹のハルカの声がキンキンと耳に響く。
僕は眠い目をこすってベッドから起き上がり、シャワーを浴びる。
身支度を大体済ませ階段を降りると、一階のリビングで父さんとハルカが
朝食を食べている。
平和な普通の朝の風景。
炊きあがるご飯とみそ汁の匂い。
塩辛い鮭の切り身が盛られた小皿と納豆の小鉢。
母さんの手料理だ。
いつもの朝食風景。
僕は自分の席に着き、炊き立てのご飯をハフハフと掻き込む。
テレビから世界情勢のニュースが流れる。
どこどこの地域で紛争が激化し、大勢の人達が犠牲になった。
そんな内容だった。
ニュースの内容とは反対に僕らの住む日本は実に平和だ。
帰る家があり、待っている家族がいる。
行く学校があり、友達がいる。
食事に困らない。
それが僕らの世界。
でも、今ニュースに流れているのは僕らとは全く反対の世界。
僕が知らないはずの世界。
それは、
飢えと憎悪に満ちた世界。
人が鬼や獣になる世界。
鼻の奥にまで纏わりつく、死臭に満ちた世界。
・・・!
頭が割れるように痛い!
鼻の奥にこびりつく悪臭に吐き気を覚える!
「お兄ぃ!」
「ケイスケ!」
家族の声で我に返る。
手には汗が滲んでいた。
「どうしたんだい?体の調子が悪いのか?」
父さんが僕を気遣う。
「だっ・・・大丈夫だよ」
僕は朝食を掻き込むと、学校へ行く準備にかかった。
「お兄ぃ。本当に大丈夫?」
ハルカが心配そうに見つめてくる。
「だから、大丈夫だよ」
「ほんとに?なんだか最近のお兄ぃ、ちょっと変だよ。」
えっ?
最近?
ハルカの言葉に頭が混乱する。
「最近って、それどういう意味?」
「先週ぐらいからだよ。なんだか朝起きたらこの世の終わりみたいな顔しててさ。」
「それっていつ?」
「だからっ!先週ぐらいからだよ!月曜日・・・かな?」
ん?
全く思い当たる節がない!
「本当に大丈夫?」
ハルカが心配そうに僕の顔を見つめてくる。
「大丈夫。大丈夫だよ。」
なにが大丈夫なのか、自分自身でも釈然としない思いを抱えたまま
僕は学校へ向かった。
~下校途中・商店街~
僕の通う学校、地域ではそこそこの進学校として名を馳せる高校だ。
いつも通りの平和な日常。
その日常を過ごし、下校途中で友達数人と遊ぶ。
そして、彼らと別れて家路に就いた。
帰り道の途中、いつのもの商店街に差し掛かる。
「ん?うぅぅぅん?!ちゅゅゅゅ!ちゅ~~~????抽選っ!んんんん!抽選会!ですよぉ?ですよぉぉぉぉ!抽選券と引き換えにガラガラポンっ!してッて下さいねぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ!豪華景品当たりますっ!ケェェェェェェェェェェェェ」
耳が痛くなるようなキンキン声が響く。
否応なしに目立つ存在に目を向けると、その声の主に僕は度肝を抜かれた。
商店街の名前が入った法被を着た人物。
金髪碧眼で整った顔。
声と体形から女性であることは間違いないのだけれど、一番目を引いたのは
頭にある角だ!
ヤギかヤクのような立派な角!
僕は目を何度もこする。
頭から生えてる?!
「見間違えじゃないよね・・・」
何度も見つめる視線に気づいたのだろうか、奴が僕に話しかけた。
「あら!あなたもガラガラポンっ!しませんか?しましょうヨ!いや寧ろやれや!」
奴が近づく。
僕の本能が『こいつはヤバい。』と告げている。
足早に立ち去ろうとすると、奴は僕の肩を掴んだ。
「抽選・・・しちゃう?」
なんて曇りのない顔。
その顔に僕は恐怖した。
「抽選券なんてありません。僕帰ります。」
「抽選券なんて必要ないさ。」
「はい?」
「大切なのは参加しようとする心だよ!」
奴はしたり顔で笑みを浮かべる。
余計不気味さを増した顔に僕は足早に立ち去ることとした。
そんな僕に慌てて奴は止めに来た。
「ちょっとぉ!待ってよぉ!こんなサ!可愛い女の子のお誘いを断るの?」
「さようなら」
「お願い!お願い!待ってぇぇぇぇ・・・。一回だけ。一回だけでいいから」
「警察に通報します」
「警察は止めてぇぇぇぇ」
大げさな話し方と身振りをしながら、奴は泣きだす。
まったく何なんだこいつは!
「じゃあ、帰りますからね。」
「ちょっと待って。お願い。一回だけガラガラポンして?」
「はい?なんだか嫌な予感がするので嫌です。」
奴の目が潤み、おいおいと泣き出した。
「おねぇげぇしますだぁぁぁぁぁ。一回だけ・・・一回だけでいいからぁぁぁ。ビェェェェェェン!!!!」
ギャン泣きするコイツに嫌悪感が走る。
「そう必死になられると余計に怖いんでけど」
「ぐすん。じゃあ・・・一緒にやろ?」
「はい?」
「一緒にやろ?」
「『じゃあ』の意味が分からない」
「一緒にやれば信用してくれる?」
「会話の前後が繋がってません。あとしません」
「じゃあ、どうすればやってくれる?」
「じゃあもシャアもなにもありません。嫌です。」
奴は黙りこくり、なにやら考え出した。
「ブツブツ」
奴がなにかつぶやく。
「じゃあさ!もうガラガラポンっしたことにすればいいんだよ」
奴のとてもいい笑顔。
僕にとっては悪魔の微笑み。
「一等おめでとう!ケイスケ君!異世界へようこそ!」
はっ?